日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺腫瘍細胞診の問題点
覚道 健一谷口 恵美子若狭 朋子山下 弘幸
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2014 年 31 巻 2 号 p. 99-103

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抄録

日本甲状腺学会は,甲状腺結節取扱い診療ガイドライン2013を出版した。甲状腺結節の診療では細胞診が重要な役割を持つ。しかし細胞診で30%以上の症例は,良性・悪性の結論が出ない「検体不適」,「鑑別困難」,「悪性疑い」に診断される。甲状腺結節取扱い診療ガイドラインでは,これらを実地臨床の場でどのように取り扱うかの解決策を示した。細胞診で鑑別困難に分類された症例は,画像などの臨床検査と合わせて手術対象例を絞り込む。細胞診でも,鑑別困難をさらにリスク分類することを推奨した。まず鑑別困難を「濾胞性腫瘍」と「その他(濾胞性腫瘍以外)」に分類する。濾胞性腫瘍群は,悪性の可能性の高い(favor malignant)と良性の可能性が高い(favor benign)に分類することを推奨した。すなわち鑑別困難群の大半(70~90%)を占める良性結節患者に無用な診断的葉切除術を適応しないことを求めている。欧米では全例に診断的葉切除術が薦められるのに対し,日本では「濾胞性腫瘍」患者でも,他の臨床検査項目が良性の患者は経過観察も選択肢となる。濾胞性腫瘍の亜分類を省略した診断様式を選択すると,国際的診断様式と読み替え可能な6カテゴリー分類に変換できる。平易な診断用語を用い,悪性の確率,甲状腺結節の性状が類推しやすい言葉を用い利用者の利便性を図った。

はじめに

甲状腺結節の診療において,甲状腺細胞診は,患者の治療方針を決定する重要な検査である。しかしながら,診断用語,判定区分に不統一があり,臨床医と細胞病理医の間での意思疎通の障害となっていた。さらに困難を生む原因として,「検体不適正」,「鑑別困難」,「悪性疑い」などと診断され,細胞診だけでは良性/悪性に明確に区別することができない例が30%以上ある。これら鑑別困難症例をどのように取り扱うか,ガイドラインごとに若干の差があり,欧米のガイドラインでは,一般に濾胞性腫瘍(鑑別困難の大部分を占める)患者全員に診断的外科切除を勧奨する。多くの報告では,その結果濾胞性腫瘍患者の70%以上が診断的外科切除をうける[]。しかし切除標本で見ると70~90%の例で良性のため,これら良性患者では過剰治療(無用の外科侵襲)となることが問題視されていた[]。日本甲状腺学会編集の診療ガイドラインでは,(濾胞性腫瘍患者全例を手術対象とするのではなく)細胞診を含むすべての臨床検査を駆使し,これら鑑別困難患者のリスク分類を進め,悪性の可能性が高い患者を抽出し外科的対象とする(可能な限り良性患者の手術を避ける)ことを勧め,これが甲状腺結節診療の本邦の大きな特色となっている[]。日本甲状腺学会診療ガイドラインでは,細胞診でも鑑別困難の亜分類を推奨し,患者のリスク分類の一助となることを目指した[]。

日本甲状腺学会は,2013年,甲状腺結節取扱い診療ガイドラインを出版し,細胞診の報告様式を改訂した(表1)[]。本論文では,甲状腺結節取扱い診療ガイドラインの目指した鑑別困難に分類された症例の臨床的な対処方法について,細胞診を中心に解説する[]。

表1.

甲状腺結節取扱い診療ガイドライン細胞診報告様式

甲状腺細胞診の陥入りやすいpitfall

日本内分泌外科学会,日本甲状腺外科学会が編集した甲状腺腫瘍診療ガイドラインでは,濾胞性腫瘍の細胞診での良性/悪性の判定は不可能とされ,推奨グレードC3(エビデンスはなく,診療で利用・実践しないことを勧める)となっている[]。日本では,細胞診だけでは良性/悪性に区別することができないことが,強調される傾向にあり,良性の濾胞腺腫,腺腫様結節を,濾胞細胞集塊が見られることから安易に「鑑別困難」,「濾胞性腫瘍」と診断をする傾向がある。その結果,パパニコロウ協会の診断様式で規定された診断比率20%以内という数値目標は守られず,鑑別困難症例の比率が20%よりも多い施設が多数存在する。この結果から臨床医側には甲状腺細胞診に対する不満(①良性/悪性の結論が出せない比率が高すぎる。②濾胞性腫瘍の診断で手術したが良性の病理診断結果が多いなど)が高まる結果となっている。

