日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
多発性内分泌腫瘍症1型―疫学,診断,遺伝医療
小杉 眞司
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2013 年 30 巻 2 号 p. 98-101

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抄録

多発性内分泌腫瘍症1型(Multiple Endocrine Neoplasia type 1:MEN1)の診療ガイドラインとすべきガイドブックを作成した。

疫学:MEN1の頻度は約3~4万人に1人程度と推定されるが,多くの患者が診断されていない可能性が高い。副甲状腺,下垂体,膵消化管腫瘍の罹病率はそれぞれ90%以上,約50%,約60%である。

診断:3主要臓器のうち2病変,あるい1病変と家族歴またはMEN1遺伝子変異で診断される。膵消化管腫瘍の中で最も頻度が高いのはガストリノーマであり十二指腸粘膜下に小腫瘍として発生する。次いでインスリノーマ,非機能性腫瘍が多い。下垂体病変としては,プロラクチノーマが最も高頻度である。

遺伝医療:MEN1関連症状の家族歴聴取がMEN1の診断に有用である。家族歴のあるMEN1患者,家族歴のないMEN1患者におけるMEN1変異陽性率はそれぞれ約90%,約50%である。MEN1家族歴がある患者の発症前遺伝子診断は変異保有者の早期診断を可能にする。MEN1遺伝学的検査を実施する際には遺伝カウンセリングを行う。

はじめに

MEN1(多発性内分泌腫瘍症1型:Multiple Endocrine Neoplasia Type 1;Wermer症候群)は,がん抑制遺伝子のひとつと考えられるMEN1遺伝子あるいはMEN1あるいはmenin(MEN1のタンパク産物)に直接影響を及ぼすと考えられる遺伝子(CDKN1Bなど)の生殖細胞系列変異により発症すると考えられる遺伝性疾患である。

病態・症候を頻度順に記載すると次のようになる。

①副甲状腺過形成あるいは腫瘍(約95%):一腺腫脹の場合,通常過形成か腺腫かは区別できない。癌は稀。

②膵腸管神経内分泌腫瘍(約60%):ガストリノーマ,インスリノーマ,非機能性腫瘍,グルカゴノーマなど(稀)。

③下垂体腫瘍(約40%):プロラクチノーマ,非機能性腺腫,GH産生腫瘍(比較的稀)。

④副腎皮質腫瘍(約10%):非機能性腫瘍。

⑤カルチノイド(約5%):胸腺カルチノイド,気管支・肺カルチノイド,胃カルチノイド。

臨床診断としては3つの内分泌臓器(①下垂体,②副甲状腺,③膵腸管神経内分泌組織)のうち2つの臓器に腫瘍性変化があるものをMEN1と診断する。また,家族歴がある場合は,上記のうち臓器の腫瘍があれば診断される。

現在では,MEN1遺伝子の生殖細胞系列変異が同定されれば確定診断される。典型的な症例では95%以上にMEN1変異が同定される。稀に,CDKN1Bの変異によるものもある。

遺伝子診断を実施する場合,エクソンとエクソンイントロン境界部を含んだPCRを行い,直接シークエンスに供する方法が一般的であるが,この方法での検出率は95%程度であり,非解析部の病的変異は明らかにならないほか,大欠失などの大きな構造変化は欠失できないことが多い。すなわち,変異が同定できなくても変異の存在を完全に否定することはできないことに注意する必要がある。

また,家族の発症者のMEN1遺伝子変異が明らかとなっている場合,同じ変異を受け継いでいるかどうかを調べ,発症前に診断することが可能である。ひとつのアリルの変異で発症する,すなわち常染色体優性遺伝であり,親が発症者であると子は50%の確率で同一変異を受け継ぐ。変異キャリアは一生中にほぼ100%発症するといってよい(浸透率ほぼ100%)。

MEN1で発生してくる腫瘍は大半が良性であり,一般的に予後はよい。生命予後に影響するのは,悪性のガストリノーマおよび胸腺カルチノイドである。

下記は,このたびMENコンソーシアムが中心となって作成したMENガイドブックに取り上げられたCQ(Clinical Question)と関連する解説をまとめたものである。推奨文そのもの,推奨度および各項目についての詳しい解説については,ガイドブック本文を参照いただく必要がある。

1.疫学

ガイドブックにおけるCQ:

● MEN1の頻度は?

● MEN1における各病変の罹病率は?

● 個々の病変に占めるMEN1の頻度は?

