抄録
乳癌の内分泌療法(ホルモン療法)はエストロゲンレセプターを標的とする分子標的治療であり,1896年のBeatsonによる卵巣摘出術以来120年の歴史を持つ。また,トラスツズマブ(ハーセプチン®)はHER2を標的とする分子標的治療薬であり,近年の分子標的治療薬の先駆けである。内分泌療法と抗HER2療法剤のトラスツズマブは,再発予防目的の手術前後の薬物療法,および進行再発乳癌の薬物療法の第一選択として推奨され,予後を著しく改善してきた。分子標的薬の開発においては,標的となる分子が癌の進展にとって重要なdriverであり,また正常細胞での働きに影響せず副作用が生じないことが望ましい。しかし,特に最近開発中である細胞膜に存在する増殖因子受容体や細胞質のシグナル伝達経路の因子を標的とした分子標的薬の多くは,副作用や,効果予測のバイオマーカーが開発されていないため有効な患者を選択できないことなどの問題がある。さらに内分泌療法やトラスツズマブ抵抗性となるメカニズムは同一腫瘍内においてもすべての癌細胞で均一とは限らず,heterogeneityが存在して個々の細胞で異なるメカニズムの抵抗性が生じていると考えられている。最近,内分泌療法,およびトラスツズマブに対する耐性メカニズムの研究の成果により,新規の分子標的薬が開発され使用されるようになっている。すなわち,内分泌療法抵抗性の克服を目的とした内分泌療法剤と併用する分子標的薬(mTOR阻害剤)であるエベロリムス,および新規の抗HER2療法剤であるペルツズマブとT-DM1である。本特集では,内分泌療法の耐性メカニズムの基礎を東北大学の林慎一先生に解説していただき,また,抗HER2療法を中心とした分子標的薬のメカニズムについて兵庫医科大学の三好康雄先生に執筆していただいた。また新規の分子標的薬については,mTOR阻害剤であるエベロリムスについて大阪医療センターの増田慎三先生に,抗HER2療法剤であるペルツズマブとT-DM1についてがん感染症センター都立駒込病院の山下年成先生に執筆していただいた。本特集が,乳癌診療に携わる方々のみならず,癌診療に携わる方々にとって役立つものとなれば幸いである。