日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
特集1
外科医からみた分子標的薬剤治療―これから何をしていくべきなのか?
伊藤 康弘木原 実宮 章博宮内 昭
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2016 年 33 巻 3 号 p. 155-159

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抄録

甲状腺分化癌,髄様癌,未分化癌に対するTKIを用いた分子標的薬剤治療が認可され,進行再発甲状腺癌の治療はかなり変化してきている。しかし実臨床の場ではなかなか教科書通りにはいかず,担当医を悩ます場面があることも事実である。ある程度は自分自身の経験や聞知した知識で乗り切れるものの,未だに誰も答えをもっていない問題があることも事実である。TKIをはじめるべき時期,逆にやめるべき時期,癌の生物学的態度とTKIの効果との関連など臨床側が知りたい点はまだまだある。本稿では外科と腫瘍内科の中間地点の立場からこれらについて問題を提起してみた。

はじめに

甲状腺癌においては従来,有効な薬物療法は存在しなかった。しかし最近になって分子標的薬剤(TKI)の有効性がrandomized phase Ⅲ studyによって,少なくとも分化癌と髄様癌において示され[],日本においても普及しはじめている。未分化癌に対してはphase Ⅲ studyこそ行われておらずsingle armではあるものの,有効性が期待され,現時点で一種類のTKIが保険収載されている。しかし,進行が極めて早い未分化癌は別として,分化癌や髄様癌は総じて進行が緩徐である。その一方で,薬物療法は薬剤によって異なるが,様々な有害事象(AE)が必発であり,治療中の患者のQOLはどうしても下がる。また,これらの薬剤は癌を根治するものではないので,これらが有効である場合には何年にもわたって使い続けることになるが,それに付随する問題点も出てくるのは当然である。本稿ではどういった問題点がこれから起きうるのか,そしてどういう場合にどういう対処をすればよいのかを述べてみたい。

なお,TKIが投与される頻度が多いのは,やはり甲状腺分化癌である。本稿は主として分化癌を対象とした場合を想定して論を展開するが,髄様癌にも通じる点はかなりある。未分化癌についてはこれらとは生物学的態度がまったく違うので,本稿では触れないことにする。

1)分化癌に対するTKI治療

現在までSorafenib(DECISION試験)[]およびLenvatinib(SELECT試験)[]のphase Ⅲ studyで,実薬群と偽薬群の間のprogression free survival(PFS)に有意差が出たということで,日本でも両薬剤とも進行再発かつアイソトープ治療(RAI治療)抵抗性分化癌に適応となっている。詳細については別項にゆずるが,どちらも対象となる症例は同じである。しかし,前者は転移巣が進行していることを担当医が判断して試験に組み込んだのに対して,後者は担当医から提出された候補症例を第三者が再度チェックして組み込むべき症例かどうかを決定したという違いがある。

これからわれわれは何をなすべきか?

A)治療困難な症例や注意を喚起すべき症例の情報共有

すでに多くの分化癌にTKIが使用されているが,それでもその適応も含めて対処に苦慮する症例もある。たとえば図1はもともと当院の症例で治療は神戸大学で行った癌性胸水の症例であるが,初回手術は1963年10歳のときに当院で受けている(甲状腺全摘および頸部郭清)。その後肺転移が発見され,1985~2012年にかけて断続的にアイソトープ治療を施行するも最終的にはRAI-refractoryとなった。なお,累積RAI投与量は893mCiであった。昨年8月,呼吸困難が出現,増強し精査の結果甲状腺癌の癌性胸膜炎と診断された。9月に地元の総合病院へ入院し,10~11月にかけて胸腔ドレナージおよびタルクによる胸膜癒着術を施行(図1a,b)。その後ドレーンを抜去したが,まだかなり胸水は遺残している状態であった(図1c)。しかしこれ以上のドレナージは困難と判断し,神戸大学腫瘍内科において11月からレンバチニブ投与を開始したところ,図1dおよび図1eに示すように胸水は速やかに消退し,投与4カ月後にはまったくみられなくなった。サイログロブリン値も治療前の246.80ng/mlから40.89ng/mlまで低下した。現在も胸水はコントロールされている。癌性胸水は予後不良とされるが[],ある程度コントロールができればTKIが奏効する可能性があることがわかる。

図1.

