地方圏において観光を政策的に振興する主体は主に地方自治体であるが,人々の移動が広域化する中,県境を越えた広域的な観光政策のあり方が模索されている.本稿は「九州観光戦略」の策定経過を事例に,地方ブロックという広域的なスケールで,複数の異なる主体が集まって観光振興戦略をつくり,事業を実施するための合意形成の条件を明らかにすることを目的とする.
その結果,①戦略の柱の優先順位の変遷では,観光客誘致よりも九州を磨く戦略を第一にという少数派の提案を受け入れたが,予算配分上の実質的な優先度は変更しなかった.②具体的な施策策定の実態では,施策の数を減らしたい事務局と,提案を盛り込みたい委員との攻防のなか,細かな項目が増加した.③新たな推進組織の誕生経緯では,常駐スタッフのいる既存の小規模な組織がコアになった.④費用負担の決定に至る経緯では,委員長の提案,決断と,九州地域戦略会議が重要な役割を果たしたこと等が明らかとなった.そして,第一に,観光戦略の実現性や実効性よりも,できるだけ多くの意見を戦略に反映させ,参加当事者の満足度を少しでも高めることが合意形成を早めること.第二に,たとえ小さくても,観光事業に精通したスタッフがいる既存の核となる組織があれば,新しい組織の運営が円滑に進むこと.第三に,合意形成には,強いリーダーシップを持つリーダーの存在とともに,上位の意志決定ができる権威ある組織が必要なこと,という示唆が得られた.