日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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原著
甲状腺癌患者の意識調査結果
末延 成彦宮脇 利果福田 昌弘小川 悦代安立 憲司川上 淑子伊藤 雄一郎
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2015 年 32 巻 2 号 p. 121-124

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抄録

悪性腫瘍の中でも,稀な疾患である甲状腺癌は予後が良好であることから患者を対象とした意識調査は実施されていなかった。今回,われわれは分子標的治療薬であるソラフェニブの分化型甲状腺癌への適応承認を2014年6月に取得したことで,治療成績の向上に資するために,甲状腺癌を罹患している,または罹患していた患者を対象として2014年10月に外部の調査会社に委託し,インターネットによるアンケート調査を実施した。複数の調査会社に登録されている患者パネルを用いて計565名の回答を得た。回答者の71.0%(401名)が女性で,年代(男女計)は40代165名(29.2%),50代157名(27.8%),60代133名(23.5%)が多くを占めた。罹患してからの期間別では,5年未満217名(38.4%)5年以上348名(61.6%)であり,甲状腺癌の長期予後を反映する回答結果であった。多くの患者が上司や同僚らを含む家族などの近親者に伝えていたものの,正しい理解を得られないなどの課題も浮かび上がった。

はじめに

我が国の死亡原因第1位である悪性腫瘍は,国民の2人に1人が罹患するごくありふれた疾患となった。しかしながら,甲状腺癌は稀な癌腫で全国の推定患者数は約29,000人であり,年間の死亡数は約1,600人である[]。稀な疾患であるがゆえに,過去に甲状腺癌患者を対象とした大規模な調査は実施されていなかった。今回,われわれは分子標的治療薬であるsorafenibが根治切除不能な分化型甲状腺癌の適応承認を2014年6月に取得したことから,外部の調査会社に委託し,インターネットによる患者意識調査を実施した。本調査の目的は,甲状腺癌患者の意識について明らかにすることであり,併せて必要な情報に触れる機会や内容なども検討対象とした。

対象と方法

調査会社が保持する患者パネルのうち,甲状腺癌を罹患している,または罹患していたと登録された患者を対象とした。単一のパネルでの甲状腺癌患者の登録数が少なかったために,複数の調査会社のパネルで同時に調査を実施した。従って,一部のパネルにおける重複登録による同一人物からの回答の混入は避けられていない。調査は,インターネットを通じて2014年の10月1日から10日まで実施された。計画された質問数は20であり,回答者の属性,甲状腺癌の状態,診断に至った経緯,癌であることの近親者との情報共有の状況とその課題,甲状腺癌の疾患や治療に関する情報が足りているかなどを選択式および一部自由回答方式で尋ねた。

