甲状腺濾胞性腫瘍とは,濾胞腺腫と濾胞癌を併せたものをいう。両者の鑑別は明らかでないことがあり,少なくとも一部は連続した病態であると考えられる。また,濾胞性腫瘍と乳頭癌の濾胞型亜型の鑑別も難しいことがある。濾胞性腫瘍では,細胞内シグナル伝達経路のうちPI3K-AKT経路の活性化が重要であると考えられている。このシグナル経路を活性化する遺伝子異常として,RAS変異(特にNRASコドン61),PTEN変異・欠失,PIK3CAの増幅などがみられる。また,染色体再配列PAX8/PPARγが検出されることもあり,これもおそらくPI3K-AKT経路の活性化に関与しているとされる。一般的にはこれらの遺伝子異常には重複がみられない。これらの変異は,頻度が低いものの濾胞腺腫でも検出されるが,その臨床的意義は不明である。さらに追加で生じるTERTプロモーター変異は,高悪性度・予後不良と関連する。
甲状腺濾胞性腫瘍とは,良性の濾胞腺腫(follicular adenoma:FA)と悪性の濾胞癌(follicular thyroid carcinoma:FTC)を併せたものをいう。また,FTCと乳頭癌(papillarythyroid carcinoma:PTC)を併せて甲状腺分化癌(differentiated thyroid carcinoma:DTC)ともいう。濾胞性腫瘍の遺伝子異常を論じる際に,臨床的にはFAとFTCを判別できる分子マーカーが期待されているが,残念ながら両者を完全に判別できる遺伝子異常は発見されていない。さらに甲状腺腫瘍における細胞診,病理診断の特殊な状況が事態を複雑化させているように思われる。PTCは核所見によって診断する特殊な癌であるが,その所見はスリガラス状,核溝,核内封入体などである。本邦では乳頭状増生を示すclassic papillary subtypeの組織亜型が多いが,濾胞状構造を示すもののPTCの核所見を持てば濾胞型乳頭癌(follicular variant PTC:FVPTC)と診断する。FVPTCは現在PTCの一亜型とされているが,この診断について病理医間のバラツキが大きいようである[1,2]。特に欧米では,日本でFAと診断されているものの多くがFVPTCと診断されている可能性がある。そして,その病理診断に従って遺伝子解析の結果が報告されることとなるため,それを読み解く際にも注意が必要であると考えられる。よって,本稿ではFVPTCの遺伝子異常についてもしばしば触れることとする。
図1にDTCの発生に重要なシグナル伝達経路,PI3K-AKT経路とMAPK経路を図示した。このうち,PTCにはMAPK経路が,FA/FTCにはPI3K-AKT経路が重要といわれている[3]。どちらも種々の成長因子に対するレセプター型チロシンキナーゼ(RTK)によって活性化されるシグナルであり,図1にある分子を経由して最終的には遺伝子発現を制御し,細胞の増殖・生存といった機能を活性化する。MAPK経路はさらに,甲状腺細胞では細胞を脱分化させる働きがあり,これにより甲状腺特異的な遺伝子の発現減弱が起こる。臨床的にはヨードトランスポーターが重要で,これにより放射性ヨード治療に対する効果が減弱すると考えられる。

甲状腺癌に重要なシグナル伝達経路
濾胞性腫瘍にはPI3K-AKT経路が重要である。
甲状腺細胞ではRASはPI3Kの方に強くシグナルを伝える。
PTCで最も高頻度にみられる遺伝子異常はBRAFV600E 変異である。脱線になるが,このBRAFV600E 変異の頻度には地域差がみられるようで,欧米では40~50%,我が国や韓国からの報告はかなりの高率であり60~80%とする報告が多い[4]。ヨード摂取量との相関を示唆する論文もあるが,それを否定する報告もある[5]。
FA/FTCでみられる代表的な遺伝子異常はRAS変異である。RASはNRAS,HRAS,KRASの三つのアイソフォームがあるが,甲状腺癌での変異頻度はNRASのコドン61が最も高いとする報告が多い。変異によってRASは恒常的に活性化し,常に下流にシグナルを伝え続け,スイッチがOFFにならなくなる。図1の通り,RASは一般的にはMAPK経路も活性化する分子であるが,甲状腺細胞では,変異RASはPI3K-AKT経路に優先的にシグナルを伝えるようである。メラノーマでの実験であるが,PKAがBRAFの別のアイソフォームであるCRAF(同様にRASからMEKへとシグナルを伝える)を阻害し,変異RASがBRAFを阻害するという報告がある[6]。甲状腺細胞ではTSH-cAMP-PKAのシグナルは活性化していると考えられ,こういったメカニズムでMAPK経路へのシグナルがあまり伝わらないのかもしれない。FA,FTC,FVPTCにおけるRAS変異の頻度だが,おおよそそれぞれ20~40%,40~60%,30~50%とする報告が多い[3,4,7,8]。しかし,これは前述したように,病理医による診断にバラツキがあることを考慮に入れるべきである。このRAS変異を持つと,悪性度が高く,予後不良とする報告もあるが,上記のようにFAにも変異はみられ,まだこのRAS変異の臨床的な意義については不明確である。
PTEN遺伝子は癌抑制遺伝子と考えられており,PI3K-AKTシグナルを抑える働きがある。変異や欠失によってこのPTEN遺伝子の機能が失われると,PI3K-AKT経路が活性化される。このPTEN遺伝子のgermline mutationで起こる先天性遺伝性疾患Cowden病では,FA/FTCの発生頻度が上昇する。FA/FTCにおけるPTEN異常の頻度は5~30%とされる。
