日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
大学病院所属の女性外科医:教育機関で指導医の立場
岡村 律子
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2018 年 35 巻 2 号 p. 108-111

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抄録

大学病院には,専門性の高い医療の提供とともに,研究と次世代の医師を養成する教育機関としての役割があります。現在の医学教育の現場では,国際的な医療の変遷,国民の求める医師像への変化により,新しい指導教育方法などが次々に導入され,多くの人材や時間が必要となっています。大学病院に指導医として勤務している女性外科医はまだ少数です。内分泌外科は女性外科医が比較的継続しやすい科ですが,大学病院では臨床以外の仕事が多く長時間勤務の傾向にあります。大学病院でも男女共に長期に継続して働けるような環境支援が必要であると思います。

Ⅰ はじめに

女性の社会進出とともに医学部へ進学する女性は増加し,最近の医師国家試験の合格者の3分の1以上は女性です。男女雇用機会均等法,男女共同参画法などの法整備が行われ,女性が仕事を継続する上で支援が必要となる妊娠・出産,育児に対する対策や支援が整備され充実しつつあります。

女性外科医は若い世代では増加傾向にあります。2009年11月には,日本外科学会の支援により「日本女性外科医会」が設立されました。それ以降,日本外科学会や臨床外科学会などでは,女性外科医への支援や待遇改善などのセッションが開催され,様々な提言が活発に行われています。しかし,未だ指導的な立場の女性医師の割合は低い傾向にあります[]。

一方,大学病院は,次世代の医師を養成する教育機関と同時に,高度な医療を提供する地域の病院,最先端の研究機関でもあります。そのため大学病院に勤務する医師は,診療業務以外の時間的拘束が長い傾向にあると指摘されています[]。

筆者が所属する日本医科大学でも指導医として大学に勤務している女性医師は非常に少ないのが現状です。日本医科大学での女性医師,内分泌外科医の指導医,医学部の教員としての職場環境について述べたいと思います。

Ⅱ 日本医科大学

日本医科大学付属病院は,東京都文京区にある42診療科,897床の大学病院です。文京区は東京の北東部に位置しており,区内には都立駒込病院,東京大学付属病院,東京医科歯科大学,順天堂大学病院といった大学病院や総合病院が4カ所あります。

明治9年に長谷川泰が済生学舎を開設したことが始まりとされ,創立140年以上の私立最古の医科大学です。済生学舎は,「済生救民」,「克己殉公」を建学の精神として,明治36年に廃校するまでの間に西洋医学に基づいた開業医の育成をしていました。その間,9,000名以上の卒業生を輩出し,130名以上の女性医師も輩出しておりました[]。

図1は,卒業生に占める女性の割合を示しております。女性の卒業生は,昭和27年に日本医大としてスタートしてから昭和31年が初めてで,以降10年間では0から5%程度でした。その後は,10年毎に5%ずつ増加し,平成9年からは30%を超えております。平成26年以降は35から40%で推移しております。日本医科大学でも女子医学生が着実に増加傾向であることがわかります。

図1.

日本医大卒業生における女性の割合(日本医科大学女性支援室:http://www2.nms.ac.jp/shien/links/data.html)

Ⅲ 日本医科大学内分泌外科

日本医科大学内分泌外科は,清水一雄先生が,平成7年に日本医科大学付属病院に赴任され活動を開始されました。当初は,第2外科の内分泌外科部門でしたが,平成24年に独立し,清水先生が初代教授となりました。

筆者が医学部を卒業した平成9年は,卒業生の女性比率が30%を初めて超えた年でした。卒業生の多くは,日本医大付属病院の各講座に入局し,臨床研修を行いました。当時の研修医制度は,2年間の努力義務であり,研修内容や評価は一定しておらず,研修医の待遇はアルバイト無しでは成り立たない不安定なものでした。その後,国民の医療安全に対する意識の変化やこの研修医制度の多くの問題点が指摘され,平成16年から臨床研修医制度が導入されました。

この制度導入後から,日本医科大学第2外科の入局者は減少していきました。第2外科は,心臓血管外科,呼吸器外科と内分泌外科の3部門がありました。心臓血管外科や,呼吸器外科では,長時間の手術やベッドサイドで過す術後管理,緊急手術の呼び出しなどがある非常に苛酷な職場でした。外科系の入局者が減少したのは,当科のみではなく全国的な傾向でした[]。外科医がいなくなることが危惧され,医療クラークの導入,術後の集中治療室管理など職種の役割分担の明確化,電子カルテなどのIT化などにより長時間労働はすこしずつ改善されていきました。

Ⅳ 女性外科医,内分泌外科医として

内分泌外科は,癌を含む腫瘍性疾患,ホルモン疾患を対象とします。対象年齢は小児から高齢者までと幅広く,予後良好な疾患も多く長い経過観察を要するため,患者やその家族との良好なコミュニケーションが求められます。外科医としては,反回神経や副甲状腺など細かな操作が主であり,長時間の手術は稀です。そのため内分泌外科は,外科の分野の中でも比較的女性に向いている科であると思います。

