抄録
甲状腺未分化癌は稀な疾患であるが,甲状腺癌死に占める割合は高くその予後は極めて不良である。根治を期待できる割合は非常に少なく,大部分の症例で短期間のうちに不幸な転帰をたどるため,主たる治療の目的は癌の根治ではなく,延命とQOLの維持である。手術療法,化学療法,放射線療法を組み合わせて行う集学的治療は,治療に伴う有害事象と患者が受ける恩恵を十分に勘案したうえで,バランスよく行わなければならない。術前治療の概念,新規薬剤の登場により集学的治療の適応や順序も今後さらに変化していくと思われる。個々の症例で診断,治療,予後について十分に検討して症例集積を行い,新たな治療戦略を構築していくことが重要である。
1.はじめに
甲状腺未分化癌は全甲状腺悪性腫瘍の1~2%と発生頻度が少ないにもかかわらず,甲状腺癌死の1~3割を占める[1,2]。難治性の稀少癌であるため,これまでに治療成績のエビデンスは明確には示されておらず,現時点では甲状腺未分化癌に対する治療戦略として確立されたものはない。近年,ようやく大規模なデータベース解析から疾患の実態が明らかになり,具体的な数値を以って予後やその予測因子,治療成績が説明できるようになった[3,4]。本邦では2009年1月に甲状腺未分化癌研究コンソーシアムが設立され,多数例の臨床データが集積されてきており,それに基づいた予後因子や治療成績が研究されている。
甲状腺未分化癌は急速に進行し,ほぼ100%が不幸な転帰をたどり,生存率の中央値は4カ月である。約80%の症例では初診時に手術不能な局所進展あるいは遠隔転移を認める。根治を得ることは極めて困難とされ,一部の症例を除き治療の目的は延命とQOLの維持でありその手段として,手術療法,放射線療法,薬物療法があり,多くは併用にて行われる集学的治療が主となっている。大規模な後ろ向き検討では集学的治療を行った症例の予後が,行っていない症例に比較して良好と報告されている[3~5]。Footeらの症例を慎重に選択して行われた手術,強度変調放射線化学療法とその後の全身補助化学療法による集学的治療の症例集積検討では,全生存期間の中央値が60カ月とされておりその効果は注目に値する[6]。一方で,メタアナリシスでは過去20年以上にわたって治療成績の向上を示すような成果は得られていないし[3],ガイドラインでも標準と言える治療法も示すことができていない[7]。
UICCのTNM分類では,原発巣の状況と遠隔転移の有無でⅣA,ⅣBとⅣCに分類している[8]。「T4a:腫瘍が甲状腺内にとどまるもの(切除可能と考えられる腫瘍);Tumor limited to the thyroid(Intrathyroidal anaplastic carcinoma-considered surgically resectable)」がⅣA,「T4b:腫瘍が甲状腺外に浸潤するもの(切除不能と考えられる腫瘍);Tumor extends beyond the thyroid capsule(Extrathyroidal anaplastic carcinoma-considered surgically unresectable)」がⅣB,「M1:遠隔転移を有するもの」をⅣCと分類しているが,臨床症状を有する未分化癌の多くはⅣBないしⅣCの病期である。SugitaniらはStage ⅣAの生存中央値は236日,Stage ⅣBは147日,Stage ⅣCは81日と報告している[3]。全病期において予後不良であることは明らかであるが,一方でそれぞれの病期ごとの予後には有意な差があり[3,4],治療の目的や戦略は病期ごとに異なるものであると考えられる。
本稿では未分化癌に対する集学的治療につき,治療の目的や治療方法を病期別に知見を交えて概説する。
2.Stage IVAの未分化癌に対する集学的治療
発見時に症状を有し,急速な進行経過をたどる甲状腺未分化癌において,甲状腺内にとどまる状況は全体の20%未満と稀である。近年の報告をみても治療以外の予後不良因子としてあげられるのが年齢,腫瘍径>5cm,甲状腺外への進展,白血球≥10,000,遠隔転移であり[4,9],良好な予後が期待でき,唯一根治を目指す病態がStage ⅣAである。すなわち根治を目指した治療を速やかに開始すべきある。
