日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
甲状腺手術に前頸部脂肪組織切除術が併用された高度肥満症例
岩井 大小西 将矢安藤 奈央美馬場 奨友田 幸一
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2014 年 31 巻 3 号 p. 228-231

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抄録

高度肥満(BMI 52)の甲状腺癌手術症例を経験した。術後出血の診断や,出血に対する気管切開術の容易化のため,甲状腺手術の際に前頸部脂肪組織切除術を併用した。今後の高度肥満症例の増加が考えられるが,肥満症例でも積極的に甲状腺手術が行えるよう,前頸部脂肪組織切除術併用などの手術法の工夫が必要と思われる。

はじめに

WHOは,BMI(body mass index)の18.54~24.99をnormal range,25~30未満をpre-obese,30以上をobeseとし,さらにこのobeseを,classⅠ(30~35未満),classⅡ(35~40未満),classⅢ(40以上)に分けている[]。BMIの上昇は,高血圧・糖尿病・心血管疾患・癌の合併率を高めることが知られているが[],甲状腺癌発生率も増加させるという報告が多い[]。また,厚い頸部皮下脂肪のため甲状腺腫脹が早期に発見しにくいとされる[]。

今回われわれは,BMIが52を示す高度肥満の甲状腺癌症例を経験した。術前に体重減少を図ったが著効なく,前頸部脂肪組織切除術併用の甲状腺手術を行った。食物摂取の欧米化にしたがい肥満人口は増加しているものの,BMIが50を超える患者はいまだ稀である[]。今回の経験とともに,高度肥満例の甲状腺手術および全身麻酔について,若干の文献的考察を加え報告する。

症例と方法

症例:49歳女性。

既往歴:小児時に両側扁桃摘出術。高血圧症。肥満症。

近医で3年前に動脈硬化の検索のため頸動脈エコーを受けた際,両甲状腺結節を指摘された。2年前のエコーでは,結節が2倍に増大しているとされた。穿刺吸引細胞診を受け,両葉とも乳頭癌と診断された。そこで甲状腺専門病院に紹介されたが,肥満が著しく全身麻酔や手術が困難とされたため,1年前に当初の近医から当科に手術を依頼された。

現 症

初診時の身長は158cm,体重は131kgであり,BMIは52であった。二重頤が著明で,頭部後屈にても頸部・前胸部の皮下脂肪が頸部を覆う状態であった。触診にて両胸鎖関節や甲状軟骨はかろうじて触れるが,気管や甲状腺は不明瞭であった。一方,エコーで右葉に直径7mm,左葉に直径約14mmの結節を認め,吸引細胞診ではいずれも前医の診断通り乳頭癌が考えられた。CTで頭頸部を含め厚い皮下脂肪が認められたが,甲状腺の結節は不明瞭であった(図1)。

図1.

CT所見

a)著しい肥満が認められた。b)胸壁は厚い脂肪組織で覆われていた。c)皮膚と気管との間にも厚い皮下脂肪組織が認められた。

経 過

当院のメタボリック外来に紹介したが,体重減少は軽微であった。一方,術前のアプノモニターで1時間当たりの無呼吸低呼吸数(apnea hypopnea index,AHI)は17.7であり,睡眠時無呼吸症候群の中等度症(15≦AHI<30)と考えられた。初診から4カ月後に手術を行った。

1.手術と麻酔における方針

手術前に麻酔科と併診した上で,一般的な甲状腺癌手術のインフォームドコンセントの他に,下記の内容を追加した。

・全身麻酔導入時,舌根沈下のため挿管困難な場合は意識下挿管を行う。

・挿管不可能な場合は局所麻酔下に気管切開術を試行した後,全身麻酔へ移行する。

・全身麻酔下手術後,胸壁脂肪組織による圧迫で肺換気が不十分となった場合は,一時的ながら陽圧換気による人工呼吸(PEEPなど)を行う。

・気管切開術を施行せずに甲状腺手術が行われた場合でも,術後出血が生じれば気管切開術を行う可能性がある。

・術後において多量の前頸部脂肪組織が残存していると,以下の問題点が考えられる。すなわち,頸部の観察が行いにくく術後出血の発見が遅れる可能性があり,また緊急気管切開が技術的に難しい場合がある。気管切開術後の管理として,気管カニューレの逸脱や頤部脂肪下垂によるカニューレ閉塞の可能性がある。したがって,甲状腺手術に際し前頸部脂肪組織切除術を併用し,頸部の脂肪の減量を図る。

2.全身麻酔と手術所見

挿管困難などのトラブルを予想していたが,扁桃摘出術の履歴があり咽頭腔の狭窄は強くなく,挿管は比較的速やかに行われた。ただし,前頸部の皮下脂肪は著明であり,抑臥位において,著しい頸部と胸部の皮下脂肪に挟まれて頸部は視診不可能であった(図2a)。肩枕を入れて下頸部が少し露出できるのみであったため(図2b),テープを用いて頸胸部の皮膚を尾側に牽引し固定した(図2c)。皮切線は前頸部脂肪組織切除術に合わせてU字とした(図2d)。

図2.

