日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
MEN1に合併する膵消化管内分泌腫瘍
櫻井 晃洋
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2012 年 29 巻 3 号 p. 225-229

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抄録

多発性内分泌腫瘍症1型(multiple endocrine neoplasia type 1:MEN1)は常染色体優性遺伝性の腫瘍症候群であり,複数の内分泌臓器さらには非内分泌臓器に腫瘍性病変を生じる。MEN1では約60%の患者に膵神経内分泌腫瘍(膵NET)を生じる。日本人のデータでは膵NETの10%にMEN1を合併しており,膵NET患者から効率的にMEN1患者を診断することが重要である。臨床的には非遺伝性の症例と比較した時に,MEN1の膵NETは発症年齢や発生部位などに特徴を有しており,これがMEN1を診断するきっかけとなる。遺伝性疾患であるがゆえに,ひとりのMEN1患者の診断は血縁者におけるMEN1の早期発見,早期治療につながる。またMEN1と診断された患者に対しては,MEN1における膵NETの特徴を把握した検査や治療が必要となる。本稿ではMEN1における膵NETの疫学や臨床的特徴を紹介する。

はじめに

MEN1は副甲状腺機能亢進症,下垂体前葉腺腫,膵消化管NETを主徴とし,それ以外に副腎皮質,胸腺,気管支,皮膚などに良性・悪性の腫瘍が多発する常染色体優性遺伝性疾患である(表1)。臨床的には副甲状腺機能亢進症,下垂体腺腫,膵島内分泌腫瘍のうち2つを認める場合にMEN1と診断される。しかしながら副甲状腺病変以外については中高年以降になって発症したり,あるいは生涯発症しなかったりする場合もあるため,この診断基準のみでは患者の早期発見にはあまり有効ではなく,可能性の高い患者に対して臨床医が積極的にMEN1を疑って検索を行う必要がある。

表1.

MEN1で発生する腫瘍

家族歴の聴取もきわめて重要である。著者らの研究グループが構築した日本人MEN1患者データベースの解析では,患者の71.8%は家族性,すなわち家系内にMEN1患者が存在していた(11.4%は家族歴の有無について記載がなかった)[]。海外の知見でも,80%以上の患者で両親の一方が罹患しているとされており,関連病変の既往の有無や疑わしい臨床症状(尿路結石,消化性潰瘍など)の確認が重要である。副甲状腺,下垂体,膵消化管の病変はしばしば甲状腺疾患,脳腫瘍,膵がんなどと認識されていることもあるので注意を要する。

1. 疫学

a. 膵神経内分泌腫瘍患者に占めるMEN1の割合

Ito らは日本国内での膵NETについて実態調査を行い,3,000例近い多数の患者についてその臨床的特徴を解析しているが,症例の10%にMEN1の合併を認めている。腫瘍の産生ホルモン別では,ガストリノーマの25%,インスリノーマの14%,非機能性腫瘍の6.1%にMEN1を合併していた[]。この結果はガストリノーマやインスリノーマではMEN1を念頭においた他臓器の精査が必要であることを意味している。

b. MEN1患者における膵NET

剖検例ではMEN1患者のほぼ全例に膵NETが認められるが,微小病変にとどまるものも多く,臨床的に診断されるのは50~60%程度である[]。画像診断技術の進歩に伴って腫瘍径が数ミリメートルの小さな非機能性腫瘍の検出率が向上したため,罹病率も以前に比べ高くなる傾向にある。散発例ではほとんどの場合が単独腫瘍であるに対し,MEN1では腫瘍が多発することが多く,日本人の統計では74%は多発腫瘍を認めている。再発例は悪性病変の膵内再発と異時性新規発症を含むが,遠隔転移を伴わない場合は後者の可能性が高く,これはMEN1の可能性を示唆する。一方,MEN1症例における膵NETの内訳をみると,ガストリノーマとインスリノーマがそれぞれ30~40%,10~20%とするものが多い[,]。前述のように小さな非機能性NETの検出率が向上するとおのずから機能性NETの比率は低くなる。グルカゴノーマ,ソマトスタチノーマ,VIP産生腫瘍はいずれも2%未満と低頻度である。

