2016 年 33 巻 1 号 p. 23-26
原発性アルドステロン症(primary aldosteronism:PA)は手術症例が著増している。術前検査・診断は外科(内分泌外科または泌尿器外科)と内分泌内科,放射線科が連携して行う。主に内分泌内科でスクリーニングと機能確認検査を行い,手術の適否が診断され,その後に画像(局在)診断が放射線科でなされる。近年アルドステロン自体が臓器障害を惹起することが明らかになり,従来は別個の併存症と考えられていた循環器疾患や慢性腎臓病(CKD)などが,PAの合併症と認識されるようになった。術前のコントロール事項として,高血圧,低カリウム血症,脳血管・循環器系合併症のチェック,CKDの評価,糖尿病の合併,コルチゾール自律分泌の有無などが挙げられる。術後管理としては,術前にマスクされていたCKDが顕在化してくるので留意が必要である。副腎分枝静脈(支脈)のサンプリングによる部分切除術も試行されている。PAに対する手術法は変化しつつあり,それらに的確に対応した周術期管理が求められる。
副腎腫瘍では,副腎皮質ホルモン(アルドステロン,コルチゾール,アンドロゲン),副腎髄質ホルモン(カテコールアミン)といった種々のホルモンによる様々な症状が出現する。中でも原発性アルドステロン症(primary aldosteronism:PA)は疾患概念の普及と腹腔鏡手術の進歩とが相まって,手術症例が著増している。本稿では,PAの術前術後の管理,留意すべきポイントについて概説する。副腎腹腔鏡手術の中で最も頻度が高く,かつ安全と認識されているPA手術であるが,術前術後の管理の重要性は他の副腎疾患と同様である。PAに対して開放手術が施行されることは殆どなくなったため,腹腔鏡下副腎摘出術を前提とする。その具体的な手術術式に関しては成書を参考にされたい[1]。本稿を記すにあたっての知見は仙台市立病院泌尿器科および,著者の前任地である東北大学病院泌尿器科で得た内容を中心としていることをお断りしておく。
原発性アルドステロン症:診断のアルゴリズム
術前検査・診断は外科(内分泌外科または泌尿器外科)と内分泌内科,放射線科が連携して行う。主に内分泌内科でスクリーニングと機能確認検査を行い,手術の適否が診断され,その後に画像(局在)診断が放射線科でなされる。内分泌検査においては,24時間蓄尿と安静時採血は確実に実施される必要がある。近年ではマルチスライスCTに加えて副腎静脈サンプリング(adrenal venous sampling:AVS)の重要性が広く認識され,施行症例が増えている。
臨床症状と合併症の把握PAはアルドステロンの分泌過剰によって高血圧症,低K血症,代謝性アルカローシスをきたす疾患である。高血圧による頭痛,低K血症による筋力低下,脱力感,四肢麻痺,多飲多尿,代謝性アルカローシスによるテタニー症状などが起こることがある(いわゆる古典的症状)。さらには,近年アルドステロン自体が臓器障害を惹起することが明らかになり,従来は別個の併存症と考えられていた循環器疾患や慢性腎臓病(CKD)などが,PAの合併症と認識されるようになった。PA患者は高血圧やそれに伴う合併症のため,降圧剤,抗凝固剤,血糖降下剤などの多剤内服を行っている場合が多く,術前の内服薬チェックはしっかり行う。
1)術前にコントロールされておくべき事項・高血圧
PA患者の高血圧は治療抵抗性であることが多い。降圧治療の原則は十分に下げることであり,手術目的で入院してくる際には最低3種類(抗アルドステロン剤,Ca拮抗剤,アンジオテンシン受容体拮抗剤など)は内服している。
・低カリウム血症
低カリウム血症は四肢麻痺やテタニーを引き起こすだけでなく,手術中の不整脈や心不全のリスク因子となる。術前にカリウム製剤補充で是正しておく必要がある。ただし近年は正カリウム性のPAも増加してきている。
・脳血管,循環器系合併症のチェック
PAの手術患者は既往歴として脳梗塞/脳出血,不整脈,心肥大,虚血性心疾患の既往を有する頻度が高い[2]。これらは偶然の産物ではなく,長期にわたる高アルドステロン血症による臓器障害=合併症と認識されるべきである。麻痺のある患者に対しては事前に手術体位の確認を行う。抗凝固剤内服中の患者に対しては,休薬の可否を確認する。
・慢性腎臓病(CKD)の評価
