本研究では、ある臨床研究に参加した際の被験者としての経験に基づいて、そこで見えてきた臨床試験に係 る倫理的な問題を、研究倫理の専門家として反省的に議論する。当該試験に潜む問題は、(1)見過ごされてきた被験者への危害、(2)治療との誤解、(3)不公正な負担の分配、(4)研究倫理委員会の不透明さである。 (1)被験者は、副作用という分かりやすい危害のみならず、ウォッシュアウト期間も含めて、試験期間中は標準的な治療的ケアから遠ざけられるという危害を被る。(2)当該試験には、治験担当医師や被験者に「治療との誤解」を生みだす環境的要因が存在していた。(3)当該試験に際して、被験者は来院ごとに経済的な負担を負い、また研究主体は倫理的に適当でないように見える仕方で健康保険制度を利用した。(4)当該試験を審査した研究倫理委員会の議事録の概要には、「適否を審査した」とだけしか書かれていない。現在の臨床試験に係るこういった問題を、この論文では議論する。