MEN1における膵NETの診断時平均年齢は44.6歳と非遺伝性膵NETに比べて約10年早い[]。

2. MEN1の膵NETの特徴

MEN1患者に発生する膵NETでは,臨床的に散発性膵NETとは異なる特徴を示すものがある。

a. ガストリノーマ

ガストリノーマの診断は基本的には胃酸の過剰分泌を伴う高ガストリン血症によって診断される。散発例のガストリノーマの多くが膵に単発性に発生するのに対し,MEN1のガストリノーマは十二指腸に小腫瘍が多発する場合が多い。したがって,十二指腸原発のガストリノーマでは特にMEN1を強く疑って検索を進める必要がある。個々の腫瘍は小さいため,CTやMRIなどによる画像診断での検出は難しく,超音波内視鏡の有用性が高い。高カルシウム血症はガストリン分泌を促進するため,MEN1でほぼ必発の副甲状腺機能亢進症の存在はガストリノーマの診断を難しくする[]。MEN1では非機能性膵NETを合併していることが多く,画像検査で腫瘍を確認しても,それがホルモン過剰産生の責任病変とは限らない。したがってガストリノーマの診断には選択的動脈内カルシウム注入試験(selective arterial calcium injection test; SACI test)が必須である。

b. インスリノーマ

MEN1のガストリノーマや非機能性膵NETが30~50歳代に発症のピークがあるのに対し,インスリノーマではより早い年齢から発症し(診断時平均年齢34.8歳),約25%の症例は20歳以前に診断される[]。20歳以前の膵NETは稀であり,わが国の疫学統計でも膵NET全体の1%を占めるにすぎない[]。したがって若年のインスリノーマは単独でMEN1を疑うべき病変である。MEN1においてもインスリノーマは単発性のことが多いが,しばしば腫瘍が小さいために画像検査でとらえることができない。また非機能性腫瘍が同時に存在している場合はいずれがインスリノーマかを区別できないので,ガストリノーマと同様,腫瘍を同定し治療方針を決定するためにはSACIテストが必須となる。

c. その他の機能性腫瘍

グルカゴノーマ,ソマトスタチノーマ,VIP産生腫瘍も低頻度ながらMEN1の膵内分泌腫瘍として発症する。これら腫瘍の診断は特徴的な臨床症状とホルモンの高値の確認によってなされる。これらの腫瘍はガストリノーマやインスリノーマと異なり,腫瘍径は大きく通常の画像検査でとらえることができるが,前述の通り,MEN1患者では複数の膵消化管NETが同定されることが多く,個々の腫瘍の機能の評価は容易ではない。

3. 遺伝学的検査

MEN1の原因遺伝子として11番染色体長腕に存在する腫瘍抑制遺伝子であるMEN1が知られており,家族歴のあるMEN1患者の80~90%,家族歴のない患者の50%程度に変異が認められる[,]。MEN1遺伝子は腫瘍抑制遺伝子であり,変異は遺伝子の全領域に分布する。また変異と臨床像との間に相関はないが,家族性副甲状腺機能亢進症家系の一部ではMEN1遺伝子のミスセンス変異が同定されており,これらはMEN1の軽症型と考えることができる。通常のシークエンス解析で変異が見つからない症例の中には大規模な欠失を生じている場合があり,MLPA法などによる検索を追加する必要がある。

臨床的にすでにMEN1と診断されている症例では,本人の健康管理を目的とした遺伝子診断は必ずしも行う必要がないかもしれない。しかし遺伝情報は血縁者で共有しており,遺伝子によってひとたび情報が得られれば,それは血縁者の発症前診断にも利用することができる。したがってMEN1と診断された患者に対して遺伝子解析を考慮することは妥当である。ただしその際には検査の意義や限界,血縁者への影響の可能性について十分に説明し,必要な場合は遺伝カウンセリングを提供できる準備を整えておく必要がある[]。

MEN1関連腫瘍を1病変のみ発症している症例において,MEN1症例と非遺伝性の散発例を鑑別することはその後の健康管理のためにもきわめて重要である。しかし全例にMEN1遺伝子の変異検索を行うことは医療コスト上も非効率的であり,表2にあげるような症例に的を絞ってMEN1を念頭においた精査を行うことが,本症患者の効率的な早期診断につながると考えられる[,]。

表2.

