2014 年 31 巻 2 号 p. 154-157
症例は54歳の男性で,血清CA19-9高値の精査目的のCT検査にて甲状腺腫瘤を指摘された。消化器系の探索を行ったが,異常は認めなかった。甲状腺腫瘍の細胞診にて乳頭癌との診断を得たため,甲状腺全摘+リンパ節郭清術を行った。血清CA19-9は術前では74.6U/mLと高値を示していたが,術後は基準範囲内まで低下した。摘出標本の免疫組織染にて,約50%の腫瘍細胞でCA19-9が陽性であり,CA19-9の産生を証明した。血清のCA19-9が上昇しているにも関わらず,消化器系に異常を認めない場合は,消化器疾患の検索のみにとどめることは不十分であり,甲状腺や乳腺といった消化器以外の検索も必要であることに注意を要する。
CA19-9(carbohydrate antigen 19-9)は,1979年にKoprowskiらによって発見された糖鎖抗原である[1]。抗原決定基はLewis A抗原の糖鎖にシアル酸が結合したものであり,膵・胆道系および消化器系の悪性腫瘍マーカーであることが明らかにされているが,甲状腺癌において高値を示した報告は稀である。今回,われわれは血清CA19-9が高値を示し,また,腫瘍組織切片の免疫組織染色にてCA19-9陽性となった症例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する。
症 例:54歳。
主 訴:CA19-9高値の精査。
既往歴:24歳痛風,51歳高血圧症,アルコール性肝障害。
家族歴:父親;胃癌。
現病歴:アルコール性肝障害のため,前医消化器内科にて経過観察中。血清CA19-9は高値で推移していた(2年以上45~55U/mL(基準値37.0U/mL以下)の間で推移)が,さらに急上昇(219.1U/mL)した。精査のため,胸腹部造影CT検査が行われ,甲状腺腫瘍を指摘された。前医外科にて細胞診が行われ,classⅤ,papillary carcinomaと診断され,手術目的にて当院に紹介となった。
入院時現症:身長164.6cm,体重65.5kg,血圧130/82mmHg,脈拍81/分,頸部リンパ節は触知せず。甲状腺は全体的に腫大していた。
入院時血液検査結果(表1):γ-GT 102U/Lと高値である他は,血液・生化学検査にて異常は認めなかった。甲状腺機能に関しては,TSH3.36μIU/mL,FT3 3.26pg/mL,FT4 0.92ng/dLと正常であった。一方,腫瘍マーカーはCEA 4.1ng/mL(基準値5.0ng/mL以下)で正常であったが,CA19-9は74.6U/mL(基準値37.0U/mL以下)と高値を示した。また,サイログロブリンは215.8ng/mL(基準値32.7ng/mL以下)と上昇していた。
胸腹部造影CT検査所見(図1):甲状腺は腫大し,内部は濃度不均一で,一部に低濃度域を認めた。
頸部超音波検査所見(図2):甲状腺峡部から両葉にかけて,内部に囊胞様成分を含む辺縁不整な腫瘤を認めた。充実部分の長径は27mm大であった。
甲状腺シンチグラム所見(図3):201Tlシンチグラフィにて,甲状腺峡部から両葉にかけて腫瘤様の高集積を認めた。
以上より,甲状腺癌と診断し,手術を施行した。
手術所見:甲状腺全摘+リンパ節郭清術(D1)を行った。甲状腺左葉から峡部にかけて5.0×3.5×1.8cm大の腫瘍を認めた。肉眼的には被膜を有する囊胞状~充実性の病変であった(図4)。
切除組織の病理所見:腫瘍は乳頭状・濾胞状の異型上皮からなり,核溝・封入体などの像を認め,乳頭癌の像であった(図5a)。その他,周囲脂肪織への浸潤(Ex1)と,周囲リンパ節への転移(Ⅱ2/2,左Ⅲ1/2)を認めた。以上より,T3 EX1(周囲脂肪織)N1a M0 StageⅢと診断した。一方,免疫組織染では,約50%の腫瘍細胞でCA19-9が陽性であった(図5b)。なお,乳頭癌の連続切片で,ネガティブコントロールをおいて染色している(図5c)。また,乳頭癌と同一の組織切片での正常甲状腺では,CA19-9は陰性であった(図5d)。
