低侵襲手術である内視鏡外科手術は,近年ロボット支援手術へと発展してきた。手術支援ロボットda Vinci(da Vinci surgical system, Intuitive Surgical Inc.)は,2000年にFDA(アメリカ食品医薬品局)により承認された。2006年に開発された後継機種のda Vinci Sは,視認性や操作性などの点で格段に改良されたため,海外では甲状腺手術や頭頸部癌に対する経口的手術などにも使用されている。一方,本邦では2009年に泌尿器科,婦人科,胸腹部外科(心臓外科を除く),消化器外科領域に薬事申請が認められ,手術支援ロボットによる手術が可能となった。しかし保険に関しては,2012年に前立腺全摘術が保険収載されたのみであり,他の手術は依然として保険の適応がない。
1990年頃から始まった内視鏡外科手術への変革に伴い,内視鏡の画像技術とマニピュレーターを体内に持ち込む技術(マスタースレイブマニピュレーターシステム)も大きく発展した。1990年代後半からは,米国においてロボットによる遠隔手術への発展が注目されてきた。
そして,1998年ZEUS® System(Computer Motion Inc., Goleta, CA, USA)[1,2],および,1999年da Vinci® Surgical System(Intuitive Surgical Inc.)[3]が開発され,市販された。双方とも心臓外科を対象として開始されたが,2000年にda VinciがFDA(アメリカ食品医薬品局)により承認された後,積極的に内視鏡外科手術が行われていた消化器外科,泌尿器科,および産婦人科などへ対象を広げていった。代表的な手術としては前立腺や子宮に対する手術があり,その他,冠動脈バイパス手術(CABG)[1]や腎移植[2]など多くの低侵襲手術に使用されている。
2006年da Vinciの後継機種であるda Vinci S(da Vinci surgical system, Intuitive Surgical Inc.)が開発された。da Vinci SはHi vision対応で小型化し,4th armが装備された。視認性や操作性などの点で改良されたため,頭頸部手術にも応用可能となった。海外では甲状腺手術[4~6],中咽頭癌,下咽頭癌,声門上癌に対する経口的手術[7~9],頭蓋底手術[10,11]などに使用されている。一方,本邦ではda Vinci Sは2009年に泌尿器科,婦人科,胸腹部外科(心臓外科を除く),消化器外科領域に薬事申請が認められ,手術支援ロボットによる手術が可能となった。しかし保険に関しては,2012年に前立腺全摘術が保険収載されたのみであり,他の手術は依然として保険の適応がない。なお,頭頸部外科領域では,米国において2009年にFDAより認可され,その後急速に普及をみせているが,本邦では薬事未承認である[12,13]。
da Vinciサージカルシステムは,サージョンコンソールとペーシェントカートとビジョンカートの3つの装置より構成されている。
a.サージョンコンソール術者は患者から離れたサージョンコンソールに座って,非清潔区域で手術を行う(図1)。ステレオビューワは双眼の内視鏡から取り込んだ画像を融合させ三次元画像を作り出す。術者はフルスクリーンモードの他,外部から読み込ませた画像を同時に見ることができる。術者は,マスターコントローラーに両手の母指と示指を挿入し,操作する。回転や開閉などの術者の手の動きは1,300分の1秒で追跡され,ほぼ遅延を感じることなくそのまま鉗子の動きとなる。コンソールにはヘッドセンサーがついており,術者の頭が離れるとロボットの動きにロックがかかる。
サージョンコンソール
術者は患者から離れて,非清潔区域で手術を行う。
ペーシェントカートは4本のアーム(3本のインストゥルメントアームと1本のカメラアーム)からなる(図2)。インストゥルメントアームは3本のうち,任意の2本を選んで操作でき,残る1本を補助,または非使用にできる。
ペーシェントカート
4本のアームのうち,1本は内視鏡カメラが付く。残りの3本にインストゥルメントを装着する。
高解像度3次元ハイビジョンシステムが搭載されたトロリーである(図3)。タッチスクリーンモニターとなっており,タッチセンサーによりテレストレーション(画面への表示)ができる。
ビジョンカート
タッチスクリーンとなっている。
内視鏡カメラは外径12mmの硬性内視鏡で,0度と30度が選択でき,先端に二つのカメラが搭載され立体視が可能となる。手元の操作で,自由に拡大・縮小が可能であり,平面画像を見ながら手術操作を行う従来の内視鏡外科手術とは根本的に異なり,安全かつ微細な操作が可能となっている。
e.インストゥルメント鉗子にはEndo Wrist技術が搭載され,7軸の作業角度で540度回転するため,今まで手の届かなかった部位への操作が可能となった。更に,術者の手の動きと鉗子の動きを2:1,3:1,5:1に調整するscaling機能と手ぶれを補正するfiltering機能が搭載されている。シャフト径は従来8mmであったが,近年5mmの細径のものも販売されるようになった。各アームに自由にインストゥルメントを装着して使用する。現在承認がおりているインストゥルメントには,①ニードルドライバ,②グラスパ,③シザーズ,④モノポーラ,⑤バイポーラなどがある(図4)。超音波駆動メスは,まだ本邦では薬事未承認である。
インストゥルメント