MEN1遺伝子解析を考慮すべき病態

4. 発症前診断

MEN1は常染色体優性遺伝性疾患であり,罹患している親から子に50%の確率で遺伝子変異が伝えられる。また変異陽性者の生涯発症率(浸透率)はほぼ100%である。ひとたび患者にMEN1遺伝子変異が同定されれば,患者の兄弟姉妹や子どもが同じ変異を有しているかを診断することができる。発症前診断によって変異保有者を確定することは,綿密な定期検査による健康管理を可能にし,病変の早期発見と早期治療につなげることができる。一方変異を有していないことがわかれば,たとえ血縁者であっても将来の罹患の心配がなくなる。

子どもに対して発症前診断を行う時期はいつが望ましいのかについてコンセンサスはないが,遅すぎるのが不適切である一方,不必要に早すぎる検査も育児における問題を生じることが危惧されている。海外のMEN診療ガイドラインでは発症前遺伝子検査に関する年齢への言及はないものの,5歳から下垂体やインスリノーマのスクリーニングを行うことを勧めている[]。この年齢設定の妥当性については今後さらに検証する必要があると思われる。筆者は,自身で遺伝のことがある程度理解でき,自己判断が可能になる中学生以降に発症前遺伝子検査を受けることを勧める場合が多い。小学生までの年齢でMEN1が発症する例は非常に少ないが,インスリノーマによる低血糖発作と下垂体腫瘍による成長障害は問題となる。このため,リスクのある子どもの親に対しては,低血糖を疑わせる症状や成長の鈍化について指導し,これらを認めた場合には受診するよう促している。

5. 治療

a. ガストリノーマ

MEN1のガストリノーマは個々の腫瘍が小さくかつ多発するため,これまでの外科治療成績は不満足なものであり,そのため外科治療の適用には議論があった[]。外科治療に慎重なグループはプロトンポンプ阻害薬による胃酸分泌を中心に行い,腫瘍径が20~30 mmを超える場合に手術を検討すべきとした[1012]。一方で積極的な外科治療を行った患者群の肝転移発生率が3~5%であるのに対し,保存的治療を行った群では23~29%に達したという報告もなされていた[1315]。最近は外科手術の良好な治療成績が報告され[16],MEN1のガストリノーマの治療は薬物によるホルモン抑制治療からより積極的な外科治療へとシフトしつつある。

NCCN(National Comprehensive Cancer Network)による神経内分泌腫瘍ガイドライン(V. 1. 2011)では,SACIテストによるガストリノーマの局在診断や,術中超音波の所見に基づいた治療アルゴリズムを推奨している。

b. インスリノーマ

インスリノーマの治療は外科的な腫瘍摘出の絶対適応である。最近わが国でもジアゾキサイドが保険収載され,術前の低血糖を回避する目的での投与が可能になった。幸いなことにMEN1のインスリノーマは単発性で浸潤傾向はなく,核出術の適応となる場合が多い。ただし高齢で診断された場合はすでに膵に複数の膵NETを生じていることが多いため,膵部分切除が選択される場合が増えてくる[]。術後にふたたびインスリノーマを発症することは稀ではないが,これは再発よりも別のクローンによる新規発生のことが多い。

c. その他の機能性腫瘍

グルカゴノーマ,ソマトスタチノーマ,VIP産生腫瘍の治療も腫瘍径にかかわらず治療は腫瘍の摘出および所属リンパ節郭清である。術前に全身状態を改善するための治療を要することが多い。

d. 非機能性腫瘍

MEN1の膵NETのうちで非機能性腫瘍はガストリノーマと並んで頻度が高い[]。機能性腫瘍と合併して発生した場合には機能性腫瘍の局在診断を複雑にする。非機能性NETの治療目的は悪性化の予防であるが,MEN1では生涯の間に腫瘍が異時性に再発することや術後の糖尿病を含むQOL低下など考慮すべき点があり,手術適応についてはさまざまな意見がある。より積極的な治療を推奨するグループがある一方で[17],比較的慎重な方針を提唱しているグループは,径20mm以下の腫瘍に対する外科治療は予後の改善に貢献しないと報告している[18]。