以前,MEN1は日本人では非常に頻度が低い疾患と思われていたが,現在では世界的な頻度とほぼ変わらないと考えられている。MENコンソーシアム[]のデータでも診断に10年以上かかっているケースも多いことから,未診断例が非常に多いのではないかと考えられている。MENガイドブックは,MEN1について臨床医の理解を深め,正確な診断にたどり着きやすいように作成されたものである。

2.診断

MEN1の臨床的診断基準は,主要3臓器(副甲状腺・膵内分泌臓器・下垂体)のうちの2臓器以上の病変があること,あるいは1臓器病変+MEN1家族歴によって診断される。これらの臓器別に課題を整理する。

A)副甲状腺

ガイドブックにおけるCQ:

● MEN1の原発性副甲状腺機能亢進症の臨床症状と発症時期,診断の契機は?

● MEN1における原発性副甲状腺機能亢進症の診断で推奨される検査は?

● MEN1の原発性副甲状腺機能亢進症の自然歴は?

● MEN1を積極的に疑うべき原発性副甲状腺機能亢進症は?

MEN1において最も高頻度に発症する原発性副甲状腺機能亢進症について,一般の原発性副甲状腺機能亢進症とどのように異なるのか明らかとした。一般の原発性副甲状腺機能亢進症の大半は副甲状腺腺腫によるものである。しかし,MEN1における原発性副甲状腺機能亢進症も最初から多腺の腫大が認められるのではなく,病理組織学的にみても腺腫と過形成の区別がつかないことから,一腺の腫大の場合に区別ができない。

一般に原発性副甲状腺機能亢進症においては,尿路結石を初発症状とすることが多いが,尿路結石は頻度の高い疾患であり,結石の排出や破砕で診療が終わってしまい,Ca値さえ測定されていないことが多い。MEN1以前に原発性副甲状腺機能亢進症さえ診断されていないあるいは診断が著しく遅れることがある。

B)膵消化管内分泌腫瘍(GEPNET)

ガイドブックにおけるCQ:

● 膵消化管内分泌腫瘍で現れる臨床症状と診断時期は?

● 膵消化管内分泌腫瘍の診断で推奨される検査は?

● MEN1の膵消化管内分泌腫瘍の自然歴は?

● MEN1を積極的に疑う膵消化管内分泌腫瘍は?

膵消化管内分泌腫瘍(GEPNET)における機能性腫瘍ではホルモン関連の症状を呈するが,非機能性腫瘍では症状を呈さないことが多い。MEN1のGEPNETの特徴は,1)多発性,2)小病変,3)肝転移の頻度が散発例に比べて高い点である。GEPNETはMEN1において発生する病変の中でも,最もMEN1に特異的なものである。すなわち,膵消化管NETを有する患者のうち約10%はMEN1による。特にガストリノーマにおいては,その1/4がMEN1によるものであり,ガストリノーマだけでMEN1を疑う必要がある。MENコンソーシアムのデータによると日本人のインスリノーマは若年発症のものが特に多く(1/4が20歳未満),留意が必要であることがわかっている[]。インスリノーマの悪性度は低いが,一人暮らしの若年者が高度な低血糖を起こすと致命的になりうる。ガストリノーマや非機能性腫瘍は肝転移をきたすことがあり,留意が必要である。稀なものとして,グルカゴノーマ,ソマトスタチノーマ,VIPomaがある。

C)下垂体

ガイドブックにおけるCQ:

● 下垂体腫瘍で現れる臨床症状と発症時期は?

● 下垂体腫瘍が診断される契機は?

● 下垂体腫瘍の診断で推奨される検査は?

● MEN1の下垂体腫瘍の自然歴は?

● MEN1を積極的に疑うべき下垂体腫瘍は?

下垂体腫瘍を契機として,MEN1と診断される割合はあまり多くない。MEN1に発生する下垂体腫瘍の中で最も頻度が高く重要なものは,PRL産生腫瘍(プロラクチノーマ)である。無月経や不妊を主訴に産婦人科を受診することが多いが,診断にたどり着くまで数年かかっているケースも多いことがMENコンソーシアムのデータで明らかとなっている。妊娠可能な長い期間を失っていることになる。

MEN1を疑う下垂体腫瘍として,原発性原発性副甲状腺機能亢進症(高カルシウム血症)に合併する下垂体腫瘍,浸潤傾向のあるマクロアデノーマ,多ホルモンを産生する単一機能性腫瘍,薬剤抵抗性プロラクチノーマ,多発機能性腺腫などがあげられる。

D)その他の病変

ガイドブックにおけるCQ:

● MEN1における随伴病変の診断時期,診断契機は?