a)胸腔ドレナージ前の胸部CT。左胸部に隔壁を伴った胸水が多量に蓄積している。

b)胸腔ドレナージ前の胸部単純レントゲン写真。

c)胸腔ドレナージ後,レンバチニブ開始前の胸部レントゲン写真。左側にまだかなり胸水貯留が認められる。

d)レンバチニブ投与後1カ月の胸部レントゲン写真。胸水がかなり少なくなっている。

e)レンバチニブ投与後4カ月後の胸部レントゲン写真。胸水は完全に消退した。

これは一例であるが,こういった症例を学会や,できればケースレポートとして報告することにより,多くの医師が情報を共有することができ,医療側の経験値を上げることに貢献できる。

B)これから解決すべき問題点への取り組み

分化癌におけるTKI治療には,まだ明らかになっておらず,解決すべき問題点がいくつもある。これらは単一施設の経験ではなく,多施設共同の規模の大きな研究によってこそ解き明かされるものである。たとえば以下の問題は,時間はかかっても地道な症例蓄積や臨床試験によってエビデンスを構築できるものであると考えられる。

⑴ 手術時の組織型や病理所見によって効果に差はあるか?

一口にRAI抵抗性の進行再発分化癌といっても,その生物学的態度は多岐にわたる。過去にM1患者の生命予後は腫瘍径や腫瘍の被膜外進展などの元の腫瘍の性質にある程度依存するというデータもある[]。また,遠隔再発を起こした分化癌は,その時点での年齢が予後を左右することもわかっている[]。さらに乳頭癌においては高細胞型であることが独立した予後因子であるし[],Ki-67 Labeling indexで評価した原発巣の細胞増殖能[]も再発予後のみならず生命予後に大きく影響することがわかっている。こういった情報をきちんと整理して解析することにより,臨床病理学的因子と奏効率の関連性が見いだされるかも知れない。

⑵ 投与開始のタイミングはいつがよいのか?

DECISION試験やSELECT試験では12~14カ月でRECIST判定によりPDと判定された症例が登録されており,確かに投与開始のタイミングの指標とはなるものの,これはあくまで治験での規定であり,実臨床と完全には一致しない。日本内分泌外科および甲状腺外科学会の薬物療法委員会のreview articleではTKI投与の適応としてRAI治療抵抗性以外に以下の三つの条件を提示している[]。すなわち1)転移再発巣が大きく,なおかつ確実に増大し,転移臓器に特異的な治療に抵抗するもの,2)転移再発巣は小さいが,極めて増殖が早く,転移臓器に特異的な治療に抵抗するもの,そして3)転移再発巣による疼痛,しびれ,血痰などの症状をすでに起こしている,または起こす可能性があり,転移臓器に特異的な治療に抵抗するものである。ただ,これも一般論であり,なかなか個々の症例において具体的な投与タイミングを計るのは必ずしも容易ではない。一つの指標となるのはサイログロブリンの動きであり,このダブリングタイム[10]が短い症例では投与を考えるべきであると考えている。現時点では,サイログロブリン・ダブリングタイム<1年は適応,>2年は非適応,1~2年は症例毎に判断との印象である。Doubling Time & Progression Calculator(http://www.kuma-h.or.jpからダウンロード可能)を使えばこれらの計算は容易である。

TKIは一時的に効果があったとしてもずっとそれが持続するものではなく,いつかはPDとなるか,AEが強く出て使用できなくなる可能性が高い。さらにコストが高いのは大きい問題であり,患者本人の性格,家族の受け入れなど患者周囲の様々な社会的な因子も複雑に絡んでくる。となれば,投与開始時期については甲状腺外科医と腫瘍内科医との間で,こういった要素すべてを考慮して複数の見解をもって決定すべきである。1人の医師の独断で投与開始時期を決定するのは,危険であるという認識はもつべきである。

⑶ どこで投与を中止するか?

これも難解な問題である。通常のがん薬物療法ではRECISTでPDと判定された場合はその薬剤は無効とされ,次の治療ラインへ移るか,ラインがなかったり患者の全身状態が悪かったりすればbest supportive care(BSC)へ方針変更することになる。しかし,甲状腺分化癌においてはそれが常に正しいかどうかは不明である。従来の殺細胞型の抗がん剤と異なり,分子標的薬剤はシグナル伝達をブロックするので,PDになりながらもある程度腫瘍の増殖をおさえる効果があるのかも知れない。このときにサイログロブリン抗体が陰性の症例であれば,サイログロブリンの倍加時間を計算することにより,本当にこれ以上この薬剤を使って意義があるのかどうかを画像検査とともに判断することは可能かも知れない。