術後経過:手術後,飲酒は再開しているが,血清CA19-9は,術後1カ月目30.9U/mL,3カ月目36.4U/mLと基準範囲内になっている。
入院時血液検査結果
胸腹部造影CT像:甲状腺は腫大し,内部は濃度不均一で,一部に低濃度域を認めた。
甲状腺超音波検査像:甲状腺峡部から両葉にかけて,内部に囊胞様成分を含む辺縁不整な腫瘤を認めた。充実部分の長径は27mm大であった。
甲状腺シンチグラム像:201Tlシンチグラフィにて,甲状腺峡部から両葉にかけて腫瘤様の高集積を認めた。
切除標本肉眼所見:甲状腺左葉から峡部にかけて5.0×3.5×1.8cm大の腫瘍を認めた。肉眼的には被膜を有する囊胞状~充実性の病変であった。
甲状腺病理組織像
a(HE染色):腫瘍は乳頭状・濾胞状の異型上皮からなり,核溝・封入体などの像を認め,乳頭癌の像であった。
b(CA19-9染色,乳頭癌):細胞膜では濃く,細胞質では淡い染色性が認められる。周囲間質などでの反応は認めない。
c(CA19-9染色,陰性対照):乳頭癌の連続切片で,一次抗体をTBSバッファーに置換し,他の試薬は全て同じものを使用して施行。
d(CA19-9染色,正常甲状腺):bと同一組織片での正常甲状腺では,CA19-9で染色されていない。
現在,悪性腫瘍における腫瘍マーカーの検索は,癌スクリーニングおよび治療効果判定の指標として欠かすことはできない。しかし,甲状腺における一般的腫瘍マーカーは,髄様癌におけるCEAやカルシトニンを除いて,いまだ有効なものがないのが現状である。甲状腺腫瘍診療ガイドラインによると[2],CEA・カルシトニンは髄様癌における診断マーカーとして確立されているが,両者とも甲状腺癌全体のスクリーニング検査としては適さないとある。また,TSHは甲状腺分化癌の増殖因子であるが,診断的マーカーとしての位置付けは乏しく,サイログロブリンに関しても,甲状腺全摘後の病勢判断のための腫瘍マーカーとしての有効性は確立されているが,術前の癌予測因子になりえるかは議論が分かれている。サイログロブリン値の上昇は,甲状腺分化癌の可能性を高めるが,その特異性は乏しく,ATAのガイドラインでも甲状腺腫瘍への初期評価としては推奨されていない[3]。
本症例では,CA19-9上昇の精査にて甲状腺癌を発見しているが,そもそもCA19-9の生体内組織分布は,Atkinsonらの報告によれば[4],酵素抗体法によって染色される細胞は,膵管,胆管,胆囊上皮,肺気管支腺などに存在するとされ,正常の甲状腺組織には存在しないようである。
しかし,甲状腺癌にてCA19-9産生を免疫組織化学的に確認している文献を散見する[5,6]。さらに,大金ら[7]によると,組織学的に甲状腺乳頭癌と診断が確定した穿刺吸引および手術材料捺印により採取された細胞標本において,DU-PAN-2およびCA19-9の感度は,それぞれ80%,70%であり,特異度は100%,89%であり,細胞学的鑑別診断において乳頭癌の有用なマーカーとなる可能性が示唆されている。その一方で,坪井ら[8]は,甲状腺囊腫による血清のCA19-9が上昇した症例を報告している。CA19-9は甲状腺癌の治療効果や予後の指標にできる可能性があるが,CA19-9の上昇は悪性腫瘍に必ずしも特異的ではないことに注意する必要がある。
臨床にて血清CA19-9上昇に遭遇した場合,肝臓・胆囊・膵臓といった消化器系癌の精査を行っている。本症例は,精査時の胸腹部造影CTにて,頸部も含めて撮像されていたため,甲状腺疾患を発見することが可能であったが,頸部が含まれていなかった場合,診断が極めて困難であった可能性がある。血清のCA19-9が上昇しているにも関わらず,消化器系に異常を認めない場合は,消化器疾患の検索のみにとどめることは不十分であり,甲状腺や乳腺といった消化器以外の検索も必要であることに注意を要する。
血清CA19-9値高値を示す甲状腺乳頭癌を経験し,免疫組織染色にてCA19-9陽性となった症例を経験したので報告した。