日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
特集1
分化型甲状腺癌に対する分子標的治療の現状と展望
清田 尚臣
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2016 年 33 巻 3 号 p. 140-144

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抄録

これまで放射性ヨウ素治療(RAI)に不応な転移・再発分化型甲状腺癌に対する薬物療法はドキソルビシンが治療選択肢の一つであったが,その有効性は不十分なものであった[]。しかし,2014年にmulti-target kinase inhibitor(m-TKI)であるソラフェニブ(sorafenib:SOR)の有効性が証明され,新たな治療オプションとして日本でも使用できるようになった[]。さらに,レンバチニブ(lenvatinib:LEN)も第Ⅲ相試験において明らかな有効性が示され[,],RAI不応転移・再発分化型甲状腺癌の治療オプションがさらに充実することとなった。一方で,その使用にあたっては適応の慎重な判断と適切な管理が非常に重要な課題である。本稿では,このような分化型甲状腺癌(differentiated thyroid cancer,DTC)における分子標的薬の適正使用と今後の展望について解説する。

はじめに

これまで放射性ヨウ素治療(RAI)に不応な転移・再発分化型甲状腺癌に対する薬物療法はドキソルビシンが治療選択肢の一つであったが,その有効性は不十分なものであった[]。しかし,2014年にmulti-target kinase inhibitor(m-TKI)であるソラフェニブの有効性が証明され[],レンバチニブも第Ⅲ相試験において明らかな有効性が示され[,],RAI不応転移・再発分化型甲状腺癌の治療オプションが充実することとなった。一方で,分化型甲状腺癌の進行は緩徐なことが多く,RAI不応な患者の中でも適切な治療対象の見極めが重要である。このため,使用する分子標的薬に特徴的な副作用が患者の日常生活に与える影響も十分に考慮した総合的な判断が必要となる。本稿では,分化型甲状腺癌(differentiated thyroid cancer,DTC)における分子標的薬の現状と適正使用について解説する。

DTCに対する分子標的治療薬

DTCの予後は一般的に良好であり,外科的治療と再発リスクに応じたRAIが治療の主役である。しかし,RAI不応なDTCの10年生存割合は10%とRAI感受性のDTCの56%と比較して予後は不良であり[],有効な薬物療法も永らく存在しなかった。そのような状況の中,m-TKIであるSORおよびLENのRAI不応分化型甲状腺癌に対する有効性が相次いでランダム化第Ⅲ相試験において示された[,]。SORはVEGFR-1,2,3,RET,RAF,PDGF-βを阻害することでその効果を発揮する薬剤であり,肝細胞癌や腎細胞癌においても有効性が示されている[,]。LENはVEGFR-1,2,3,FGFR-1,2,3,4,RET,KIT,PDGF-αを阻害することでその効果を発揮する[,,]。このようなm-TKIがDTCに有効である理由としては,DTCにおいてVEGFの発現と予後が相関するという報告と[10],後述するような乳頭癌(papillary thyroid carcinoma,PTC)の40%程度に認めるとされるBRAF V600E変異に代表されるMAPキナーゼ経路の活性化や濾胞癌(follicular thyroid carcinoma,FTC)におけるRAS変異やPTEN欠失に伴うPI3K/AKT経路の活性化など,治療標的となりえる腫瘍増殖のメカニズムが存在することが挙げられる[1011]。このため,SORやLEN以外にもDTCに対して有効性が示唆されるm-TKIが多く開発されてきた(表1)[1219]。この中でもSORは,DECISION試験において,LENはSELECT試験においてRAI不応DTCを対象にプライマリーエンドポイントである無増悪生存期間(PFS)の有意な改善を認めた(表2)[]。

表1.

分化型甲状腺で有効性が示唆された分子標的薬

表2.

DECISION試験およびSELECT試験の結果

DTCに対するSORおよびLENの適正使用について

DECISION試験およびSELECT試験において,RAI不応DTCに対するSORとLENの有効性が示されたが,両試験におけるRAI不応の定義を示す(表3)。適切な前処置を行った上でRAIを行いこれらの定義を満たす場合には,予後が不良であること,治療継続しても腫瘍の縮小が期待できないこと,そして累積投与量が600mCiを超えると二次癌の発生が増加することなどが示されている[20]。実際に,SLECT試験のRAI不応の定義別サブ解析においても,RAI不応の3つの定義のいずれを満たした場合(重複あり)でもプラセボ群のPFS(中央値)は3.6~3.7カ月と予後不良であり,いずれの場合でもLENによる有意なPFS改善効果が示されている[21]。一方で,RAIに対して感受性があるDTCについては,RAIで長期生存が得られる可能性がある[]。このためRAIが施行可能な患者に対してはそちらを優先すべきである。また,RAI不応でないDTCに対するSORやLENの有効性および安全性は確立しておらず,安易な使用は控えるべきである。

表3.