運用に問題のある甲状腺細胞診には,その根底に以下のような診断者の陥りやすいpitfallがある。すなわち良性の濾胞腺腫は,腫瘍であるから,細胞診で「濾胞性腫瘍」と診断すべき,また非腫瘍性(過形成)である腺腫様結節も濾胞腺腫と細胞診,病理組織診断で明瞭に区別できないことから,「濾胞性腫瘍」に入れることは妥当と誤解している。ここには甲状腺細胞診独自のルールがあり,甲状腺細胞診では癌の可能性が高い例のみを選び,「濾胞性腫瘍」と診断する(良性の可能性が高い,異型のない濾胞性病変は,腫瘍であっても「良性」と診断する)。すなわち癌(濾胞癌と濾胞型乳頭癌)を疑う例だけを「濾胞性腫瘍」と診断することが求められている(だから全例手術対象となる)[]。しかしこの診断方針,診断基準を,日本では十分に理解されていない。どのような例を「濾胞性腫瘍」と診断するかで,鑑別困難の診断比率が変化する。癌を疑っていない例を,安易に濾胞性腫瘍と診断をすると,鑑別困難が,20%を超え,手術例に占める癌の確率が10%以下となるので,厳重に戒めなければならない。

甲状腺結節取扱い診療ガイドラインで推奨された鑑別困難の細分類

1996年米国パパニコロウ(細胞診)協会から甲状腺細胞診の報告様式が提案され,2005年日本甲状腺外科学会編集の甲状腺癌取扱い規約第6版に採用されるなど,本邦でも一定の支持を得てきた[]。パパニコロウ協会診断様式は,濾胞癌,濾胞腺腫,腺腫様結節,橋本病などの濾胞細胞集塊が出現する病変(follicular pattern lesion)を一括し「濾胞性腫瘍」と診断し,狭義の鑑別困難(Indeterminate)に分類することを提案した[]。それまで甲状腺結節の50%以上を占める腺腫様結節,濾胞腺腫,濾胞癌などをすべてクラスⅢ,疑陽性と診断し,診断的葉切除術を薦めることを廃止し,これらの標本を,良性,鑑別困難,悪性疑いの診断カテゴリーに可能な限り振り分け,鑑別困難の診断比率が標本全体の20%を超えないという数値目標も設定された[]。この結果,濾胞性腫瘍として診断的葉切除に回される患者は減少したが,まだ多くの患者で過剰治療(70%以上が良性)となる診断的葉切除術が行われた。

日本甲状腺学会編集甲状腺結節取扱い診療ガイドラインで推奨する細胞診報告様式は,このパパニコロウ協会診断様式を基盤とし,「鑑別困難」のカテゴリーに改良を加えたものである(表1,2)[]。濾胞性腫瘍の細胞診での細分類(リスク分類)は,欧米でも行われており,パパニコロウ協会診断様式にも記載されている[]が,一般的には普及していない,また日本では伊藤病院,隈病院など甲状腺専門病院で1980年代より実施されてきたが,一般病院の診療では普及してこなかった[]。今回これを取り入れた目的は,濾胞性腫瘍患者全員に無差別に診断的外科治療を薦めるのではなく,濾胞性腫瘍のリスク分類を行うことにより,良性の可能性が高い例を抽出し,非手術的に経過観察を選択し,良性例の外科手術比率を減少させることにある[]。

表2.

日本甲状腺学会診断様式とその他の国際的診断様式の比較

組織基準(被膜浸潤の有無,脈管浸潤の有無)により,良性・悪性の鑑別がされ,良性・悪性の鑑別が細胞所見ではないことから,濾胞性病変(濾胞癌/濾胞腺腫)が「鑑別困難」のカテゴリーに最も多く(50~80%)含まれる。これ以外にも標本不良である時,検体適正であっても,細胞所見が不完全である時,所見を持つ細胞が少数であるため悪性と判断することが困難な乳頭癌,低分化癌,C細胞癌,橋本病,悪性リンパ腫などが含まれる。前者と後者ではその後の臨床的取り扱いが異なるため,同一のカテゴリーにまとめられることは適切でないと考え,日本甲状腺学会出版のガイドラインでは,「鑑別困難」をさらに濾胞性腫瘍が疑われるA群と,濾胞性腫瘍以外が疑われるB群に分けることとした(表1)[]。

鑑別困難B:その他(濾胞性腫瘍以外)

