抄録
本論では、HIV感染症とエイズに関する疫学研究に関する倫理的問題を取り上げ、疫学研究に普遍的に要求される倫理的規範について考察する。第一に、個人から事前に十分なインフォームド・コンセントが得られない場合には共同体や倫理委員会などからの同意で十分だ、という議論は正当化されず、個人の同意を誰であれ他者の同意で置き換えることはできないことを論ずる。第二に、匿名性が保障されたデータや検体を利用する場合でも、インフォームド・コンセント取得義務は自動的には免除されない。たとえ研究が個人に対して害がない場合でも、wrong-doing(不正な行為)について熟慮すべきである。第三に、患者の主治医や当該医療機関の責任者などから了承を得れば、研究目的でカルテを閲覧・使用しても良いという主張には正当性がないことを論ずる。そして、この意味で、医学研究・疫学研究は一定の制約を甘受すべきであると結論する。