CKDの合併頻度も高い。高血圧性腎症+アルドステロン自体による臓器障害によると考えられている。後述するが,術前のクレアチニン値は過剰な体液により,実際よりも低く表示されるので注意を要する。
・糖尿病の合併,コルチゾール自律分泌の有無
PAの中には,同一腺腫がアルドステロンだけでなくコルチゾールの自律分泌能も有する症例,および同一副腎内にアルドステロン産生腺腫とコルチゾール産生腺腫とが併存する症例が存在する[3]。クッシング症候群の身体徴候を欠如する場合もあるので,術前の内分泌検査は確実に行って鑑別しておく。
諸症状のコントロールがついた後に外科で手術となる。PAに対する腹腔鏡手術ではクリニカルパスを使用されることが多い。術前オリエンテーションにも有用であり,われわれの使用しているパスを図2に呈示する。患者は,手術により高血圧と降圧剤内服から開放されると考えている場合があるので,術後も血圧が完全には正常化せず,降圧剤が必要になる可能性があること,それでも血中アルドステロン濃度を低下させることは今後の臓器障害予防に有益であることを十分に説明しておく。
原発性アルドステロン症:クリニカルパス
PAの手術は全身麻酔で行われる。現在では殆どが腹腔鏡下手術である。経腹的アプローチでは術中の気腹操作による腹部不快・嘔気が出現することがある。またCO2による肩・頸部の疼痛が,術後数日経過してから生じることがあり,内服鎮痛剤や湿布で対応する。これらの不快感や疼痛の原因が,腹腔鏡の気腹によることを予め術前に説明しておくとよい。血栓症予防,腸閉塞や肺合併症予防のためにも,鎮痛剤で疼痛コントロールを行いながら早期離床を進める。手術後は,副腎摘出部に閉鎖式ドレーンが挿入される。後出血などがなければ,術後第1病日を目安にドレーンを抜去する。創部の状態にも注意し,創感染予防に努める。
腫瘍が摘出されると,血中アルドステロン濃度は速やかに低下する。それに伴って体液量(循環血液量)も低下する。十分な輸液を行い,必要な塩分を摂取させる。
退院前には,必要に応じて内分泌検査を行う。当施設では24時間蓄尿と安静時採血を実施している。純粋なPA患者の場合,術後のステロイド補充は不要であるが,コルチゾール自律分泌能を有する症例があるので注意して対応する。高血圧の遷延・残存例に対しては十分に病態を説明の上でためらわずに必要量の降圧剤を再開する。
退院後の在宅療養や社会生活において,血圧の自己測定を行うことは,患者の自己管理の面で有益である。
※術後のCKDの悪化(顕在化)PA患者はNaと水分を過剰に体内に貯留しているため,糸球体が過剰濾過状態にある。アルドステロン自体の血管障害作用,臓器障害作用により腎障害が既に生じていてもマスクされて血清クレアチニン値としては低く表示される。それが術後に体液量が減少して糸球体濾過量が正常化すると,血清クレアチニン値は上昇する。これは腎機能が手術により低下したのではなく,隠されていた術前からの腎障害が顕在化したと捉えるべき現象である[4,5]。
※部分切除術の場合近年,副腎分枝静脈(支脈)の採血=segmental AVS またはsegmental adrenal tributary sampling(S-ATS)による部分切除術の試みがなされるようになった[6,7]。片側での部分切除の場合には周術期管理で特に留意する点はない。しかし,われわれを含めて一部の施設では両側例に対する部分切除術を適用し始めている[6,7]。この場合は術後のステロイド補充が必要となる。自験例では,片側を全摘して対側の正常域の3割程度を残して部分切除を行った場合,術後2年の時点で11例中9例がステロイド補充から離脱した(表1)[8]。
副腎両側手術例に対するステロイド補充
副腎腫瘍の治療は手術に加えて内服管理が重要なため,患者指導が重要となる。患者の個別性に合わせてきめ細かい周術期管理が大切である。手術対象患者はPAによる副腎性高血圧以外に,心疾患や脳血管疾患,糖尿病を併せ持つことが多い。多くの場合それらはアルドステロンによる臓器障害の産物とは認識されないまま,外科に入院してくる。関連各科との連携と共に,この疾患に関する医療者,患者双方への啓蒙も続けていかなければならない。
また,PAに対する腹腔鏡手術の適応と手術法は変化しつつある。それに的確に対応した周術期管理が求められる(表2)。
原発性アルドステロン症 2016