● MEN1における随伴病変の診断で推奨される検査は?

● その他MEN1を積極的に疑うべき病変は?

以前は「胸腺カルチノイド」といわれた胸腺神経内分泌腫瘍(NET)は悪性度が高く,MEN1の予後に大きく影響する。欧米では,胸腺NETは男性の喫煙者にのみ特異的に発症するとされていたが,MENコンソーシアムのデータによると,日本では1/3が女性であることが明らかとなった[]。早期診断治療のためにMEN1患者およびMEN1変異保有者に対して胸部CTかMRIを毎年撮ることが推奨される。

副腎病変の多くは偶発腫として発見され,非機能性であり,大部分が無症候性である。

3.遺伝医療

ガイドブックにおけるCQ:

● 家族歴の情報はどの程度重要か?

● MEN1遺伝学的検査の対象と検査法は?

● 変異の検出率は?

●  MEN1 変異・多型の解釈は?

● 変異未検出症例の解釈・特徴と医療対応は?

● リスクのある血縁者に対するMEN1遺伝学的検査の施行時期は?

MEN1の診療において,家族歴の詳細な聴取は極めて重要である。MEN1によって生じてくる病変や症状はごく一般的なものも多いからである。尿路結石,胃・十二指腸潰瘍はその双璧であるといえる。そのほか,不妊,無月経,骨粗鬆症,肝臓がん,すい臓がん,脳腫瘍などがあげられる。

明らかな家族歴のあるMEN1患者においてMEN1変異は95%以上に検出される。このようにMEN1遺伝学的検査は非常に感度が高いものであり,臨床的な診断基準を満たさない症例であってもMEN1遺伝学的検査によって診断が可能である。次のような場合が該当する。ガストリノーマ,多発性GEPNET,再発性GEPNET,若年性(20歳以下)インスリノーマ,多腺性副甲状腺病変,若年性(30歳以下)の副甲状腺腫,家族性原発性副甲状腺機能亢進症。

発症者に変異が同定されると血縁者が同じ変異も持っているかどうかというキャリア診断あるいは発症前診断が可能となる。キャリアであるとわかった未発症者に対しては早期から関連臓器のサーベイランスを実施することにより,病変の早期診断・早期治療が可能となる。

一方,2病変があるものの家族歴のない孤発例におけるMEN1変異検出率は50%程度にとどまる。これは,孤発例においては病態が異なるものが混じっていることを示す。このようなMEN1 Phenocopyには一定の特徴がある(家族歴がない,膵内分泌病変がない,下垂体病変+副甲状腺病変の組み合わせが多い,副甲状腺病変が一腺性,高齢発症(50歳以上),MEN1変異が同定されない。詳細は「ガイドブック」参照のこと)。

MEN1遺伝学的検査を実施する際には遺伝カウンセリングを行う必要がある。

MEN1遺伝学的検査の検査法としては次のようになる。(1)MEN1のエクソン(2-10)とエクソン-イントロン境界部を含むPCR直接シークエンス,(2)DHPLCによるスクリーニングは感度が高い,(3)非検出例のうち,臨床診断が確実な場合は,MEN1-MLPA法の実施,CDKN1B/p27,p16,p18,p21遺伝学的検査を考慮する。

4.コラム

「ガイドブック」では以下のようなテーマについても取り上げ,解説を行っている。

● 測定可能な関連ホルモンについて

●  CDK1 について

● MEN1の遺伝カウンセリングにおける留意点

● MEN1遺伝学的検査実施施設,手続きなどについて

おわりに

原発性副甲状腺機能亢進症以外の病変は浸透率が60%以下であり,生涯罹患しない患者が少なくない。したがって,特に若年患者においては臨床検査のみによる早期の確定診断はしばしば困難である。また単一病変を発症した患者にすべからく本症を疑った検索を行うことも,非効率的であり患者に不要な負担を強いることになる。本症の原因遺伝子であるMEN1遺伝学的検査を適応を考慮しつつ実施することで,診断の精度と効率の向上が期待できる。

本症の患者の子は50%の確率で本症を受け継ぐとともに,患者の同胞も本症に罹患している可能性を考える必要がある。ひとりの患者の適切な診断は,患者本人の適切な治療につながるだけでなく,まだ症状を呈していないあるいは症状を呈していても本症と診断されていない血縁者の早期診断,早期治療につながる。ただし,これは健康の問題を感じていない血縁者が突如将来の健康障害の可能性に直面することでもあり,遺伝カウンセリングを含めた慎重かつ丁寧な対応が必須である。

【文 献】
 

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