抄録
本稿の目的はナラティヴ・ベイスト・メディスン(以下、NBM)における患者の物語りの在り方について批判的に考え直すことである。そのために、NBMの三つの問題点を提起する。第一に、NBMでは診断をつける病歴聴取のために患者の物語りを用い、物語りによって患者の内面を聞き出そうとする側面がある。第二に、医療者が患者の物語りを聴くことの侵襲性に対して無頓着になりやすい。第三に、患者の物語りが、恣意的によいものと仕立てられる傾向にある中で、NBMの実践によって患者の物語りが常によくなるとは言えない。また、患者の語れなかったことを隠蔽することで病いの物語りの一貫性が保たれている。結論として、医療者が患者の物語りを医療者の仕事に利用しようとし、NBMを盲信して実践することで、患者の物語りが色褪せかねない。物語りに基づいた医療者と患者の関係は限定的なものである。NBMの主張に固執することなく、患者の断片的で矛盾した言葉を、筋を追わずに聴くことがあってもよいだろう。