2013 年 30 巻 2 号 p. 148-151
症例は45歳の男性。幼少期の健診にて完全内臓逆位を指摘されていた。下肢の脱力を自覚し近医を受診,高血圧および低カリウム血症が認められ精査・加療目的にて当院紹介となった。画像検査にて右副腎に接する約2cm大の腫瘤を認め,同時に全内臓逆位が確認された。血液検査では,アルドステロン血症が認められた。副腎腺腫に起因する原発性アルドステロン症と診断し,腹腔鏡下に右副腎腫瘍摘出術を施行した。病理組織の結果は副腎皮質腺腫であり,原発性アルドステロン産生腫瘍であった。今回われわれは,完全内臓逆位を伴った右副腎腫瘍を経験した。腹腔鏡下に切除しえた本邦報告例はなく,稀な症例であり文献的考察を加え報告する。
内臓逆位症は内臓の一部または全部が先天的に左右逆転し,正常位に対して鏡面像を呈する位置関係にあるもので[1~3],その頻度は4,000~10,000人に1人といわれ比較的稀な先天性疾患である[4,5]。それ自体に臨床的意義はないが,手術操作に影響を及ぼすことが考えられる。今回,完全内臓逆位を伴った右副腎腫瘍を経験した。われわれは腹腔鏡下にこの手術を施行,稀な症例であり文献的考察を加え報告する。
症 例:45歳,男性。
主 訴:下肢の脱力。
既往歴:幼少期における健診にて完全内臓逆位を指摘されていた。
家族歴:特記事項なし。
現病歴:下肢の脱力を自覚し近医を受診,高血圧および低カリウム血症が認められたため精査・加療目的にて当院紹介となった。
入院時現症:身長170.0cm,体重67.4kg,血圧230/160 mmHg。腹部所見は異常を認めなかった。
入院時血液検査所見:K2.0mEq/lと低K血症を認めた。また,血中アルドステロン442pg/ml,レニン活性0.3ng/ml/hrとアルドステロン血症を認めた(表1)。また立位フロセミド負荷試験では,血漿アルドステロン濃度(PAC)/血漿レニン活性(PRA)は526であった。
術前血液・尿検査所見
胸部単純X線所見:右胸心を認めた(図1A)。肺野に異常を認めなかった。
画像検査所見
A:胸部単純X線所見で右胸心。B:腹部超音波・CT検査にて内臓逆位が確認され,右副腎に接する約2cm大の腫瘤を認めた。C:MRI検査では,腫瘤はT1強調像で脂肪より低信号域,T2強調像ではほぼ等信号を示した。
腹部超音波・CT検査所見:内臓逆位が確認され,右副腎に接する約2cm大の腫瘤を認めた(図1B, C)。
MRI検査所見:内臓逆位が確認され,右副腎に接する約2cm大の腫瘤を認めた。腫瘤はT1強調像で脂肪より低信号域,T2強調像では脂肪とほぼ等信号を示した(図1D)。
以上の所見より,副腎腺腫に起因する原発性アルドステロン症と診断し,腹腔鏡下に右副腎腫瘍摘出術を施行した。
手術所見:全身麻酔下,左側臥位とし開始した。まず,右鎖骨中線上臍レベルに約12mmの横切開をおき腹腔鏡ポートを作成し腹腔内の観察を行った(図2A)。内臓逆位のため右横隔膜下に脾臓を,左横隔膜下に肝臓を認めた (図2B)。右鎖骨中線上,右肋骨弓下3横指の部位に11mm,腹腔鏡ポートよりやや右上に5mmのポートをそれぞれ作成した。内臓逆位のため右に存在する脾臓外側より右副腎にアプローチした。Gerota筋膜を切開し,副腎周囲の剝離をすすめた。副腎静脈をdouble clip後に切離した上で,副腎腫瘍の摘出を行った。手術時間は1時間23分,出血量10ml,術中偶発症などは認められなかった。
手術所見
A:腹腔鏡ポート作成部位(Ⅰ;手術用ポート11mm,Ⅱ;腹腔鏡用ポート12mm,Ⅲ;手術用ポート5mm)。B:完全内臓逆位の腹腔鏡所見(Ⅰ;副腎腫瘍,Ⅱ;正常副腎,Ⅲ;膵臓,Ⅳ;肝臓,Ⅴ;胃,Ⅵ;脾臓)。
切離標本:摘出標本は4.5×1.6cm大,腫瘍は約2.0cm大であり,肉眼的に被膜外への浸潤は認められなかった (図3A, B)。
摘出標本
A,B:摘出標本は4.5×1.6cm大,腫瘍は約2.0cm大であり,被膜外への浸潤はなし。
病理組織学所見:HE染色に加えステロイド合成酵素の免疫組織染色を行い,3β-HSD,CYP21,CYP11などの発現が確認され,副腎原発のアルドステロン産生腺腫と病理診断された。
治療経過:術後の経過は良好であり,高血圧および低カリウム血症の改善を認めた。
内臓逆位は胸・腹部内臓が正常の状態に対して左右逆に,いわゆる鏡像的位置にある状態であり,4,000~10,000人に1人の割合で認められる[1~3]。本症例のように全ての臓器が逆転する全内臓逆位と一部の内臓のみが逆位を呈する部分内臓逆位とに分類され,これらの比率は約5倍の頻度で全内臓逆位が多い。内臓逆位それ自体には病的意義はないが,心血管系奇形を筆頭とした合併奇形は正常人の約10倍に及ぶと報告されている[6]。内臓逆位が臨床的に問題となるのはこうした合併奇形や,解剖学的理由による手術操作上の困難性だと考えられる。内臓逆位の手術報告例は胃癌[7]・大腸癌[5,8]を含め多数みられるが副腎腫瘍での報告は少なく[9~11],われわれが経験した腹腔鏡下に切除しえた報告例は医学中央雑誌web版(1983~2012年12月)で検索しうる限り確認できない。
他の報告例では,手術における術中の解剖学的位置把握の困難性が指摘されている。そのため術前検査における解剖学的位置関係を十分に把握して手術に臨むことが必要であると考えられた。また,腹腔鏡下手術におけるポートの位置については左右反転することで問題なく手術を行うことが可能であった。
1992年に日本において開発された腹腔鏡下副腎摘出術は,大きな皮膚切開を要する開腹手術に比べて患者の術後QOLを高める術式である[12~14]。腹腔鏡下副腎摘出術は,安全面や低侵襲の面から良性の副腎腫瘍に対する標準的治療法としてすでに定着している[15~17]。開腹手術との比較では,侵襲度や入院期間などにおいて腹腔鏡下手術の方が有利であり,安全性についても何ら問題ないとの報告が多い[17]。腹腔鏡下手術は拡大視野による細部の観察が可能な反面,固有の臓器など明らかな指標に乏しいため空間の認知や位置関係が把握し難い。合併症はこのような状況での操作中に発生する血管損傷,隣接の他臓器損傷に加え,鏡視下手術特有の気腹や手術装置,器具の使用に関連することが多いと考えられる。
本症例のような内臓逆位症の患者を腹腔鏡下にて手術するにあたっては,合併奇形の有無に注意し,詳細な術前画像診断をすること,さらに解剖学的異常に合わせた適切なポートの位置を選択することが安全な手術を行う上で大切であることが示唆された。
今回われわれは,全内臓逆位を伴った右副腎腫瘍を経験した。腹腔鏡下に切除しえた本邦報告例はなく,稀な症例であり文献的考察を加え報告した。