抄録
首位都市卓越の典型であるタイでは, 近年バンコク首都圏主導の経済成長の下, 人口の不均衡分布と社会経済上の地域間格差が深刻化しているが, 地方都市の中には人口成長率を相対的に増大させている都市もある. 本稿では, その一つであるチェンマイ市を対象に近年の人口成長の過程とその要因を分析し, 北タイにおけるチェンマイ市の存在形態を検討した. 先ず, 北部他都市との関連の中でチェンマイ市を位置づけた. 強力な中央集権的地方行政機構, バンコク中心の交通ネットワーク体系, バンコクとの片方向的な経済的連関などを考慮すると, 各地方都市が地方の中心的な都市を経ないで直接首都と結びつくという, タイに特徴的な形態が見出せる. しかし, 地域内の人口移動流から, チェンマイ市を中心として北タイ内に何らかの地域的な連関が形成されつつあることがわかる. 次に, 近年の後背農村部の変動とチェンマイ市の人口成長の連関を分析した. 農業の商業的経営化に伴う上層農への土地集中化と並行して, 土地無し層が増大し人口流動性が高まっている. 近郊農村からはチェンマイ市への通勤および人口移動が活発化し, チェンマイ都市部への人口集中が進行している. 一方, 遠隔農村では耕地の外延的拡大が限界に達し, 通勤圏外の中近郊農村部では村内滞留層が増大している. 人口移動形態が長期・長距離型に移行する傾向にあることから, 今後流出者が増大する可能性が高い. 現在, 地域内の産業連関は弱くバンコクとの片方向的な結びつきが顕著であり, 地域労働市場も狭隘である. 農産物加工業は成長傾向にあるが, 農産物需要の高まりは農業の商業的経営化に拍車をかけ, 農村部でのプッシュ要因を一層高める。このことを考慮すると, 「中間都市」論の展望は楽観的と言わざるを得ない. チェンマイ市への近年の人口流入は北タイの構造的矛盾を反映した現象だと結論づけられる.