①ニードルドライバ,②グラスパ,③シザーズ,④モノポーラ,⑤バイポーラ
これらの機能によって,誰でも簡単に高いレベルの手技の再現が可能となり,内視鏡手術の経験の浅い医師でも手術を習得しやすいと考えられる。
f.注意点手術は,コンソールサージョンがインストゥルメントとカメラを操作し,オンサイトサージョンがロボット手術器具の交換と調整を担当する。しかし,ここで留意しておかなければならない点は,術者は内視鏡により良好な術野を得ているように思われるが,実は内視鏡の視野外は全く見えていないということである。このため,助手であるオンサイトサージョンが内視鏡やインストゥルメントアームがお互いに干渉しないか,また,アームが術野外で患者に損傷をおこさないか,常にベッドサイドで注意し対応することが重要である。
g.後継機種da Vinci Siの特徴da Vinci Sに比べ3D-HD visionがハイビジョンからフルハイビジョンに改善し,外部の画像(CTの3Dイメージやエコー画像など)がステレオビューワにリンクできる。術者の体に合わせてアームレストとフットスイッチパネルを調整可能となり,術者によって設定を記憶してワンタッチで設定を再現することができるようになった。また,コンソールのフットペダルを使用し,モノポーラとバイポーラを併用することが可能となり,第4アームのクラッチ切り替えも容易となった。最も変わった点は,2台のコンソールで2人の外科医が同じ術野を共有でき,操作を分担できるところである(図5)。術者の指導・育成に生かされることが期待されている。
da Vinci Si
2台のコンソールで同時に手術ができる。
da Vinci Sを使用するには,システムを学ぶためのトレーニングを受けcertificationを取得することが推奨される。トレーニングは,以下の4つのステップにより構成される。①オンライントレーニング;Intutive Surgical社のオンライン教育システムをインターネットで受講する。②オンサイトトレーニング;da Vinciチームメンバーによって,実際の手術室で手術を想定した手順に従って役割を確認する。③オフサイトトレーニング;指定施設で2日間のトレーニングを行う。動物(ブタ)を使用し,機器の操作や手術手技を訓練する。④症例見学;領域別に臨床見学を行う。国内に認定された症例見学施設がない場合は,国外で手術見学しなければならない。
ロボット手術を安全に行う上で最も大切なことはチームワークをいかにして確立するかである。鳥取大学医学部附属病院では,各科共通の機器を用いるロボット手術を開始するにあたり,外科系の診療科が各診療科の壁を越えて意見交換し技術向上に取り組むことを理念とし低侵襲外科センターを設立した(図6)[14]。同センターではロボット手術のトレーニングシステムの構築や,ロボット手術などの低侵襲手術に関する新たな手技や機器を開発することも目的としている。更に,センターでは,術者の認定,術式の認定,同センター担当者による手術中止要請について病院内規で定めている。具体的には,ロボット手術の術者の申請には,術者申請書を提出し,低侵襲外科センター運営委員会での審議を経て承認を得る必要がある。また術者認定と同様に,ロボット手術の新しい術式の申請には,da Vinci手術術式申請書を提出し,同様に低侵襲外科センター運営委員会の許可を得る必要がある。各手術には手術中止の条件が定められており,手術時間や出血量,機器のトラブルなどでロボット手術が継続不能となった場合は,その手術の中止要請責任者に指名されたセンター長に準ずる医師が中止要請を行うこととなっている。
鳥取大学医学部附属病院低侵襲外科センター
月に2回の手術検討会を行い,da Vinci手術の術後検討と術前検討,ならびに看護師や手術部ME技師など各分野のda Vinci手術の工夫などの発表が行われる[15]。da Vinci手術を予定する場合はこの検討会を経て,承認されることが必要となる。
c.手術室手術時にペーシェントカートをどの方向から挿入するかは,領域や術式によって大きく異なる。ペーシャントカートに合わせ,麻酔器の位置や機械台を動かす必要があるため,広い手術室が理想的である。更にda Vinci Siでは二つのサージョンコンソールを有するため,一般的な手術室では明らかに狭く,当院ではda Vinci用に設計された手術室が用意されている(図7)。
da Vinciのための手術室
100m2の広さがあり,窓が電動スクリーンになっている観察室がある。手術室内のモニターは,スイッチ1つで2Dと3Dを切り替えることができる。
da Vinci購入費(保守料とリース料)以外に,消耗品を含めた維持費がかかる。このためロボット本体で億単位,年間のメンテナンス,消耗品も数千万円かかる。
手術にかかる費用はこれらの保守費・リース料の年額を症例数で割ったものに,1症例辺りの消耗品費を加えたものがda Vinci支援手術料金となる。更に先進医療承認がない場合は全額私費料金となり,入院料や手術・麻酔料,術前術後の外来料金が加算される。
内分泌外科領域におけるロボット支援手術は,本邦ではまだ始まったばかりであるが,内視鏡外科手術の長い経験と卓越した技術力は必ずこの分野でも諸外国をリードすることになると確信している。また,国産のロボット手術支援機器の開発が強く望まれるところであるが,医療機器の開発には莫大な経費と国の規制が厳しいのが現状である。しかし,幾つかの企画が進んでおり,近い将来に国産の機種ができるものと考えている。