DECISION試験とSELECT試験におけるRAI不応の定義

実際に両試験の結果から,どのような患者にSORおよびLENなどのm-TKIの投与を考えるかが臨床の現場では最も重要なポイントである。RAI不応の定義は両試験で若干異なるものの,前述のような理由からRAI不応であるDTC患者は治療の候補となりえる。しかし,単に放射性ヨウ素取り込みがないだけであれば,10年生存割合は70%との報告[22]もあり,予後の良い患者が含まれていることに注意が必要である。このため,単にRAI不応の定義を満たすだけでm-TKIを開始するのではなく,「この約1年の間に明らかな病勢の進行を認めていること」という条件も満たすこと重要である。さらに注意すべきことは,RAI不応転移・再発DTCの患者は,このような状況であっても必ずしも有症状ではなく通常の日常生活を送っていることも多いことである。このため,後述するような予想される副作用が患者の日常生活に与える影響,臨床的な病勢の増悪速度やそれに伴う症状の程度,そして他の治療選択肢(救済手術や放射線治療(外照射)など)の可能性など,いくつもの条件を考慮したうえで最終的なm-TKIによる治療開始時時期を見極めるべきである。また,一旦治療を開始すれば適切な副作用管理を行いつつ可能な限り適切な治療強度を維持して長期間継続する工夫も必要となる。十分な支持療法を行えなければ不十分な治療となり,結果として期待される効果が得られなければ,患者にとっては辛いだけの治療になりえる。以上のことから,これからの甲状腺癌の診療は,甲状腺外科医・耳鼻科医・放射線科医・腫瘍内科医・看護師・薬剤師などで構成される多職種診療チームでの対応が必須といえる。

SORおよびLENに特徴的な有害事象

DECISION試験においてSOR群で,SELECT試験においてLEN群に認められた頻度の高い有害事象を表4に示した。SORとLENで頻度に差があるものの,手足症候群・下痢・皮疹・倦怠感・体重減少・高血圧・たんぱく尿などは共通して注意すべき有害事象であり適切な対処が必要となる。SORに特に頻度が高い手足症候群は患者の日常生活への影響も大きく,その対策は非常に重要である。尿素配合クリームの予防投与の有用性はランダム化試験で示されており[23],処方例(表5)のような対応を積極的に行うと共に,日常生活における注意点の指導も重要である。また,高血圧・たんぱく尿はLENに特に頻度が高く注意すべき有害事象である。高血圧とたんぱく尿の両方への効果を期待して,アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)・ACE阻害薬を中心にカルシウム拮抗薬なども組み合わせた降圧薬による管理を積極的に行う[2425]。その他にも低カルシウム血症やTSHの上昇,頻度は低いもののSORのBRAF阻害作用に関連したケラトアカントーマ/皮膚有棘細胞癌など多岐に亘る有害事象に気を配る必要がある。さらに,血管新生阻害薬や分子標的薬に共通する注意すべき重篤な有害事象(高血圧クリーゼ,ネフローゼ,可逆性白質脳症,消化管穿孔,出血,血栓症など)が存在する。これらの重篤な有害事象発現頻度は高くないものの,万一生じた場合には致命的となることもあるため,両薬剤共に慎重に適応を判断し治療を進める必要がある。

表4.

ソラフェニブとレンバチニブに特徴的な有害事象

表5.

手足症候群に対する処方例

甲状腺癌における今後の治療開発について

DTCにおいては,腫瘍の発生・増殖・進行に関わると考えられるような遺伝子異常がいくつか知られている(表6)[2627]。RET/PTC rearrangement,BRAF遺伝子変異,NTRKneurotrophic receptor-tyrosine kinase)rearrangement,RAS遺伝子変異,PPAR-γ rearrangement,TP53遺伝子変異,TERT promoter遺伝子変異などがそれにあたる。このような遺伝子異常は,PTCにおけるMAP kinase pathwayの活性化やFTCにおけるRAS変異やPTEN欠失に伴うPI3K/AKT経路の活性化など,治療標的となりえる腫瘍増殖のメカニズムと関係しているともいえる[1011]。しかし,現時点でRAI不応DTCに有効性を示しているSORやLENの主な標的はVEGFRであり,上記のような遺伝子異常を直接的に標的とする分子標的薬の報告は少ない。ただし,BRAF V600E遺伝子変異を有するPTCについてはいくつかの報告がある。MD Anderson Cancer CenterのBRAF阻害薬であるvemurafenibのoff label experienceにおいて,15例中7例(47%)にPRが得られており[28],同じBRAF阻害薬のdabrafenibのPhase Ⅰ試験に登録されたBRAF V600E遺伝子変異を有するPTCおいても9例中3例(33%)のPRを得ている[29]。現在,TKI不応かつRAI不応のDTCに対してもBRAF阻害薬は単独またはMEK阻害薬との併用で開発が進められており結果が待たれる。また,RAI不応DTCに対してMEK阻害薬のselumetinibやBRAF阻害薬のdabrafenibを投与することで放射性ヨウ素取り込みを回復させる試みも検討されている[3031]。これが実現すれば,分子標的薬を長期間内服する必要がなくなるため非常に需要な研究といえる。

表6.

甲状腺癌に特徴的な遺伝子異常[2627

おわりに

本稿で解説したような分子標的薬の特徴を理解して適正かつ安全に使用するには,がん薬物療法に関して十分な知識と経験を有する医師が中心となり施設での多職種診療体制の整備を行うことが必須である。また施設内での体制整備だけでなく,施設間での連携体制の構築も重要であり,日本甲状腺外科学会・日本内分泌外科学会・日本甲状腺学会・日本頭頸部外科学会・日本臨床腫瘍学会が協力して甲状腺癌診療連携プログラムを立ち上げている(http://www.jsmo.or.jp/thyroid-chemo/)。今後,甲状腺癌に対する診療体制が整備され,本稿で紹介したような新規薬剤の開発が進むことで,さらにより良い治療が甲状腺癌患者さんに届けられることを期待したい。

【文 献】
 

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