2018 年 43 巻 1 号 p. 83-96
超高齢社会において,歯科医師は合併疾患を複数有する患者を診療していかなければならない.現在のアドレナリン含有局所麻酔薬の使用によって異常な血圧上昇をきたすことにより心疾患の増悪や脳血管障害などの偶発症を起こしかねない.それらの偶発症を未然に防ぐためにアドレナリンに代わる循環動態変化のより少ない局所麻酔薬添加薬が必要と考えられ,デクスメデトミジン塩酸塩(Dex)が注目されている.今回われわれは,顎顔面領域の主要動脈の一つである舌動脈血管平滑筋に対するDex の作用およびその作用機序について等尺性収縮張力と細胞内カルシウムイオン([Ca2+]i)動態を同時測定し検討を行った. 屠殺ブタ(月齢6 カ月)の舌から直径1 ~2 mm の舌動脈を摘出し,長さ2 ~3 mm に切断した後,血管内皮を剥離し反転して内膜側を外側にした舌動脈血管平滑筋の輪状標本を作製した. Fura-2/AM を負荷した標本を細胞内カルシウムイオン測定装置(AQUACOSMOSTM, HAMAMATSU)の恒温槽内(1.0 ml)に設置し,静止張力4 mN を負荷した.酸素95 % と二酸化炭素5 % 混合ガスのバブリング下でHanks Component Solution 溶液(HCS)を30 分間灌流した後各種刺激薬(KCl,アドレナリン,カフェイン,ヒスタミン)を投与し,その際に発生する収縮張力と[Ca2+]i 変化を同時測定した. ブタ舌動脈血管平滑筋で,Dex は高KCl の脱分極性刺激による収縮張力と[Ca2+]i を添加濃度の増加に伴って増加させ,アドレナリンの受容体刺激による収縮張力と[Ca2+]i の増加を濃度依存性に抑 制した.このことから収縮張力の増大には[Ca2+]i が関与していることが示唆された.Dex は細胞外から細胞内へのCa2+ 流入機構である受容体活性化Ca2+ チャネル(RACC)を抑制した.細胞内貯蔵部位からの細胞内へのCa2+ 放出機構であるホスファチジルイノシトールリン脂質(PI)代謝回転で生じるイノシトール-1,4,5- 三リン酸(IP3)刺激によるCa2+ 放出(IICR)を抑制したが,細胞外からのCa2+ の流入による細胞内Ca2+ 誘導性Ca2+ 放出(CICR)は抑制しなかった.Dex の口腔内主要動脈の一つである舌動脈血管平滑筋に対するDex の作用と作用機序を解明したことはDex 添加局所麻酔薬の創薬に対する一助となりえる.