Stage ⅣAの全例が手術の絶対的適応と思われ,肉眼的,組織学的根治を意図した手術を行うべきである。根治切除が行われていることは予後を推察するうえでも重要な因子である[10~12]。甲状腺被膜内にとどまる未分化癌に対しては,十分な切除マージンをとった手術が必要であるが,かならずしも全摘は必要とはしない。局所の完全コントロールの観点からは中心領域と患側外側領域のリンパ節郭清は必要と思われるが,それを検証した報告はない。予後良好とはいえStage ⅣA症例の全生存期間の中央値は8~9カ月と報告されており[3,4],多くの症例では術後に局所再発,遠隔転移をきたすことが知られている。根治切除後の補助療法としての化学療法や放射線療法は有用であったとの報告も散見され[13~15],Sugitaniらの報告でも根治切除単独の症例より切除後に放射線療法を加えた症例の方が予後がよい傾向にあると報告している[3]。
Stage ⅣA症例のうちでもさらに頻度は低いが,分化型癌の術前診断で行われた手術後に組織学的に未分化癌が発見されることがあり,一般の未分化癌に比較して,このような偶発未分化癌症例の予後は1年生存率が70%以上と非常に良好であることが報告されている。しかし偶発未分化癌症例でも,手術単独と比較すると化学療法や放射線療法による補助療法を加えられた症例での予後がよい[16]ことから術後の補助療法により局所再発,遠隔転移を制御することは治療成績向上のために極めて重要であると考えられる。
これまでの検討はすべて後ろ向きの症例集積検討であり,補助療法の有効性を証明したものとは言い切れない。Stage ⅣAに対する根治切除後の補助療法としての化学療法や放射線療法の意義に関しては,前向きな検討が期待されるが,症例数が少ないため多施設共同による長期の臨床試験が必要である。
3.Stage IVBの未分化癌に対する集学的治療
治療の目的は延命とQOLの維持である。急速に進行していく甲状腺未分化癌において,迅速かつ的確に診断およびステージング,治療方針の決定を行うことが求められる。中には長期予後を期待できる症例も含まれており,治療の時期を逸しないことが肝要である。
Sugitaniらは遠隔転移がなく甲状腺外へ進展するStage ⅣBの症例では,手術単独あるいは手術に放射線療法を追加した症例と比較して,手術,放射線療法,化学療法の集学的治療を行った症例は予後が改善したと報告している[3]。一方で局所進展のある進行した未分化癌に対する手術治療は,合併症のリスクが高いことに言及している報告もある[10]。Stage ⅣB症例に対する手術は拡大手術を必要とする場合が多く,このような場合は気管切開を行う可能性が高く,術後のQOLは低下する。また,感染などの合併症から予定されている放射線療法や化学療法の開始の遅れにもなりかねない。一部の症例では長期生存に寄与する可能性があるが,長期の予後が期待できない未分化癌においては,QOLの維持という観点からは手術の適応は慎重に決定せざるをえない[17]。
手術範囲に関しては,総頸動脈の外側まで進展をきたしていない例では肉眼的根治切除を期待できるが,椎前筋膜,総頸動脈,縦隔血管より以遠に進展する例では手術不能である可能性が高く,予後は不良である[10,18]。十分な予後評価を行ったうえに施行する皮下軟部組織,喉頭,気管,食道,あるいは反回神経などの合併切除は許容されるとの報告もある[15,17,19]。減量手術が予後に影響するかは明らかではないが,術後のQOLの低下を極力避けた減量手術は意義があるとする報告が多く[11],とくに,最大限の切除に続いて放射線化学療法を追加することが予後向上につながる可能性が報告されている[19]。