一方で分子標的薬剤は中止すると,いったん縮小したり増大がおさえられたりしていた転移巣が再び急速増大することがあるということも報告されている。その経験則がPDになったからといってすぐに投薬を中止することに警鐘を鳴らしている側面はある。ただ,これもケースバイケースで1年以上TKIを投与してPDになったために投与を中止したが,それから数カ月たってもまったくといっていいほど進行していない症例が自験例でもある。そうなってくると,CRにならなくてもPRが一定期間続いた場合,いつまでもTKIを使わずどこかでいったん投与を中止して画像とサイログロブリンで経過をみる,というstrategyもありうることになる。

TKI投与後あるいは中止後における転移巣の生物学的態度は様々でなかなかどういう症例がどういう経緯をたどるのかを予測するのは難しいが,それを遺伝子レベル,あるいはタンパクレベルである程度類推できれば,もっと有効にTKIを活用できる(意味のない投与をやめるという意味も含めて)のではないかと筆者は考えている。

⑷ TKI投与の前にRAI治療は必須なのか?

RAI治療の有効性についてはすでに幾多の論文が昔から出ており,エビデンスは十二分にあるといえる。従って進行再発分化癌に対する治療のfirst lineはTKIではなくRAI治療であるのは疑いない。しかしそうはいっても,稀に定石通り行うことが困難な症例に遭遇することもある。RAI治療を行うには,甲状腺が全摘されていなくてはならない。しかし昔の手術で,あるいは不適切な初期治療で甲状腺が中途半端な形で残っており,かつ,かなりハイペースで増大してきたり,QOLに障害をもたらす危険性があったりする転移巣をもつ症例に遭遇することもときにはある。さらにはすでに永続性の両側麻痺で永久気管孔があり,RAI治療が事実上不可能な症例や,補完全摘を行う際に永続性の両側麻痺になる確率が高い症例もある。また,たとえ全摘されていても,たとえば骨転移によりPSが悪く,RAI治療をするにしても自分で身の回りのことができないような症例もあり,そういった症例はRAI治療が必須であるとなれば救済されないことになる。現在,筑波大学などを中心に学会の薬物療法委員会が後押しをする形でRAI治療を省略してTKI治療を行う,いわゆるRAI-skip testの準備が進められている。これがよい結果をもたらせば,上記のような患者に対する救済となることは疑いない。

しかしながら,あくまでそれは例外的な救済措置であり,それに引き続いてRAI抵抗性という枠を取っ払って,first lineとしてTKIを使う方向に流れることはあってはならない。このRAI-skip testもかなり厳しい登録性になる予定であり,一般的な施設で安易に行うことはできない仕組みになっている。あくまで分化癌におけるTKI治療の基本は,RAI抵抗性の進行再発症例である。これは絶対原則であることを忘れてはならない。さらにいえば,このような症例はすでに再発に対する手術を受けていることが多い。もっと早い時点で補完的甲状腺全摘を行っておくべきであろう。

2)髄様癌に対するTKI治療

現在,進行再発髄様癌に対してはバンデタニブ,レンバチニブ,ソラフェニブの三種類が認可されている。ただし,第三相試験を行っているのはバンデタニブだけであるので[],当然ラインとしてはこれがfirst lineになる。日本の髄様癌は理由不明であるが,aggressiveな症例の頻度が低いようであり,こういった薬剤の投与が必要になる症例はかなり少ないと考えられる。詳細については高橋先生の項を参照していただきたい。

ただ,当院で調べたところ,術後遠隔転移をきたした髄様癌において,遠隔転移が出現してから後のカルシトニンの倍加時間[11]が非常に強く予後に影響していることがわかった[12]。カルシトニンはサイログロブリンと異なり抗体に干渉されることもなく,髄様癌に非常に特異性が高い腫瘍マーカーである。従って遠隔転移があるというだけでTKIを用いた治療を行うのではなく,本当に使うべき症例かどうかをきちんと精査して,必要と判断すればそのときは初期投与量も含めて,きちんとした治療を行っていただきたい。

また,髄様癌においても,上記の分化癌と同じような解決すべき点がいくつかあることも忘れてはならない。

おわりに

今回の特集はすべて,その道のオーソリティの先生方に執筆していただいた。それについて私が色々コメントすることは無用と思われるが,外科と腫瘍内科の真ん中に立って診療をしていると,それでもやはり色々な疑問点が湧いてくる。本稿ではそれをまとめてみた。これは私だけではなく,ある程度TKIを用いた治療を行っている諸先生方ならば皆,もつ疑問点であり,もしかしたら言わずもがなであったかも知れない。しかしそういう疑問点を整理して述べることによって,それを少しでも解決しようという動きが出ることを筆者としては願ってやまない。

謝 辞

最後に貴重な症例を提供していただいた神戸大学腫瘍内科の清田尚臣先生に心から御礼申し上げる次第であります。

【文 献】
 

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