日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
ガイドラインからみたインスリノーマの外科治療
余語 覚匡阿部 由督伊藤 孝中村 直人松林 潤浦 克明豊田 英治大江 秀明廣瀬 哲朗石上 俊一土井 隆一郎
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2016 年 33 巻 2 号 p. 101-104

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抄録

インスリノーマは膵神経内分泌腫瘍(p-NET)の中では非機能性腫瘍についで多く,機能性腫瘍の中では最も多い。臨床症状としてはWhippleの3徴が知られているが,典型例は多くないため診療を進める上で注意すべき問題がいくつある。一般に診断が遅れがちであるため,低血糖患者に対しては積極的にインスリノーマの存在を疑い,機能検査を駆使して正しい診断に到達することが重要である。単発で転移を有さないことが多いが,正確な局在診断が重要であり,選択的動脈内刺激物注入試験(SASIテスト)や術中超音波検査での確認が有用である。術式選択について,ガイドラインでは腫瘍径および腫瘍と主膵管との位置関係によって,核出術,膵切除術を決定するアルゴリズムを示している。脾動静脈温存手術や腹腔鏡下手術も術式選択としてあげられる。

はじめに

インスリノーマは,膵神経内分泌腫瘍(p-NET)の中では非機能性腫瘍についで多く,機能性腫瘍の中では最も多い[]。腫瘍がインスリンを自律性に過剰分泌するために低血糖症状を呈する。膵島B細胞から発生するとされるが,膵島よりむしろ膵管上皮細胞や腺房細胞が形質転換(transformation)した細胞由来であるとする説もある[]。

班研究による疫学調査[]では,インスリノーマの本邦における人口10万人当たりの年間有病者数は約0.84人と推定されている。p-NET全体の31.7%を占める。インスリノーマの多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)における合併率は7.4%であり,p-NET全体でみた場合と同等である。MEN1に併発するインスリノーマは若年発症し,診断時平均年齢は34.8歳であるため,若年発症はそれ単独でMEN1を強く示唆する因子である。

インスリノーマ自体は比較的よく知られた腫瘍であるが,実際に診療にたずさわった経験のある医師は多くない。その様なことから膵・消化管神経内分泌腫瘍(NET)ガイドライン[](以下,ガイドライン)においては,診断,治療方針,術式選択など,目の前の患者を具体的に診療できるように工夫がなされている。

インスリノーマ診療における最も大きな問題は,診断の遅れである。実際に症状をみたことがない場合,まずインスリノーマを疑うことができない。この点を鑑みてガイドラインでは低血糖の患者をみたときに,インスリノーマの診断にたどりつけるようなフローチャートが作成してある。

インスリノーマ診療の次の問題は,確定診断並びに局在診断の方法である。このためには,生化学的機能検査に加え,超音波内視鏡下針生検(EUS-FNA)や,カルシウムを用いた選択的動脈内刺激物注入試験(SASIテスト)など,比較的特殊な検査を必要とする。このような検査をルーチンに行っている施設は少なく,患者をどのような紹介ルートに乗せるかという問題も生じる。

インスリノーマと診断されてから後の問題は,手術術式の選択である。インスリノーマの発生頻度からして,インスリノーマ手術の経験が豊富な外科医は極めて少ない。インスリノーマ核出術,膵切除術など膵臓にメスを入れる手術はそれ自体がリスクであり,ガイドラインで推奨があるからといって,そのまま術式選択してよいのかという問題が残ってしまう。

本稿では,可及的にガイドラインの内容に沿ってインスリノーマの診療を概説し,その中で生じる可能性がある問題点について考察してみたい。

インスリノーマの症状

インスリノーマの古典的な臨床症状はWhippleの3徴であり,①空腹時や運動時の意識消失など低血糖に合致する症状,②症状があるときの血糖値が50mg/dl以下,③ブドウ糖投与など血糖値上昇処置による症状の改善,である。このような典型例は実際には少なく,その他の臨床症状として,中枢神経症状(頭痛,めまい,意識障害,痙攣),と自律神経症状(空腹感,発汗,振戦)などがみられることが多い。非典型例では,食後にのみ低血糖症状を呈したり[],低血糖発作を繰り返して自律神経症状を欠いたりする場合もある。てんかん,躁鬱病などの精神疾患と誤診され,インスリノーマの診断まで時間を要することがあり,また体重増加,記憶障害,知能低下なども臨床症状として注意する必要がある。

インスリノーマの診断

インスリノーマの診断のためには,低血糖症状がみられるときに血中インスリン値が上昇しており,かつ,それが膵臓由来の不適切なインスリン分泌であることを示す必要がある。

機能検査として,Fajans指数(インスリノーマでは9時間以上絶食後の血漿インスリン濃度/空腹時血糖が0.3以上),C-ペプチド分泌抑制試験,絶食試験などが行われる。ガイドラインには低血糖の診断のフローチャートが示してあり,臨床症状と生化学検査の対比から,正しい鑑別診断が可能になるように工夫されている。

MEN1を疑う場合には,MEN1関連病変の家族歴聴取と副甲状腺機能亢進症の検索(アルブミン補正血液カルシウム,リン,インタクトPTH)が強く推奨される。副甲状腺機能亢進症を伴わず,下垂体病変のみを合併する例は少ない。