結 果

総数で565名の回答を得た。回答者の属性を表1に示す。甲状腺癌は女性患者が多く,好発年齢が30~60歳代であること[,]からこの調査の回答者は既知の甲状腺癌の疫学データと概ね一致していた。職業を持つ患者が(313名,55.4%)と過半数を超えており,配偶者を持つ回答者(410名,72.6%)と子供を持つ回答者(390名,69.0%)がともに半数以上を占めていた。組織型別にみると(質問1)不明(その他含む)が167名(29.6%)と多いものの,分化癌(乳頭癌,濾胞癌)378名(66.9%),低分化癌6名(1.1%),髄様癌5名(0.9%),未分化癌9名(1.6%),であった。罹患歴(質問2)を尋ねたところ,5年未満217名(38.4%)5年以上10年未満154名(27.3%),10年以上20年未満130名(23.0%),20年以上64名(11.3%)であり(表2),甲状腺癌の良好な予後を反映し,回答には長期例が多く含まれていた。質問3の受診の契機は,人間ドックなどの健康診断での指摘が205名(36.3%)と最も多く,次いで甲状腺疾患以外で受診していた医師からの指摘168名(29.7%),何らかの自覚症状119名(21.1%),甲状腺疾患で受診していた医師からの指摘39名(6.9%),その他34名(6.0%)と続いた。このうち,自覚症状の種類について質問4の自由回答で尋ねたところ,腫れ・しこりなどの局所の腫脹,痛み,咳嗽,咽頭部の違和感,疲労などが寄せられた。質問5で受診している施設の種別を尋ねたところ,総合病院271名(48.0%),甲状腺専門病院(診療所を含む)178名(31.5%),大学病院165名(29.2%)が多く,がんセンターなどの悪性腫瘍専門病院は,30名(5.3%)と比率が低かった。質問6の診療科は,一般外科を含む甲状腺を専門とする内分泌外科などの外科が最も多く(350名,61.9%),次いで頭頸部外科を含む耳鼻咽喉科(164名,29.0%),内科(内分泌内科や一般内科)(113名,20.0%)が多かった。その他の診療科では放射線科33名(5.8%)や腫瘍内科7名(1.2%)などであった。質問7で治療状況について尋ねたところ,時系列に沿って診断直後5名(0.9%),治療方針確定して手術前7名(1.2%),手術直後4名(0.7%),術後経過観察中396名(70.0%),再発診断直後6名(1.1%),再発治療中26名(4.6%),その他121名(21.4%)となっており,質問8の受療した治療法は手術415名(73.5%)が最も多く,次いでホルモン療法89名(15.8%),ヨウ素治療47名(8.3%),放射線治療24名(4.2%),抗がん剤治療4名(0.7%),その他6名(1.1%)であり,前出の治療状況をほぼ反映していた。

表1.

回答者の属性

表2.

回答者の罹患歴

質問9および10では,甲状腺癌であることを誰に伝えたか(図1)や伝えた結果として後悔したかなどの状況を尋ねた。就業中の回答者が過半数だったことを反映して,会社の上司や同僚も家族と同様に多くの回答者が伝えていた。伝えた相手の例外回答としては,牧師や恋人,会社の取引先などの回答が寄せられた。選択式の複数回答により,276名の患者が配偶者に伝えた内容は,治療法(208名,75.4%),甲状腺癌の基本情報(156名,56.5%),治療の日数(149名,54.0%),予後について(141名,51.1%)が多く,自分の気持ち(84名,30.4%)や診断のみ(41名,14.9%)は少なかった(図2)。質問11と12では,質問9で回答のあった患者を対象に,伝えることを悩んだかと実際に伝えて良かったかどうかについて組み合わせた4つの選択肢で尋ねた。どの関係者であっても事前に悩まず,伝えて良かったという回答が最も多く,友人の211名中の156名(73.9%)から上司の160名中の149名(93.1%)がこの回答であり,悩んだものの伝えて良かったという回答を含めると全ての関係者において90%を超える回答が,伝えて良かったという結果だった。一方で,10%未満と少数意見ではあるが後悔したという回答もあり,自由回答では無関心(配偶者:夫),不安を理解してくれない(配偶者:夫),未成年だったので,親に先に伝わってしまい,親が本人より深く思い悩んでしまった(親),子供が情緒不安定になった(子),伝えた後に頻繁に様子を聞いてくるので面倒(上司),反回神経麻痺で声が出なくなったが考慮されずに声を出す職場に異動になった(同僚),必要以上に心配されてしまった(友人)などであった。

図1.

通知の対象者

図2.

配偶者への通知の内容(複数回答)

続いて,質問13から16では,不安がまったくない状態(0)から非常に大きい(5)までの6段階で本人の不安度を評価してもらったところ,診断直後の不安度のスコア4と5の合計が最も高く(328名,59.1%),手術前(299名,54.7%),精密検査時(286名,51.9%)や疑い発生時(242名,44.7%)など早期に不安度スコアが高い傾向が認められた。対照的に再発治療中(47名,29.0%)などの晩期では,スコア4と5の合計が低かった。

