日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
甲状腺平滑筋肉腫術後再発に対して化学療法が奏効した1例
高橋 大五郎平松 和洋
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2015 年 32 巻 2 号 p. 141-147

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抄録

症例は66歳の男性で,右頸部の腫脹を主訴に受診し,頸部超音波検査で甲状腺右葉に60mm大の腫瘤を認めた。穿刺吸引細胞診で悪性(低分化癌の疑い)と診断し,甲状腺全摘術,右頸部リンパ節郭清を施行した。

術後2カ月目のCTで多発肺転移,上大静脈内に腫瘍栓,右頸部リンパ節腫大を認めた。当初,病理組織学的には血管肉腫が疑われ,外部施設にコンサルト中であったため,化学療法としてパクリタキセルを投与した。

術後4カ月目のCTでは多発肺転移,頸部リンパ節は増大しPDとなった。この時点で甲状腺平滑筋肉腫と確定診断されていたため,MAID療法へ変更した。術後6カ月のCTでは肺転移,静脈腫瘍栓,頸部リンパ節は縮小しPRとなったが,腎機能の悪化を認めたため化学療法は減量して投与を継続した。術後1年2カ月まではPRを維持でき,その後腎機能がさらに悪化したため,化学療法を中止し経過観察中である。

はじめに

甲状腺平滑筋肉腫は非常に稀な疾患で,甲状腺悪性腫瘍の中で0.017%と報告されている[]。一般に,発育はきわめて急速で気管壁および周囲組織への浸潤・進展が顕著である。また,肺転移再発を高率にきたし予後は不良である。化学療法におけるエビデンスは確立されておらず,軟部肉腫に対する化学療法に準じて行われた報告例を認めるが奏効した例は認めない。今回,甲状腺平滑筋肉腫に対してMAID療法が奏効した1例を経験したため文献的考察を加えて報告する。

症 例

症 例:66歳,男性。

主 訴:右頸部の腫脹。

既往歴:特記すべきことなし。

現病歴:1カ月前からの右頸部の腫脹を主訴に近医を受診した。頸部超音波検査で甲状腺右葉に腫瘤を認め精査加療目的で当院を紹介受診した。

来院時現症:右頸部に60mm大,弾性軟の無痛性腫瘤を触知した。

来院時血液検査:FT3,FT4,TSHは正常で,サイログロブリンは127ng/mLと軽度上昇,抗サイログロブリン抗体は10.0IU/mLと正常であった。

頸部超音波検査:甲状腺右葉に,59.8×37.8mmの内部エコー不均一で周囲は低エコー,辺縁不整,境界は比較的明瞭な腫瘤を認めた。流入血流の発達を認め,中心部に石灰化を認めた(図1)。

図1.

頸部超音波所見

a)甲状腺右葉に,59.8×37.8mmの内部エコー不均一で周囲は低エコー,辺縁不整,境界は比較的明瞭な腫瘤を認めた。

b)流入血流の発達を認め,中心部に石灰化を認めた。

造影CT:甲状腺右葉に,58×39×36mmの内部に石灰化を伴う不整な腫瘤を認め,気管を左方に圧排していた。明らかなリンパ節転移を認めなかった(図2)。

図2.

CT所見 a)軸位断 b)冠状断

甲状腺右葉に,58×39×36mmの内部に石灰化を伴う不整な腫瘤を認め,気管を左方に圧排していた(矢印)。明らかなリンパ節転移を認めなかった。

穿刺吸引細胞診で悪性(低分化癌の疑い)と診断し,甲状腺全摘,右頸部リンパ節郭清を施行した。術中所見では,右上中下甲状腺静脈内に腫瘍栓を認め,可及的に回収して切離した。気管,反回神経への浸潤は認めなかった(手術時間:4時間26分,出血量:50mL)。

切除標本肉眼的所見:甲状腺右葉に,弾性硬,灰白色充実性で内部に瘢痕を伴う70×45×35mmの腫瘍を認めた。

病理組織学的所見:桿状核を有する紡錘形腫瘍細胞が密に増殖し,一部では甲状腺濾胞の残存が見られた。甲状腺辺縁の比較的太い血管の内腔に腫瘍浸潤が見られ,腫瘍栓を認めた。腫瘍内部では一部で瘢痕,石灰化を認めた(図3)。リンパ節転移は認められなかった。

図3.

病理組織学的所見

a)甲状腺右葉に,弾性硬,灰白色充実性で内部に瘢痕を伴う70×45×35mmの腫瘍を認めた。

b)桿状核を有する紡錘形腫瘍細胞が密に増殖し,一部では甲状腺濾胞の残存が見られた。

c)甲状腺辺縁の比較的太い血管の内腔に腫瘍浸潤が見られ,腫瘍栓を認めた。

d)腫瘍内部では一部で瘢痕,石灰化を認めた。

免疫染色では,上皮マーカーであるcytokeratin AE1/AE3およびEMAが陰性であることから未分化癌とするには根拠が乏しく,肉腫と診断した。さらに第Ⅷ凝固因子陰性,CD34陰性であることより血管肉腫も否定された。腫瘍は静脈侵襲が強く平滑筋アクチン陽性であった(図4)。また,紡錘形の形態を示す均質な腫瘍細胞が甲状腺実質内にびまん性に浸潤増殖しており,免疫染色では平滑筋の性格を示していることから甲状腺内の血管平滑筋由来の平滑筋肉腫と診断した。

図4.