皮切前の局所所見

a)仰臥位では頸部が観察できなかった。b)肩枕により頸部を伸展した。c)さらにテープによる頸胸部皮膚の尾側への固定により頸部を露出させた。d)U字皮切線(矢印)とした。下顎骨ライン(矢頭)。

3.前頸部脂肪組織切除術

手術ではまず,前頸部の皮下脂肪組織切除術を行った(図3a)。すなわち,広頸筋・浅頸筋膜から前頸筋,両胸鎖乳突筋,舌骨,胸骨柄までの範囲の脂肪組織を切除した。これにより,術後の頸部の視・触診,将来の気管切開術やその際のカニューレ留置が容易になると考えた。切除された脂肪組織は総量110gであった。

図3.

前頸部脂肪組織切除術

a)頤から前頸部におよぶ脂肪組織(A)と,上胸部から前頸部におよぶ脂肪組織(B)を2塊に分けて切除した。b)閉創前の状態。c)閉創時所見。d)外来(座位)の頸部所見。

4.甲状腺手術

次に甲状腺全摘術とD1郭清術を行った(図3b)。甲状腺は24gであった。麻酔時間は5時間14分,手術時間は3時間55分,出血量は30gであった。

5.術後経過

術後,頸部の視触診は容易となった(図3c)。特に合併症はなく,術後2週間で退院した。永久病理結果は乳頭癌の腺内転移であり,pT2bN1aM0と考えられた。外来アブレーションの適応としてI-131,30mCiの内用療法を行った。現在再発なく外来通院中であり,体重の変化はないものの前頸部の視触診に問題がない状態である(図3d)。

考 察

高度肥満の甲状腺癌症例の特徴として,①多量の頸部皮下脂肪により甲状腺結節発見が遅れ,癌症例ではⅢ・Ⅳ期の割合が一般の症例よりも多いこと[],②麻酔の導入(気管内挿管操作)が難しいため麻酔時間が延長すること[,],③脂肪が邪魔になり手術時間が延長すること[],があげられる。われわれの症例では,頸動脈エコーがされたため,比較的早期に甲状腺癌が発見された。麻酔については,中等度の睡眠時無呼吸があり無呼吸時の舌根沈下を懸念したが,口蓋扁桃摘出術の既往があり中咽頭腔が比較的広く,気管内挿管は容易に行われた。手術時間は甲状腺全摘術とD1郭清術に加え,前頸部脂肪組織切除術を併施しており一般的な甲状腺手術と単純には比べられないが,3時間55分を要した。

頸部に多量の脂肪を有する高度肥満症例の頸部手術で,さらに考えられる問題として術後の視触診による局所観察の困難さと術後出血の発見の遅れ,緊急気管切開術の困難さが考えられる。肥満症例における気管切開術は,脂肪組織の発達により難しい場合が多く,さらに術後出血の際は広範な血腫と脂肪組織のため気管に到達することさえ容易でない[]。また,気管切開口への適合カニューレの選択やその脱着の困難さ・不良肉芽形成と気管抜去困難症の発生の可能性があり,気管切開術の際の前頸部脂肪組織切除術併施が勧められる[,10]。われわれの症例では,頸部の皮下脂肪が厚く,もし気管切開術を行っても適合する規正のカニューレの選択は困難であり,また,装着できても頤から下垂する皮下脂肪がカニューレ口を被い,閉鎖させる可能性が高く,頸部脂肪組織切除術を採用した。

今回の症例は,高度肥満を理由に他院で手術を断られていた。肥満症例であっても甲状腺手術の合併症発生率は高くならず,反回神経麻痺,低カルシウム血症,創部感染症に加え術後出血の発生率も増加するわけではないとされる[]。しかしひとたび術後出血が起これば,その発見と対処に困難が予想され,麻酔導入の困難さと相俟って手術施行が躊躇されることになる。肥満症に対する減量は,メタボリック外来でのアドバイスを用いても,短期間かつ十分なダイエットは困難なことが多い。2002年の報告[]だが,日本ではBMIが30以上となるのは人口の3%に過ぎず,力士ですらBMIの平均が40.9と報告されている。したがって,今回のような高度肥満の甲状腺手術症例は非常に稀と思われるが,肥満人口の増加が見込まれるなか,高度肥満症でも早期に甲状腺手術を行う工夫が必要と思われる。

おわりに

今回われわれは,高度肥満(BMI 52)甲状腺癌の手術症例を経験した。術後出血の診断や,出血に対する気管切開術の容易化のために,甲状腺手術の際,前頸部脂肪組織切除術を併用した。今後の高度肥満症例の増加が考えられるが,肥満症例でも積極的に甲状腺手術が行えるよう,麻酔法や,前頸部脂肪組織切除術併用などの手術法の検討の余地があると思われる。

謝 辞

本論文作成にあたっては,関西医科大学耳鼻咽喉科研究助成会の援助を受けた。

【文 献】
 

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