質問17では,甲状腺癌に関する情報量について評価を尋ねた。性別,年代を問わず情報が不足している・どちらかといえば不足していると回答した患者(327名,57.8%)が,足りている・どちらかといえば足りていると回答した患者(238名,42.1%)に比較して多く,甲状腺癌患者の体験談や生の声が足りているかという質問18については,より多くの患者が足りていない(419名,74.1%)と回答した。質問19では,患者の体験談や生の声に関心があるかを尋ねたところ,ある・どちらかといえばあるの合計は50.9%と過半数を超えた。質問20では,甲状腺癌患者同士で聞いてみたいことを複数選択および自由回答で尋ねた。複数回答では,定期検査(23.2%),手術経験や手術痕(22.5%),日常生活での注意点(22.1%)が多く,次いで体調や気持ちの変化(14.7%),将来への不安(14.7%),セカンドオピニオンや医師との関係(12.9%)と続き,少数回答として経済的な問題(9.0%),仕事や社会活動への影響(6.9%),闘病中の心構え(6.7%),周りとの人間関係(5.3%),趣味や夢などの明るい話題(4.8%),その他(3.9%)であった。自由回答では,抗がん剤の使用経験を聞いてみたいや妊娠・更年期についてなどの回答が少数ながら寄せられた。

考 察

今回の調査では方式や目的の違いなどの諸条件により,患者の意識の深層までを探るには至らなかったが,予後の良い甲状腺癌特有の背景から回答者の多くは,他の癌腫とは違う意識を持っていることが推察された[]。また,多くの患者は適切な情報へのアクセスに満足できている傾向が認められたものの,同じ甲状腺癌患者同士での情報交換の場がないことや正しい医療情報,一部の患者においては知りたい情報を適切な手段で入手できないなどの不満も確認された。特に患者同士の情報交換の機会がないことについては,欧米などでの大規模な患者会が日本にはないことなども影響していると考えられた。IT技術の発展など情報があふれている現代においても必要な情報に適切なタイミングやアプローチで触れることができていないか,その情報が信頼に足りるかどうか判断できないという甲状腺癌患者の苦悩を反映した結果と考えられた。患者個々の置かれた状況やサポートしてくれる周りとの人間関係などを考慮して,心理状態に応じた医療を提供することは手技の向上とともに治療成功の非常に重要な因子であろう。精神腫瘍学的なアプローチ,臨床心理士やカウンセラーなどの院内外の人的資源の有効な活用や提供する医療情報の種類や質そして時期などを十分に配慮することで患者の生活の質(Quality of Life:QOL)や治療満足度を向上させることにつながる可能性があると考えられた。

本調査の限界

対象と方法にも記載した通り,本調査は十分な回答数を確保するために複数の調査会社が持つパネルを用いて実施された。回答には,同一人物が重複して含まれている可能性がある。また,調査手法としてインターネットを用いたことで,母集団および回答には年齢・性別・情報感度などに偏差が生じている可能性はあり,その補正は行っていない。

おわりに

今回,われわれは本邦における甲状腺癌患者を対象とした大規模な意識調査を初めて実施した。結果は,従前より知られている情報も多く含まれていたが,そうだろうという推測を超えて定量的な結果として明らかになったことの意義は小さくないと考えられ,加えて多くの示唆に富むデータを入手できたと考えられる。従来,こうした患者調査の詳細な結果は主として実施した企業の内部資料あるいは広報部からの報道向け発表資料として用いられ,詳細な報告はされてこなかった。しかしながら,情報開示の有益性について本学会誌の編集委員長に検討いただいた結果,原著とすることになった。これらのデータが本学会々員の診療・研究に資することを期待するものである。

謝 辞

今回の調査にあたり,実施・集計いただいた株式会社Q Lifeの関係者の皆様そして回答にご協力いただいた多くの甲状腺癌患者の皆様から忌憚のない貴重なご意見を寄せていただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。また,論文化にあたっては編集委員長の今井常夫先生,報道向け資料作成にあたってコメントを寄せていただいた高見博先生を始めとして多くの先生方に貴重な助言・指導をいただきました。重ねて御礼申し上げます。

【文 献】
 

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
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