日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
進行甲状腺乳頭癌と診断し肉眼的治癒切除後に未分化癌と判明した1症例
堤内 俊喜下出 祐造辻 裕之木下 英理子北川 典子一柳 健次
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2014 年 31 巻 3 号 p. 238-242

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抄録

症例は78歳,女性。前頸部腫瘤を主訴として,前医を受診。前医でのFNAにて甲状腺乳頭癌と診断され,手術加療目的に当科紹介となった。術前の超音波およびMRI検査にて,右甲状腺内に40×37×35mm大の腫瘍と,右内頸静脈内に突出するように腫瘍塞栓を認めた。また,一部総頸動脈と腫瘍の境界が不明瞭な箇所を認め,画像上は明らかな浸潤は認めなかったが,総頸動脈への浸潤の可能性も示唆された。手術は甲状腺全摘術,右内頸静脈合併切除,右総頸動脈外膜切除,右頸部廓清術(D2b),気管切開術を行った。術後の病理診断で甲状腺乳頭癌の未分化転化の診断であった。術後65日目に局所再発と肺転移を認め,現在Weekly Paclitaxelによる全身化学療法中である。肉眼的治癒切除を行い,術前と比べてPS(Performance Status)を大きく損なうことなく経過している。

甲状腺未分化癌は,予後が非常に悪く積極的な手術加療とならないことも多いが,根治的切除が可能であれば積極的に手術を考慮することが必要と思われた。

はじめに

甲状腺未分化癌は,全甲状腺悪性腫瘍の1~2%と発生頻度の少ない癌[]で,その予後は1年生存率が5~20%[]と報告されている極めて予後不良の癌である。また,急速な増大と周囲臓器への浸潤により切除不能であることが多く,治癒的切除が行えてもその悪性度から局所再発,遠隔転移をきたす可能性が非常に高い。一方で,根治的切除を行いえた症例の予後がよいとする報告もある[]。今回われわれは,内頸静脈および総頸動脈への浸潤を認め,術後に甲状腺乳頭癌の未分化転化と診断された症例を経験した。術後2カ月で,局所再発および遠隔転移を認め,現在Weekly Paclitaxelによる全身化学療法中である。術後に未分化癌の診断であったが,肉眼的治癒切除にてPS(Performance Status)を大きく損なうことなく維持したまま経過している症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する。

症 例

症 例:78歳女性。

主 訴:右前頸部腫脹。

既往歴:高脂血症,喘息。

家族歴:甲状腺疾患の家族歴なし。

嗜 好:特記すべきことなし。

現病歴:2013年3月初旬に,歯の痛みを主訴に近医内科を受診。前頸部腫脹を指摘され前医を受診。頸部CT・超音波検査にて甲状腺右葉に40×37×35mm大で,被膜外浸潤ありの腫瘍を認め,右内頸静脈に腫瘍の浸潤を認めた。FNA(穿刺吸引細胞診)にてClassⅤ,乳頭癌の診断。手術加療目的に2013年3月下旬に当科紹介となる。

受診時現症:右頸部に硬性腫瘤触知。疼痛なし。皮膚発赤なし。急激な増大なし。両側声帯可動性は良好。頸部リンパ節は触知しなかった。

頸部超音波検査:右甲状腺内をほぼ占拠するように40×32×27mm大の境界不明瞭,内部不均一でモザイク状の腫瘤あり。被膜を越えて右内頸静脈に浸潤する腫瘍を認めた。静脈内血流はドプラー上保たれていた。エコーでは明らかな動脈浸潤は認めなかった。峡部から左葉にかけて21×14×10mm大の境界不明瞭,内部不均一な腫瘍あり。右上縦隔に,内部充実性でリンパ門の消失したリンパ節を認めた。

血液検査(括弧内は基準値):白血球 11,200個/μl(4,000~9,000個/μl以下)。CRP0.1(0.1以下)。甲状腺機能は正常範囲内 サイログロブリン543ng/ml(32.7以下)。

穿刺吸引細胞診(前医):大小のシート状集塊や乳頭状集塊を認め,扁平上皮化生細胞も認める。核内には,核内細胞質封入体や核溝を認める。一部多核巨細胞も認める。悪性(乳頭癌)の診断であった。

CT(Computerised Tomography):甲状腺右葉から外側に突出し,右内頸静脈内に浸潤する50mm大の不整形腫瘤を認める。腫瘍の境界は不明瞭で,内部は不均一で石灰化も認める。気管,食道,総頸動脈との境界は不明瞭。左葉内にも10mm大の腫瘍が存在。右上縦隔にリンパ節腫大あり(図1)。

図1.

