日本顎咬合学会誌 咬み合わせの科学
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症例報告
上顎骨,下顎骨は構造が違う!
阿部 伸一
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2010 年 30 巻 3 号 p. 246-247

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抄録
 いうまでもなく抜歯,インプラント治療など顎骨へ及ぶ観血処置を行うためには,顎骨の構造特性を知ることが必要である.また,総義歯治療,矯正治療などにおいても必要な知識である.顎骨といっても局所的には顎関節,下顎管,上顎洞,切歯管などの構造,また,歯を喪失したあとのそれらの構造変化など,臨床医として知らなければならない基本知識は枚挙に暇がないが,それらは順次解説するとして,今回「知っておきたい臨床解剖学」の第1回目は,上顎骨,下顎骨の全体的な構造の違いを解説する.
 まず全体像を理解し,次に局所解剖学的な知識を積み重ねていただきたい.そして顎骨に関する知識が足場となり,周囲の筋,神経,脈管,唾液腺などを3次元的にイメージできるようになることが本シリーズの到達目標である.
■上・下顎骨の特徴
 骨は骨格の主体をなす組織であり,その機能を過不足なく発揮するよう常にリモデリングされ,合目的な形態を呈することが知られている.ことに歯が植立し咬合力を負担するという特殊な環境下にある顎骨は,歯を通して力学的刺激が直接骨内部にまで作用するため,その形態・構造は他の骨とは異なり歯の植立状況により大きな影響を受ける.これらの環境は上顎骨,下顎骨で違いはないが,その構造には大きな違いがある.
 図1(表紙)は上顎骨,下顎骨を前顎断した標本であるが,皮質骨は下顎骨のほうが厚い.これは下顎骨が他の骨と接していないことから,歯から伝わる応力を単独で受け止める必要があるためと考えられている.また,その応力を歯槽から皮質骨まで伝えるため,下顎骨の下部には太い骨梁が存在する.これらの骨梁は伝達される応力と関連が深く合目的な構造を呈している.蝶形骨,側頭骨など多くの骨で構成される頭蓋の一部である上顎骨は,歯から伝わる応力を頭蓋全体で受け止めることができるため,太い骨梁や皮質骨は必要がない.よってこれらは存在しないと考えられる.
《歯科臨床へのワンポイント知識》
臨床医は,上顎への浸潤麻酔の奏功が下顎に比べ容易であることを経験的に理解している.このことは上・下顎骨の皮質骨の厚さの違いが影響している.
■歯の喪失に伴う下顎骨の構造変化
1)外部形態
 下顎骨は歯を喪失すると,その機能の変化にともない下顎骨各部にリモデリングが起こり,外部形態が大きく変化する.特に歯槽部での変化が著しく,骨吸収により歯槽部が消失していく.最も吸収した場合,前歯部ではオトガイ棘,小臼歯部ではオトガイ孔,大臼歯部では顎舌骨筋線の高さまで退縮する(図2).
2)内部構造 有歯顎下顎骨内部の海綿骨骨梁は歯根周囲と舌側緻密骨に沿った部位に存在(図3)するが,下顎底部付近の骨梁はほとんどみられない.歯を喪失すると特徴的な内部構造変化を呈する.すなわち,歯根に面していた固有歯槽骨は必然的に消失し,歯槽を吊り下げるように配列していた海綿骨骨梁の走行が乱れる.歯槽の周囲に存在していた直線的な骨梁は不規則な細かい骨梁に変化する.また,有歯顎では少なかった基底部の骨梁は増加する傾向にあるが,その配列は不規則である.さらに歯槽部の吸収が顎舌骨筋線の位置まで進み,上面に緻密骨が形成されると,内部は不規則走行を示す細かい骨梁で埋められ,有歯顎では不明瞭であった下顎管の管壁は明瞭にみられる(図4).
■まとめ
 顎骨は体の中の他の骨とは異なり,加齢ということよりも歯の喪失による形態変化が著しい.その変化は骨内部の皮質骨,骨梁にも及ぶが,逆に考えると,顎骨は歯を保存することで歳をとっても若い時のように形態が保たれる可能性がある.すなわち,われわれ歯科医師は,歯科治療を行う際に患者がどのような顎骨の形態を呈しているのか,今後の変化も予想した上で適切な処置をしていかなければならないと考える.
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© 2010 特定非営利活動法人 日本顎咬合学会
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