細胞診で乳頭癌を疑う細胞異型がある時,通常は「悪性,乳頭癌」と断定する。しかし細胞所見が不完全である時,所見を持つ細胞が少数である時,所見を持つ細胞が標本全体ではなくごく一部にとどまる時,あるいは標本の固定/塗沫が不良である時には,その程度に応じて「悪性疑い:乳頭癌疑い」,「鑑別困難B:乳頭癌を疑う不完全な核所見あり」あるいは「鑑別困難B:乳頭癌も否定できない」と診断する[,,]。「悪性疑い:乳頭癌疑い」では80%以上が乳頭癌であるように基準を設定し,「鑑別困難:B」では40~60%で乳頭癌の可能性があるように運用する。Renshawらは手術例では53%に乳頭癌がみられた[10]。Weberらは44%が乳頭癌であったと報告し[11],鑑別困難の中で,乳頭癌を疑う例では悪性の可能性が高いとして濾胞性腫瘍群から分離することを提唱している[1012]。鑑別困難Bには,乳頭癌を疑う症例の他,C細胞癌を疑う例,悪性リンパ腫を疑う例,低分化癌,未分化癌を疑う例,転移癌を疑う例なども含めることとする。これらの例では推定病変を付記することとする[]。これを濾胞性腫瘍と区別する目的は,悪性の可能性が高いだけでなく,細胞診の再検査で,標本不良などの問題点が解決され,適切な標本が得られた場合,良性/悪性の結論が得られることが多いからである。「鑑別困難:B」の臨床的対応は,直ちに外科対応をするのではなく,細胞診の再検査を推奨する。これはベセスダ様式のAUS/FLUSの臨床的対応と同じである。

日本における鑑別困難例の臨床的取り扱い

甲状腺細胞診標本の15~20%にも及ぶ症例を濾胞性腫瘍と診断し,診断目的に全例を葉切除するという欧米の診療方針は,過剰診療ではないかとの疑問が出され,日本では欧米のガイドラインをそのまま実践する臨床医は必ずしも多くない[]。本邦では,画像などの他の臨床検査と組み合わせて,悪性の確率が高い例を選び,患者に診断的葉切除を薦めることが多い。欧米では濾胞性腫瘍の手術比率は70%以上,時に80%と,「悪性疑い」,「悪性」のカテゴリーに匹敵する手術比率が報告されている[1314]。一方日本では,濾胞性腫瘍の細胞診で手術される患者比率は50%以下と欧米と比較し少ない[1516]。細胞診でも,これら患者のリスク分類の一助となることを願い,鑑別困難を濾胞性腫瘍とそれ以外に区別すること,濾胞性腫瘍を「悪性の可能性が高い群」と「良性の可能性が高い群」に区別することを推奨した[]。

濾胞性腫瘍のリスク分類

日本の症例で濾胞性腫瘍のリスク分類を行っている発表を検証すると,濾胞性腫瘍を3群に細分類する隈病院では,3群の内最も良性よりの群(favor benign)の悪性の割合は,10.2%であったのに対し,伊藤病院では20.4%,中間群(良性・悪性の境界病変:borderline)の悪性の割合は隈病院:12.5%,伊藤病院:50%,最も悪性よりの群(favor malignant)では,隈病院:76.5%,伊藤病院:60%が悪性との報告がある[]。ガイドラインで推奨した濾胞性腫瘍のリスク分類は,数字に違いはあるが,「悪性の可能性が高い例を抽出する」こと,「悪性の可能性の低い例を抽出する」ことでは,濾胞性腫瘍のリスク分類がうまく機能していることが報告されている。

濾胞性腫瘍(鑑別困難A群)のリスク分類と悪性の確率は,細胞診断を担当する細胞検査士,細胞病理専門医の診断基準の差によって異なると推定される。それぞれの施設での悪性の確率を検討した上での運用と,精度管理が必要である。また濾胞性腫瘍のリスク分類が,一般病理医,細胞検査士に可能か,再現性があるかについての検証はされていない。年間4,000件以上の甲状腺細胞診を扱う甲状腺専門病院と同列でないことは明らかで,診断の不一致(observer variability)は,細胞診経験や検体数と相関することが知られているからである[17]。経験の浅い細胞病理医,甲状腺細胞検体が少ない病院の場合には,濾胞性腫瘍の亜分類を省略した診断様式を選択することも可とする[]。この場合,国際的診断様式(ベセスダ診断様式または英国診断様式)と対応した診断方式(6カテゴリー分類)となる(表2)[1819]。英文で国際的に論文発表する場合に,この診断カテゴリーの読み替え(表2)が可能な点は,甲状腺学会が策定した細胞診様式の大きなメリットと想定される。

細胞診で結論の出ないとされていた「濾胞性腫瘍」でも,亜分類することにより,「悪性の可能性が高い」例を手術適応例とし,経過観察も選択肢となる「良性の可能性が高い」に分類することができる。これは細胞診で解決できない症例(濾胞性腫瘍は細胞診検体の5~20%を占める)を減らすことを目的として設計された細胞診の診断様式である。

