経済地理学年報
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地域経済変化に対する主体中心のアプローチ(<特集>新時代における経済地理学の方法論)
マークセン アン
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2003 年 49 巻 5 号 p. 415-428

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抄録

空間的変化を把握し,社会に対する影響を改変しあるいは改善しうる政策に関わるために,経済地理学者は因果関係の理論を展開し,評価してきた. 1980年代後半以降の研究成果をながめて私が感じるのは、抽象的で主体の分析が欠如した研究があまりに多いということである.そこでは,プロセスによる行為主体(アクター)の置き換えが起り,「学習」や「ネットワーク」といった理論化の不十分な現象に説明能力が付与されている.そして,学問的エネルギーが主体の分析ではなく,記述中心の「概念化」作業に注ぎ込まれている.そこで,本報告においては,経済地理学における行為主体と意思決定の再認識の必要性を提起したい.主体中心のアプローチを説明するために,今回は特に,2種類の制度的行為主体に注目する。すなわち,資本主義社会における私的意思決定の単位としての企業と,そして労働者を代表し,雇用者と政府に差し向かう組合との,2つの主体である.いくつかの例を引きながら,進化した物理的景観と社会構造のなかで,各々の主体の意識決定と行動がどのように経済地理を再生産し,変化させるのかを考察する.企業は,それぞれが多様な意思決定を下し,その決定が労働者や地域社会に重要な帰結をもたらす.コンテクストによって異なってくる企業の意思決定の重要性について,再認識することが求められている.また,資本主義のダイナミクスと,場所を基盤とした制度・文化というコンテクストの中で,組合活動に関する行動理論が必要となっている.そこでは,経済地理学におけるネットワークに関する新しい研究も,分析の中心にネットワークの行為主体を据えることによって強化できることを提示した.次に,最近注目を集めている「都市地域」に焦点をあて,行為主体を中心的に分析する経済地理学が,この分野の研究水準と実社会への影響力を飛躍的に向上させうることを示す.ここ5年ほどの間に刊行された著作において,新しいグローバル経済の地理的単位として,大都市地域を賛美する見解が相次いで展開された.私はこうした主張に異論を唱えたい.というのも,国民国家はかつてないほど重要となっている.しかし何よりも,これらの研究において主体の姿が見えないからである.より制度的なニュアンスをもった,主体中心にアプローチする経済地理学へ回帰すべきだと主張したい。こうした例を通じて,経済地理学者が理論を構築するにあたり,他分野そして実践から最高水準の成果を積極的に取り込む意思があれば,十分な報いがあることを明らかにした.自分自身も主体(アクター)であるとみなせば,他の主体(プレーヤー)の行動や実践を理解することに,いっそうの熱意を持って取り組むことができる.経済地理学者は,主体の行動を解釈するという重要な役割を担うとともに,平和や環境の保全,貧困の根絶,地域社会の安定,さらには人種差別や性差別の終焉をめざす進歩的な諸力を支援することができると確信している.

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© 2003 経済地理学会
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