清水先生が内分泌外科を日本医科大学で開始した平成7年から平成26年までには,私を含め5名の女性医師が入局しました。既に4名は,30歳代前半ごろに結婚および転勤などの理由により大学を退職しました。男性医師は,40歳から50歳ごろに勤務先変更,開業などにより退職される先生方が多くおりました。清水先生が退官され,杉谷先生が教授となられてからの平成27年以降は,3名の女性医師が入局しております。このとき入局した女性医師は,新しい臨床研修医制度を経験した世代です。総合的な臨床研修を行っていること,女性および医師としても法制度上の保障が明確化され,周知されている世代です。内分泌外科のみの医局は全国的にも稀であり,今後も女性内分泌外科医として継続することを期待しています。

昨年,初めて日本医科大学同窓会主催の女性医師会に参加しました(図2)。昭和33年卒業の先生から大学1年生までの様々な年齢層の女性医師や医学生とお話しすることができました。長期に仕事を続けられている女性の先輩のお話しを伺うことができました。どの先生もそれぞれの道で悩みながらも逞しくお仕事をされていることがわかり,励まされました。こうした交流の場に参加することは,精神的な支援を得る意味でも大切であると思いました。

図2.

日本医科大学同窓会報より,平成29年7月23日に日本医科大学同窓会主催による女性医師の会開催

Ⅴ 大学病院の教員として

大学病院では,医学部の教員として学生の講義,臨床実習,実習の評価,個別の学生指導,試験問題作成,試験監督などの業務があります。さらに,OSCE(Objective Structured clinical Examination:客観的診療能力試験),CBT(Computer Based Testing)といった新しい試みが導入されています。厚労省の調査では,大学病院では,このような診療外時間が他の医療機関とくらべ長くなっていることが指摘されています[]。

図3は,日本医科大学の学校法人全体の女性教員の割合を示したものです。平成26年10月時点では,女性教員の割合は24.3%でした。教員の中には,医師以外の獣医学部や基礎医学が含まれており,女性医師が教員,指導医として継続している割合が少ないことが推測されました。

図3.

日本医科大学の教職員の現状(日本医科大学女性支援室:http://www2.nms.ac.jp/shien/links/data.html)

男性医師は40歳から50歳代で大学を離れ総合病院や診療所などへ勤務し,女性ではさらに若年の30歳代で離れる傾向が指摘されています[]。

新臨床研修医制度以後の外科医は少ないため,今後は外科の指導医の負担が増大することが推測されます。医学教育の充実のためにも,女性医師とともに男性医師も大学に長期に指導医として継続しやすい環境整備が必要と考えまられました。

Ⅵ 内分泌外科医の指導医として

日本医科大学内分泌外科の名誉教授である清水一雄先生は,1998年に内視鏡を使用した術式であるVideo assisted Neck Surgery(VANS法)を最初に報告しました[]。通常の甲状腺手術では,前頸部正中に切開創を置きます。VANS法では図4に示したように,切開創は,鎖骨下に3~4cmとカメラ用の同側頸部に5mmの合計2カ所です。創部は開襟シャツで隠れる位置であり目立ちにくく,女性の患者さんが多い甲状腺手術では整容性に利点があります。

図4.

VANS法の手術写真と創部の位置

内視鏡下の甲状腺手術は,2016年に良性疾患が,2018年に悪性疾患が保険収載されました。当科での手術件数も増加傾向にあり,国内外から多数の手術見学の問い合わせがあります。今後も,清水先生からご指導を受けた技術を継承しつつ,内視鏡下手術のより良い指導法を模索し,さらに患者さんにとってより良い手術を考えていきたいと思っています。

Ⅶ 終わりに

日本医科大学では,大学病院で働く女性の指導医は非常に少ない環境にあります。医師は,30歳くらいまでは,臨床研修,専門医取得などの目標があり大学に残ることが多いと思います。しかし,大学病院では,通常の診療時間に加えて医学生,若手医師への教育,研究や学会などの診療外の時間が増えていきます。

これからの医学教育には人手と時間が必要です。また大学は新しい研究を行う場でもあります。多様な人材で支え合い,新しいアイディアや柔軟な発想で職場を活性化していくことが求められていると思います。

【文 献】
  • 1.   野村 幸世, 冨澤 康子, 大津  洋他:日本外科学会男女共同参画委員会.日本医学会分科会における女性医師支援2015年 第3回アンケート調査.日外会誌 118:668-672,2017
  • 2.  厚生労働省:第2回医師の働き方改革に関する検討会 資料3( http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000178016.pdf ) 平成30年5月20日参照
  • 3.  日本医科大学:歴史と沿革 https://www.nms.ac.jp/college/introduction/policy/history.html  平成30年5月20日参照
  • 4.  厚生労働省:参考資料7,医師養成に関する参考資料 平成29年4月24日( http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000163157.pdf ) 平成30年5月20日参照
  • 5.   川村  顕:女性医師のキャリア選択―病院/診療所選択の男女比較.保険医療社会学論集19:94-104,2008
  • 6.   Shimizu  K,  Akira  S,  Tanaka  S: Video-assisted neck surgery in thyroid benign tumor:Report of the first case with the aim of scarless surgery on the neck. J Surg Oncolo. 69: 178-180, 1998
 

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