2016 年 33 巻 1 号 p. 7-11
安全対策として第一に,そして常に行うべきは患者の状態を適切に把握し,その情報を医療者が共有することである。術前であれば周術期の安全に関わる全身状態や併存症の有無とその管理,疾患進行度の評価,そして術式に伴う手術合併症の危険がどの程度であるかを推定することが肝要である。
危険が高いと思われる症例では詳細な手術計画書を医療安全対策室および麻酔科重症外来に提出し,必要に応じてハイリスク症例検討会や安全な医療推進検討会を開催する。
手術の実施にあたっては入室時の患者確認,開始直前のブリーフィング,そして終了前のブリーフィングを行っている。術者と助手は安全と治療効果の最大化を目指して手術に集中することは言うまでもない。
予想される合併症を念頭に術後もチームで診療にあたっている。
各診療科はインシデントとアクシデントの有無とその内容を医療安全対策室に毎日報告することが義務づけられている(日報制度)。
重大な医療事故が起きた際には直ちに医療安全対策室へ報告する。主治医団は事故への医療対応に専念する一方,報告を受けた同室は事故対応チームを設けて現場へ急行して状況を把握するとともに病院管理者を交えた症例検討会を速やかに開催し,方針を決定する。
「人を助くる術を以て,人をそこなふべからず」という。安全な医療の実践は外科医のみならず臨床家にとって最優先課題である。これを成就させるには医療チームに患者情報の把握・共有,リスク低減対策そして事故発生時の対応が備わっている必要がある(図1)。ここでは当院の取り組みを紹介する。
安全への対策は初診のときから始まる。対話である。相手の期待を読み取りつつ,安全の基本となる事柄を聞き取って医療記録に残す。
まず,初診時に聞き取り,必ず医療記録に残す事柄として患者の情報(【臨床経過】,【既往歴】,【併存症】,【内服薬】,【抗血栓薬使用の有無】,【アレルギー歴】,【家族歴】,【家族構成】,【普段の仕事】,【嗜好】喫煙,飲酒,【体格】身長,体重:図2),疾患の情報(【症候・症状】,【身体所見】,【前医の検査所見】,【前医の臨床判断】,【前医からの説明と理解】:図3)そして患者への説明の情報(【当日の検査所見】,【当日の臨床判断】重症度,進行度,管理方針,【今後の方針】,【説明先と理解】:図4)がある。これらは初診の時点で手術適応の有無を問わず,すべての症例で記録する。ときに【内服薬】の記載は時間を要して対話が途切れてしまうが必ず記載する。手を抜けば医療安全に大切な情報を共有できなくなる懸念がある。
初診時に聞き取り,必ず医療記録に残す事柄
―患者の情報―
初診時に聞き取り,必ず医療記録に残す事柄
―疾患の情報―
初診時に聞き取り,必ず医療記録に残す事柄
―説明の情報―
手術適応と判断すれば,疾患の重症度や併存症の内容・程度を鑑み,安全に外科治療を行えるかどうかを評価する(図5)。この評価は外来主治医が責任を持つが,症例によっては診療科内で検討会を開催し,情報と判断を共有する。さらに周術期のリスクは麻酔科外来でも評価される。麻酔科受診に際しては「手術ブリーフィング」として術式,リスク分類(低危険,高危険)とその根拠,予定手術時間,予測出血量,手術体位,術式に影響を与える合併症,標準術式に沿った確認事項,標準術式と異なる術式の場合その術式を選択した理由と手術のポイント,術中に術式を変更する可能性とその詳細,起こりうる術中合併症とその対処法,合同手術の場合の要点,術後管理の問題と体制(どこで,誰が管理するか),新生児や乳幼児の場合在胎週数と出生児体重を記載する(図6)。外科的重症例あるいは周術期の危険が高いと思われる症例では関連診療科が一堂に会してのハイリスク症例検討会を開催する。危険がとくに高い事例に対しては病院管理者とともに「安全な医療推進検討会」を開き,その場で患者や家族にも説明して方針を決定する(図7)。
手術ブリーフィング記載項目
手術の際には執刀医が執刀前と閉創前にそれぞれブリーフィングを行って外科医のみならず麻酔医や看護師と情報の共有を図る。執刀前には患者氏名,疾患名,手術部位,手術術式,予定時間,予想される出血量そして周術期管理上の注意点を声に出して確認する。とくに頸部(甲状腺,副甲状腺)の手術では術後悪心嘔吐に対する予防対策の有無を明確に麻酔医に伝える。また,閉創前には実施した術式を述べるとともにガーゼを含む医療材料や器材の数に不整合がないかを確認し,麻酔科医には術中の問題の有無を尋ねる。
⑶ 手術後術後管理は医療チームによる注意深い対応が不可欠である。電子カルテが普及しつつある今日,ともすれば情報の取得はパソコンを覗き込んで行われがちであるが,病棟チームでの情報共有は積極的なコミュニケーションによって図られるべきである。
⑷ 日報制度各診療科のリスク・マネジャーはインシデント,アクシデント,クレーム,死亡数などを集計し(図8),医療安全対策室と当該科の診療部長,そして院長,副院長に毎日報告する(図9)。
医療安全日報
日報制度
小科には複数の診療領域(消化器一般外科,乳腺外科,内分泌外科,小児外科)が含まれるが,ここでは甲状腺疾患に対する手術を例に述べる(図10)。
甲状腺手術時のリスク低減対策
喫煙は術後の咳嗽や排痰の原因となり,これらが手術後出血の懸念につながると考えている。初診時に喫煙の習慣を確認したら,必ず禁煙するよう促している。
⑵ 手術持術後悪心嘔吐は患者にとってつらく,不愉快である。さらに,これも手術後出血の誘因となりかねない。Apfelスコアを用いて術後悪心嘔吐発症のリスクを推定し,それに基づいて予防対策を講じている(図11)。また,手術中に神経モニタリングを行い,反回神経および上喉頭神経外枝を確認,温存するよう努めている。甲状腺全摘例では全摘後に血中intact PTH値を測定し,副甲状腺機能を評価する。手術終了時には持続的閉鎖式ドレナージチューブを留置し,術後出血の予防と早期発見に努める。
術後悪心嘔吐対策
高度肥満や猪首など頸部の観察が困難な症例では急変時に備えて集中治療室へ入室させている。高血圧に対しては原因となり得る状況(術後疼痛や低酸素血症など)を除外したのち,必要に応じてニカルジピンやニトロプルシドなどの降圧薬を使用する。副甲状腺機能低下症が予想される場合にはカルシウム製剤(グルコン酸カルシウム水和物)を持続静注し,テタニーを予防する。
医療事故またはそれが疑われる事例が生じたときは直ちに医療安全対策室に連絡する。対策室は事故対応チームを派遣して情報を収集し,状況を確認する。さらに病院管理者を含む緊急検討会を開催し,速やかに管理方針を決定するとともに医療事故調査・支援センターへ報告する(図12)。
医療者は高度の知識と技能をもって個々の患者さんの健康問題の解決にあたるが,手術のみならず診療のあらゆる場面で慎重さは最優先されるべきである。患者さんに安心を届けるためには個人として責任を負う覚悟と,厳格な規律で自己を管理するプロフェッショナルとしての自覚が求められる。そのうえで,綿密な連携と仁を重んじる態度の醸成が医療安全の基盤になると考える。私たちはこうした価値観をひとり一人が共有できるチームを創りたいと考えている。