造影CT 右内頸静脈への腫瘍浸潤を認める。気管,食道,総頸動脈との境界は不明瞭。左甲状腺内にも腫瘍あり。矢印:上縦隔領域リンパ節 FDG/PET CT 両側甲状腺に集積あり。上縦隔リンパ節の集積ははっきりしない。

FDG/PET CT:右甲状腺にSUV最大集積24.8の腫瘍性病変あり。左甲状腺内にもSUV10の集積あり(図1)。上縦隔リンパ節への集積ははっきりせず。

以上の所見より,甲状腺乳頭癌T4aN1bM0 StageⅣaと診断し,甲状腺全摘術,右頸部廓清術を行う方針とした。

手 術:甲状腺全摘術,右D2b廓清術を施行した。右内頸静脈は,腫瘍の浸潤を認めたため合併切除した。総頸動脈との境界不明瞭であった箇所は,総頸動脈外膜までの浸潤を認めたため,顕微鏡下に外膜合併切除を行った。また,気管壁にも一部癒着していたため,気管のシェービングを行い食道との癒着部も筋層を一部合併切除した。右反回神経は,腫瘍に巻き込まれていたため切除した。総頸動脈外膜剝離部は,外頸静脈をシート状に被覆し補強した。内頸静脈切除による術後の喉頭浮腫の可能性も考慮し,気管切開術を行った。

病理組織学的所見:右甲状腺内に52×47×37mm大の未分化癌。大半が,扁平上皮癌成分や巨細胞,紡錘形細胞を伴う未分化癌成分であるが,一部に核内細胞質封入体や核溝をもつ細胞を認め乳頭癌成分も認めた(図2)。これより,甲状腺乳頭癌が併存する甲状腺未分化癌と診断された。乳頭癌からの未分化転化と考えられた。峡部に35×15×10mm,左葉に2×2×3mm大の乳頭癌も認めた。リンパ節はⅡ,Ⅲ,Ⅴa,Ⅵ,Ⅶ領域に転移を認めた。術後診断は,Undifferentiated carcinoma,52×47×37mm,pT4b,pEx2,pN1b,pM0,StageⅣbであった。Prognostic Index(PI)[]は白血球数・年齢・Ex2で3項目該当した。

図2.

右甲状腺腫瘍の病理組織学的所見(HE染色)

a.HE×10乳頭癌と未分化癌の混在

b.HE×40核内細胞質封入体や核溝を認め乳頭癌の診断

c.HE×40扁平上皮癌成分や巨細胞,紡錘形細胞を認め未分化癌の診断

術後経過:反回神経切除により,誤嚥する可能性があったため術後1週間経鼻栄養管理とした。経鼻栄養抜去時期より,経口摂取を開始し術前とPSは大きく変化することなく経過した。気管切開孔は,未分化癌との診断であったため局所再発による気道閉塞の可能性なども考慮し退院後も温存した。入院中に,本人・家族に未分化癌であることや予後などにつきInformed Consentを行い補助療法の提案を行ったが患者希望により,術後の放射線外照射は施行しなかった。術後30日に退院となり,以後外来フォローとした。術後65日目のPETにて,右気管傍および両側肺野への集積を認め,局所再発(20mm大)および肺転移と診断した(図3)。病状についての十分な説明と全国的臨床試験(甲状腺未分化癌コンソーシアムによる医師主導型前向き臨床試験:「甲状腺未分化癌に対するweekly paclitaxelによる化学療法の認容性,安全性に関する前向き研究(UMIN 000008574)」[])についてのInformed Consentを行ったところ本人の積極的な治療希望および同意を得た。プロトコールに沿って,再発部位への局所照射60Gy/30回およびパクリタキセル30mg/mm2/weeklyの治療を行った後,現在他院にて外来でのパクリタキセル80mg/mm2/weeklyを継続中である。

図3.