免疫染色では平滑筋アクチン陽性であった。

術後経過は良好で合併症を認めず,術後6日目に退院した。

退院後の経過:術後2カ月目のCTで多発肺転移,上大静脈内腫瘍栓を認めた(図5)。

図5.

術後2カ月目CT

a),b)両肺野に1cmまでの多発結節を認め,多発肺転移と考えられた。

c),d)右甲状腺床から上大静脈内に連続する低吸収域を認め,腫瘍栓と考えられた。

再発診断時,病理診断を外部施設に依頼中で平滑筋肉腫とまでは診断がついておらず,血管肉腫と考えており,化学療法としてパクリタキセル(PTX)80mg/m2を選択した。PTX(6週連投)1コース後,効果判定PD(肺転移増大)であった。この時点で平滑筋肉腫と確定診断がついていたため,化学療法をMAID療法(メスナ1.5g/m2,アドリアシン20mg/m2,イホマイド2.5g/m2,ダカルバジン300mg/m2,3週毎投与)に変更した。MAID療法1コース後,有害事象としてGrade 3の好中球減少を認めたが,効果判定はPRであり25%減量し続行した。腎機能障害(Cre:1.97まで上昇)を認めたため,化学療法をさらに50%まで減量して6コースまで治療を継続し,術後1年2カ月(MAID療法7カ月後)まではPRを維持できた(図6)。その後腎機能がさらに悪化(Cre:2.45)したこともあり一時中止し経過観察中である。

図6.

化学療法中のCT経過

MAID療法施行後腫瘍は縮小し,術後8カ月のCTでは,肺転移巣は索状化し,上大静脈腫瘍栓は消失した。

考 察

甲状腺平滑筋肉腫は,甲状腺悪性腫瘍の0.017%と報告されている[]。診断は生検のみでは困難で,未分化癌の術前診断も多い。また,一般に発育はきわめて急速で気管壁および周囲組織への浸潤・進展が顕著である。再発形式としては,リンパ節転移再発は少なく,血行性転移(肺,脳,骨)が多く,特に肺転移再発を高率にきたし予後は不良で,1年生存率20%未満とされている[]。

1983年から2014年までのPubMed,医学中央雑誌およびその参考文献で「甲状腺」,「平滑筋肉腫」,「thyroid」,「leiomyosarcoma」をキーワードに検索しえた報告例は,27例であった。自験例を含めた28例の集計結果を表1に示す[24]。平均年齢は68.0歳(43~90歳),男女比は9:19,平均腫瘍径は62.3mm(19~160mm)であった。治癒切除例は20例で,このうち補助療法として2例で放射線照射を,2例で化学療法を,2例でLevothyroxine内服を,1例でImatinib内服を追加している。リンパ節転移については,郭清の記載のある13例のうち2例に転移を認め,11例では転移を認めなかった。根治切除20例のうち,6例が無再発生存中である(観察期間中央値22.0カ月)。

表1.

原発性甲状腺平滑筋肉腫報告例(1983~2014年)

甲状腺平滑筋肉腫に対する薬物療法としては,メソトレキセート,シスプラチン,5-FUや,AI療法(ドキソルビシン,イフォスファミド),CYVADIC療法(シクロホスファミド,ビンクリスチン,ドキソルビシン,ダカルバジン)など,軟部腫瘍に対する薬物療法に準じて行われているが,定まったものはない。さらにこれらの症例での効果判定すべてSD以下で,その成績は不良でありPR以上の症例は認めなかった。

MAID療法も,悪性軟部腫瘍(主に脂肪肉腫)に対する併用化学療法の1つであるが,甲状腺平滑筋肉腫に対して選択された報告はない。MAID療法の平滑筋肉腫に対する報告は主に進行再発子宮平滑筋肉腫に対するものであり,その効果はCRも稀に認めるものの奏効率9%と報告されている[25]。MAID療法の有害事象としての腎障害の発生機序は不明点な点も多いが,危険因子の1つとして総投与量が挙げられ,投与中止後も腎障害が遷延する傾向がある。このため,MAID療法使用の際はクレアチニンクリアランスなどの検査値に注意して投与する必要がある。

おわりに

今回,甲状腺平滑筋肉腫に対しMAID療法が奏効した1例を経験した。甲状腺平滑筋肉腫に対してPR以上の成績を認めた薬物療法の報告は過去になく,MAID療法が有効である可能性が示唆された。今後,さらなる症例の集積が必要と考えられる。

謝 辞

本論文の主旨は,第46回日本甲状腺外科学会学術集会(名古屋)においてポスター発表した。

【文 献】
 

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