近年では集学的治療の一環として,手術療法の時期についての検討がなされている。手術に先行した術前化学療法や術前化学放射線療法の有用性が示されている[20~22]。Higashiyamaら[20]は,Paclitaxelの投与後に根治手術が可能であった場合,過去の症例と比較して有意に良好な生存予後が得られたと報告し,同様の結果は最近行われた臨床試験[23]でも確認された。術前治療が奏効し手術可能な症例においては,根治切除可能なことが良好な予後の予測因子としての意義が強く,術前化学療法とその後に行われる手術は有用と思われる。一方で,これら術前化学療法の奏効率や有害事象などの成績,術前治療から手術に踏み切る時期に関するデータは限られたものであるため,術前療法の有用な患者を選択し,安全に有効な治療を行う方法を確立するための臨床試験が必要であると考えられる。
呼吸困難のない症例での予防的気管切開は,予後改善効果が示されていないばかりか,QOLを低下させ,合併症を伴えば治療開始を遅らせるため,推奨されていない[7,24]。
放射線療法は局所コントロール目的として行われる。以前には化学療法と併用した寡分割照射について検討され有用性が示されたが[25,26],最近では照射領域の精度を上げる工夫や効果を増感する方法も取られている[6]。
甲状腺未分化癌に対しては病期に限らず,PaclitaxelやDocetaxelによる化学療法の有用性が示されている。Ainら[27]はPaclitaxelによる化学療法の奏効率が53%,Higashiyamaら[20]は31%と報告し,本邦での前向き試験では23%の奏効率と1年生存率26.8%が報告された[23]。KawadaらはDocetaxelの有効性を奏効率14%,病勢制御率43%として報告した[28]。しかしながら,それらの化学療法ではすでに認められている遠隔転移の制御効果は認められていない。
近年開発が進む分子標的治療[29]は特有の重篤な有害事象を発現し,他の治療を開始する妨げとなる可能性があるため,現段階では集学的治療の中で術前療法や併用療法として使用することは許容できない。今後の検証が必要である。Stage ⅣBの未分化癌に対する手術療法,化学療法,放射線療法を組み合わせた集学的治療は,新規薬剤や技術の登場により今後の治療の順序や適応について変化していく可能性がある。
4.Stage IVCの未分化癌に対する集学的治療
Stage ⅣCは遠隔転移を伴う状態である。Stage ⅣBの項でも述べたが,現在遠隔転移を制御できる抗癌剤は知られていない。生存期間の中央値が3カ月程度とされるStage ⅣC症例に対しては,予後が期待できない場合,緩和ケアを中心とした医療を提供することに集中すべきであり,集学的治療の選択肢はない。一方で,遠隔転移の存在以外の予後不良因子がなく予後が期待できる症例は,局所コントロールを行い,QOLを維持するのが治療の目的となる。
局所コントロールを目的とした手術は,他の治療の妨げとならない配慮が必要で,QOLの低下をきたさない程度の肉眼的完全切除や減量手術は容認される。化学療法や放射線療法もStage ⅣAやⅣB症例と同様に局所コントロールを目的として行われる。
一方で新規分子標的治療薬は,未分化癌に対する有効性が示されており[29]実地臨床でも使用可能である。詳細は別項(薬物療法の特集)にゆずるが,前述のとおり現時点では集学的治療の一部として提供することはできない,これらの薬剤の開発が進み未分化癌への使用成績が蓄積し,遠隔転移の制御効果が明らかとなれば,Stage ⅣCに対する集学的治療の一部分として,あるいはそれにとって代わる有効な治療と位置づけできる可能性がある。
5.おわりに
甲状腺未分化癌は高齢者に罹患することが多い難治性の稀少癌であるため,エビデンスの構築が困難である。標準的治療が確立されておらず,探索的治療とならざるをえない。可能であれば臨床試験への参加が望ましいが,集学的治療を選択した場合は有害事象の発現率も高く,予後を十分に勘案し,本人だけでなく家族・医療スタッフにも適切に説明を行ったうえで緩和ケアや多職種の介入を行いつつ治療を進めるべきである。
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