重ねて強調するが,濾胞性腫瘍の亜分類は,良性/悪性を決定する診断ではなく,悪性の確率情報である。日本内分泌外科学会,日本甲状腺外科学会が編集した甲状腺腫瘍診療ガイドラインにも,濾胞性腫瘍の細胞診での良性/悪性の判定は不可能とされ,推奨グレードC3(エビデンスはなく,診療で利用・実践しないことを勧める)とされている[]。しかし,確定的な診断情報でなくとも,悪性の確率の情報(濾胞性腫瘍のリスク分類)は,手術を勧めるか否かを決定するために臨床的に役立つ情報である。すなわち濾胞性腫瘍のリスク分類は,画像など他の臨床検査と同等レベル以上の有力なリスク情報である。「濾胞性腫瘍,悪性の可能性が高い」は,伊藤病院,隈病院の検証では悪性の危険率は(ガイドラインで提示した40~60%より高く)60~77%であり,「悪性疑い」のカテゴリーに匹敵する癌の確率であることから,「濾胞性腫瘍,悪性の可能性が高い」は,日本の臨床医の常識でも,患者に手術を勧めることができる高い悪性の危険率と考えられる。

ベセスダ診断様式(The Bethesda system)と英国(UK Royal College of Pathologist)診断様式

甲状腺細胞診断におけるベセスダ診断様式が2008年に発表され,その解説書が2010年に出版され,世界的に普及する可能性が高い[18]。詳しくは別項で解説されるので,ここでは各診断様式の比較(表2)について述べる。ベセスダ診断様式は,パパニコロウ協会の診断様式から発達したものである。鑑別困難のカテゴリーに,濾胞性腫瘍に加え,「意義不明な異型(Atypia of Undetermined Significance)/意義不明な濾胞性病変(Follicular Lesion of Undetermined Significance)(AUS/FLUS)」と言う新しい診断カテゴリーが導入された[18]。この診断カテゴリーは乳頭癌を疑う症例だけでなく,囊胞壁の異型上皮,橋本病の異型細胞など9種の異なるシナリオ(多種の病変)が記載されている[18]。日本甲状腺学会診療ガイドラインの細胞診報告様式の「鑑別困難B:その他」と異なる点は,「鑑別困難B:その他」の悪性の確率が40~60%とされているのに対し,ベセスダ様式のAUS/FLUSの悪性の確率は,5~15%と低悪性群に分類されている点である。しかしベセスダ診断様式を検証する論文では6~48%と幅広い悪性の確率の報告がある[20]。ベセスダ診断様式は,AUS/FLUSの診断頻度を全標本の7%以下に制限していることも特色である[18]。しかしこれも追試の論文では大きな診断比率の幅(0.7~18%)が報告されている[20]。英国病理学会(UK Royal College of Pathologist)からは,ベセスダ報告様式と読み替え可能な診断用語(Thy1-Thy5)と診断様式が発表されている[19]。意義不明な異型に相当するThy3a(neoplasm possible, atypia/nondiagnostic)の悪性の確率はもっと高い報告があり,日本甲状腺学会編集甲状腺結節取扱い診療ガイドラインの診断様式の「鑑別困難B:その他」に近い考えである。甲状腺結節取扱い診療ガイドラインでは,ベセスダ診断様式のAUS/FLUS,英国式のThy3aなどの診断用語は,日本の医療従事者(細胞検査士,細胞病理医,臨床医)と患者に分かりにくいと考え,「濾胞性腫瘍」,「その他(濾胞性腫瘍以外)」,「悪性の可能性が高い」,「良性の可能性が高い」と,言葉から診断内容,甲状腺結節の性状が類推しやすい診断用語に置き換えて細胞診断様式を設計した。また,濾胞性腫瘍の亜分類を省略することにより,ベセスダ診断様式と英国診断様式と読み替えが可能なように設計されている。

まとめ

多くの細胞診報告様式に共通する概念は,確定的に診断できない例が一定程度あり,これらを収容するカテゴリーとして鑑別困難がある。日本甲状腺学会が編集した甲状腺結節取扱い診療ガイドラインの甲状腺細胞診報告様式の特色は,1)濾胞性腫瘍の悪性の確率を可能な限り推定することを加えた。外科的治療対象例と,経過観察例を振り分ける一助とする。2)その他(濾胞性腫瘍以外)群では,細胞診の再検査をするという解決策を示した。3)診断用語から悪性の確率,甲状腺結節の性状が類推しやすい言葉を用いた。

【文 献】
 

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