印度學佛教學研究
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梵文『法華経』における動詞grahの二つの現在語幹について
笠松 直
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2024 年 72 巻 3 号 p. 1040-1046

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抄録

 動詞grah「つかむ」の現在語幹は第IX類による.梵文『法華経』校訂本によれば,散文部分では第IX類語形で一貫する.韻文部分にもSaddhp II 62d gr̥hṇīyuの如く第IX類語形が見られるが,幹母音幹(°)gr̥hṇ-a-による語形が多数存する:Saddhp III 91d parigr̥hṇathā,VII 56d pratigr̥hṇa.二つの現在語幹の関係は如何に説明されようか.

 古写本に徴すれば,Kashg XIX: 359b7m gr̥hṇatiやSaddhp III 106c pratigr̥hyaに対するGilg B: 218,27 parigr̥hṇiのように,韻文部分では幹母音幹活用がより普遍的であったと考えられる.散文部分でもKashg VII: 169b2p pratigr̥hṇatuに見るように,本来は同様であったものと考えられる.この状況はKashg XXV: 427b7p pratigr̥hṇa(⇔KN XXIV: 446,4 pratigr̥hāṇa)のように,以降の諸章でも同様であったと思しい.

 KN p.487, n.7所引の語形Kashg XXVIII: 458b2 udgr̥hṇaは,第XXVII章散文の増広部分でもなお幹母音幹活用が機能していた事を示す.他方カシュガル写本は,羅什訳に対応のない第V章後半部分で韻文・散文双方で古典文法的な第IX類活用を示す:Kashg 132b5–6p gr̥hṇīyād;137b1m gr̥hṇāti

 即ち原『法華経』段階では,第XXVII章の増広部分に至るまで言語的な一貫性が維持され,grahの幹母音幹活用は一貫して生産的であったこと,第V章後半の増広は恐らく一段,言語層を異にした時期によるものであろうことが推定される.

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