術後65日目のFDG/PET CT

右気管傍および右肺に集積を認める。

治療効果は,局所はサイズの縮小を認めPR,転移巣については著名な増悪は認めずSDで経過している。また,術後9カ月時点において,PSは退院時と変化することなく経過している。

考 察

一般的に,甲状腺癌に対する手術加療については,分化癌である場合は気道関連臓器への浸潤を問わず再建なども含めた積極的な手術加療が望ましいといわれている。その理由として,気道や嚥下関連臓器,主要血管が周囲に存在するといった甲状腺の解剖学的特徴,高齢者での低分化,未分化転化の率の高さなどが挙げられる[]。一方で,未分化癌の場合はその浸潤性や予後の悪さから,嚥下機能や発声機能に影響をおよぼすような拡大根治手術の適応とならないケースが多く,根治切除を行えたとしてもその後の経過を有意に改善させることはできず,可及的低侵襲な手術にすべきで局所制御とBest supportive careが第一選択であるとの考え方であった[]。

しかし甲状腺未分化癌に対する手術療法は,近年の化学療法や放射線療法の進歩が顕著であり,手術にこれらを組み合わせた集学的治療によりその位置づけは変化してきている[10]。根治手術症例の予後がよいことも報告され,とくに分化癌に合併する偶発型の未分化癌においての手術治療成績は良好で,積極的手術の適応となりうる[11]。さらに,術後の放射線外照射を行うことで予後の改善を認めた報告もあり,ガイドラインでも肉眼的治癒切除可能な未分化癌症例に対しては,化学療法・放射線療法を含めた積極的な治療を行うことで予後の延長,局所コントロールが得られるよう治療することが勧められている[12]。ATCCJの集計結果も,遠隔転移症例であっても手術施行例の予後が有意に良好であった[13]。手術の適応に関しては,術後の患者のQOLの予測・StagingやPI(Prognostic Index)[]による予後不良因子の評価を行い追加治療の予定なども含めて患者・家族と相談したうえで判断することが重要と思われる。

今回術前に乳頭癌と診断し,肉眼的治癒切除を行いえたものの,術後に未分化と判明した。結果的には患者のQOLやPSを大きく下げることなく経過が過ぎているが,術前に再度穿刺吸引細胞診検査(fine needle aspiration cytology:FNA)を行うことで,未分化癌と診断できた可能性もあり教訓的な経験を積めた症例であったと考えている。甲状腺癌の確定診断には,まずFNAを行うのが一般的である。しかし未分化転化症例では分化癌成分と未分化癌成分の混在を認めることや,急速増大に伴い腫瘍壊死を起こしていること,悪性リンパ腫,髄様癌,低分化癌,扁平上皮癌,転移性甲状腺腫瘍などとの鑑別が困難であることから,確定診断が得にくいことがある。そうした場合,複数の箇所からの穿刺や太針生検(core needle biopsy:CNB),切開生検などが推奨されている[1415]。今回のケースにおいては,前医での診断が乳頭癌であったこともあり当科での再穿刺は施行しなかった。再穿刺を行い術前診断が未分化癌であったとしても,未分化癌についての最新の情報を基にした患者・家族への十分なICを行った上で,根治手術と術後補助療法を選択したと考える。本症例では,肉眼的治癒切除が可能であり,再発後も局所への放射線外照射を加えた全身化学療法を施行することで,術後9カ月病状の悪化なく経過している。これらの点を考慮すると,前述したように切除可能な未分化癌症例については,手術加療の意義はあると思われる[1617]。

甲状腺未分化癌は,比較的稀な症例であり加えてその治療法の確立はまだなされていないのが現状である。ATCCJのように,多施設での連携で新規治療法の提案・確立,治療効果の予測因子などの探索が今後すすめられていくことが期待される。

おわりに

甲状腺未分化癌は,近年集学的治療の有用性が示唆されてきているが,残念ながら予後は非常に不良である。今後の集学的治療,緩和医療を含めた多施設間での連携,そして基礎および臨床研究が重要であると思われる。

本論文の要旨は第46回日本甲状腺外科学会学術集会(2013年9月27日,愛知)にて発表した。

【文 献】
 

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
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