その他,PI3Kのサブユニットをコードする遺伝子PIK3CAの変異・増幅もFA/FTCで検出されることがある。FTCにおける変異の頻度は10%程度,増幅は20~30%に観察されるとする報告がある[3,8~10]。
PAX8/PPARγは,染色体再配列t(2;3)(q13;p25)によって起こる融合遺伝子である。PAX8は甲状腺特異的転写因子で,甲状腺の発生にも重要な役割を持ち,PPARγは核内受容体の一種で代謝,抗腫瘍,抗炎症作用(抗NF-κB作用)などに関与するとされる。この融合遺伝子は,それぞれの遺伝子のかなりの部分が融合し,両遺伝子のほとんどのドメインが保たれている。この融合遺伝子の機能はまだ不明な部分も多いが,PPARγに対するドミナントネガティブ効果,PAX8応答遺伝子に対する正負様々な発現制御などがいわれている[11]。PAX8がPTENの発現を刺激するが,このPAX8/PPARγでそれが阻害されると,結果的にこの融合遺伝子もPI3K-AKT経路を活性化する働きを持つ。この融合遺伝子もFA,FVPTCでも検出されるとされるが,その頻度はFTCよりも低い。また,このPAX8/PPARγのFTCにおける頻度は欧米では30~40%のものが多いが,本邦を含む東アジアではかなり低い(<5%)とする報告がある[4,8,12]。BRAFV600E のように地域差があるようだが,その原因は不明である。
近年,次世代シークエンシング解析などの普及で,新たなドライバー変異候補がいくつか同定されてきた。ある程度反復して見つかる遺伝子は,DICER1,EZH1,EIF1AXなどである[8]。DICER1は,一般的にはmiRNA(マイクロRNA,mRNAからタンパク質への翻訳を阻害する小分子)のプロセッシングを行う酵素で,その生成に影響を与えるとされる。このDICER1の変異は,様々な他の癌でも検出されており,さらに家族性腺腫様甲状腺腫の原因としても報告されている。EZH1はポリコームタンパクの一つであり,癌幹細胞に関係するとされる。EIF1AXは,翻訳開始に関わる分子とされるが,癌における変異の機能は良く分かっていない。
ここで非常に興味深いのは,RAS,PAX8/PPARγ,PTEN,DICER1,EZH1,EIF1AXなどの変異には,一つの腫瘍ではほとんど重複がみられないことである。特に後半の変異はPI3K-AKT経路との関係は明らかでないので,今後もより細かい解析を行っていく必要がある。
染色体の末端にはテロメア構造があり染色体を保護しているが,このテロメアは細胞分裂の度に短くなり,このテロメアが一定以上に短くなると,細胞はもはや分裂できなくなる。このテロメアを伸長させる酵素がテロメラーゼであり,TERTはそのサブユニットをコードしている遺伝子である。ヒトの正常細胞ではこのTERTは発現していないが,癌ではこれが発現していることが多く,それによって無限増殖を実現していると考えられている。近年,様々な癌においてこのTERTのプロモーター領域に変異が発見され,悪性度と関連していると報告されている。変異の場所は主に2つあり,それぞれC250T,C228Tと呼ばれている。甲状腺癌ではC228Tの方が頻度が高い。これらの変異が転写因子ETSの結合領域を作り出し,転写を活性化するものと考えられている。
甲状腺癌におけるTERT変異の頻度は,報告によってバラツキはあるが,おおよそPTCで10~15%,FTCで約15%,低分化癌(PDTC)で約40%,未分化癌(ATC)では約50~70%とされている[13,14]。PTCにおける解析が進んでおり,筆者のグループも日本人 PTC症例におけるTERTプロモーター変異と悪性度,予後との関連を報告した[15]。PTCにおいて,TERTプロモーター変異はBRAF変異の存在と関連し,両変異を持った腫瘍の悪性度が高いといわれている。FTCにおいてもNRAS変異と相関し,やはり悪性度が高く予後が悪いとされる[13]。ただし,筆者が知る限り日本人症例での詳細な検討はまだ報告されていない。また,非常に頻度は低いが,FAでも検出されることがあるようだが,その臨床的な意義は不明である。
図2にこれまで解説した主なものをまとめて図示した。濾胞性腫瘍において,FTCにみられる遺伝子異常は,頻度は少ないもののFAにもみられる。つまり,遺伝子異常があれば悪性である可能性は高いが,良性を否定は出来ない。そして特にFAにおける遺伝子異常の意義はまだ不明である。遺伝子異常を持つものがFTCに進行しやすい可能性もあるが,その証拠はない。

濾胞性腫瘍の分類と遺伝子異常
FVPTCは,FA/FTCに近いがPTCとFA/FTCの中間的な変異・性質を持つ。
変異の頻度はFAよりFTCの方が高い。
また,FVPTCはFA/FTCとPTCとの中間的な性質を持つとされるが,遺伝子異常的にはFA/FTCに近い存在といえる。ただ繰り返しになるが,病理医によってPTC様の核所見の判断にはバラツキが大きく,その傾向によっても違いが出てくるだろう。またFVPTCには,BRAFV600E ではなくBRAFK601E というBRAF変異がしばしば検出される。BRAFV600EとBRAFK601Eには活性化の様式(モノマーかダイマーで働く)に違いがあり,それが関係している可能性がある。
以上,ここまで濾胞性腫瘍における遺伝子異常について解説した。本文中で何度も述べたが,遺伝子解析にも細胞診・病理診断の不確かさやバラツキが入り込んでくる。また,我が国における大規模な研究はあまりない。遺伝子解析の技術が進んできた今,診断のクオリティコントロールがなされた多数例の解析が待たれる。