MEN1では,原因は不明ながら膵病変の有無に関係なく糖代謝異常の頻度が高いと報告されている[19]。日本人を含むアジア人はもともと白人や黒人に比べてインスリン分泌能が低いため[20],膵切除術後の糖尿病罹患リスクは高いと考えられる。術後の糖尿病管理が的確にできるか否かも手術判断において検討しなければならない事項のひとつといえる。

e. 手術以外の治療法

切除不能な進行性膵NETに対しては抗腫瘍薬,局所療法,支持療法が考慮される。その適応は基本的に散発例と同様である。

抗腫瘍薬による主な治療はホルモン過剰分泌による臨床症状の改善と腫瘍増殖抑制であり,臨床症状の改善薬として以前からオクトレオチドの有効性が示されている[21]。最近,分子標的治療薬であるスニチニブとエベロリムスの有効性が証明され[2223],後者については保険収載された。ただしMEN1の膵NETでは,エベロリムスの標的であるmTOR経路が腫瘍発生に関与しているか明らかではない。実際,非遺伝性の膵NETにおいてはMEN1遺伝子の体細胞変異を有する膵NETのほうがmTOR経路に関与する遺伝子に変異を有する膵NETに比べて予後が良好であることが示されており,MEN1における膵NETにmTOR阻害薬が有効かどうかは今後の検討を待つ必要がある。

経過観察

MEN1では手術後も残存組織からの新規腫瘍の発生や悪性腫瘍の再発の可能性があるため,定期的な経過観察を要する。定期検査の終了時期に関するコンセンサスはないが,いずれの腫瘍も高齢での発症例があり基本的には生涯にわたって定期検査を継続する必要がある。

膵NETに対して部分切除術や核出術を受けた患者の16~20%に腫瘍の再発を認める[1724]。異なる機能性腫瘍が新規に発生する可能性があるので,経過観察では初発腫瘍の種類にかかわらず,画像診断および機能性腫瘍を検出する複数のホルモン測定の両者が必要である。スクリーニング目的の画像検査としてはCTもしくはMRIが推奨される。生化学検査としてはガストリン,空腹時インスリンおよび血糖は必須である。海外では非機能性腫瘍の血清マーカーとしてクロモグラニンAや膵ポリペプチド測定が推奨されているが,わが国では保険収載されていない。MEN1患者では耐糖能障害の頻度が高いため,膵切除後は糖尿病についても定期的にモニターすることが推奨される。

検査の頻度に関してNCCNガイドラインでは,上記3病変については術後3~6カ月後に1回,長期的には手術を行った腫瘍が機能性であった場合は関連ホルモンの生化学検査を術後3年までは半年ごと,4年目以降は年1回測定することを推奨している。画像検査については,NCCNガイドラインでは必要に応じて撮影することが推奨されているが,経過観察を行っている場合は1~2年ごとの検査を継続するのが妥当と考えられる。

おわりに

以上,MEN1の診断と治療について概説した。現在わが国では厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「多発性内分泌腫瘍症1型および2型の診療実態調査と診断治療指針の作成」研究班(研究代表者 櫻井晃洋)によるMENの診療ガイドラインが,また厚生労働科学研究費補助金(がん臨床研究事業)「がん診療ガイドラインの作成(新規・更新)と公開の維持およびその在り方に関する研究」班(研究代表者 札幌医科大学教授 平田公一先生)による「膵・消化管内分泌腫瘍診療ガイドライン作成委員会」(委員長 関西電力病院学術顧問 今村正之先生)によるガイドラインの作成が進められており,この中でもMEN1の膵NETが取り上げられている。いずれもまもなく公開される予定になっており,実際の診療にあたっては,これらの指針を参考にしていただきたい。

【文 献】
 

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