絶食試験などでインスリノーマが否定される場合でも,低血糖を繰り返す患者では,カルシウムを用いるSASIテストで最終診断をつけられる可能性がある。

また,インスリノーマと,インスリノーマと同じ低血糖症状を呈する成人型focal nesidioblastosisとをSASIテストで鑑別できるという報告もある[,]。

インスリノーマの局在診断

インスリノーマは超音波内視鏡検査(EUS)では低エコー腫瘤,造影CT検査では早期相で造影される膵内腫瘍として診断できるが,インスリノーマの腫瘍径は2cm未満が約80%であり,体外超音波検査(US)では微小なインスリノーマに対しては診断的価値が低い。

インスリノーマの存在診断が確定していても,局在が不明のままの盲目的な膵切除は推奨されない。他の画像診断で局在がはっきりしない場合や,多発が疑われる場合も含めて,術前にカルシウムを用いたSASIテストを行うことが必須である。

SASIテストは,腹部血管造影の際にカテーテルの先端を膵と十二指腸を支配する動脈,すなわち①胃十二指腸動脈,②脾動脈,③上腸間膜動脈に挿入して,8.5%グルコン酸カルシウム3mlを注入し,あらかじめ肝静脈に挿入しておいたカテーテルから,刺激前,刺激後20,40,60,90秒後に採血し,インスリン値(IRI)を測定する。腫瘍の存在領域を栄養する動脈を刺激したときに,肝静脈血中インスリン値が増加する。最大反応を示す40秒後のインスリン値が,刺激前値の20%以上増加しているとき,その動脈をインスリノーマの支配動脈と判定することができる(図1a,b)。

図1.

インスリノーマの局在診断

(a)選択的血管造影検査。GDAの選択的造影で腫瘍濃染を認める。

(b)カルシウム刺激によるSASIテスト。GDA刺激によって有意な肝静脈血中インスリン値の上昇を認めるため,GDAが栄養する領域にインスリノーマが存在すると診断できる。

その他検査としてはFDG-PET,SRS(ソマトスタチン受容体シンチグラフィ)が行われる。インスリノーマはほとんどの場合において増殖能が低いため,FDG-PETによる検出率は低い。また,インスリノーマはソマトスタチンレセプターの発現頻度も低いためSRSの陽性率も低い。

インスリノーマの手術適応と術式選択

インスリノーマの90%は単発で膵臓に局在し,切除による根治が期待できるため,ほとんどの有症患者で手術適応がある。

術式選択について,ガイドラインでは,直径2cm以下で主膵管との距離が3mm以上離れている場合は核出術の適応としている。膵管損傷を回避するために,術中超音波検査(IOUS)による確認が必須である。腫瘍の核出は,薄い被膜に沿って行い,膵実質には決して切り込まないように膵を温存して行う(図2a,b)。

図2.

(a)核出術の適応である膵鉤部インスリノーマの腹部造影ダイナミックCT早期相。強く濃染する境界明瞭な腫瘤が認められる。

(b)核出術によって切除したインスリノーマの固定後割面所見。

主膵管損傷の危険がある場合は,膵切除術が推奨されている。ガイドライン上,膵体尾部切除を行う場合,腫瘍の被膜がはっきりしており浸潤傾向がない場合は脾動静脈温存手術が推奨されている。2012年春に保険収載された腹腔鏡下膵体尾部切除術も,選択肢となる(図3)。

図3.

インスリノーマの術式選択に関するアルゴリズム(ガイドラインを一部改変)。

腫瘍径が2cm以上,腫瘍多発,尾側膵管の拡張,周囲組織への浸潤,リンパ節転移などを認めた場合にはリンパ節郭清を伴う定型的膵切除術(膵頭十二指腸切除術,膵体尾部切除術)が推奨される(グレードB)。

インスリノーマがMEN1に合併した場合も切除適応となるが,多発病変あるいは微小病変である可能性が高いため,SASIテストによって責任病変を明らかにしたうえで,手術適応,手術術式を決定する必要がある。特に膵全摘の選択に関しては術後の血糖管理と日常生活に対する影響を十分考慮すべきである。ガイドラインでも,初回手術時の予防的な追加膵切除は推奨されていない。

インスリノーマの遠隔転移に対する手術適応

インスリノーマの遠隔転移率は5.4%と他のp-NETに比して低い[]。遠隔転移を有する場合の10年生存率は29%と報告されている[]。

ガイドラインでは外科治療で制御可能な肝転移,リンパ節転移を有するp-NETは転移巣とともに手術適応であり,領域リンパ節郭清を伴う手術を施行した場合に65~80%という良好な5年生存率が報告されている。一方,切除不能な肝転移を有する場合の原発巣切除,腫瘍減量手術の意義に関してはまだ一定の見解は得られていないものの,90%以上の腫瘍切除を伴う腫瘍減量手術は,内科的治療に抵抗性な症候をもつ症例に対し90%程度の症状寛解率が報告されている。インスリノーマの肝転移は,生命予後の改善というよりは,激しい低血糖の制御のためにどうしても切除を選択肢として考えざるを得ない場合がある。

おわりに

p-NETに対する分子標的治療薬が使用できるようになり,切除適応とならないインスリノーマであってもソマトスタチンアナログ,ジアゾキシド,エベロリムスなどの使用により症状緩和が期待できる。ガイドラインの推奨を軸に存在診断,局在診断を適切に行うとともに,外科治療を中心とする集学的な治療体系を十分に理解しておくことが重要である

【文 献】
 

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