2018 年 35 巻 2 号 p. 141-144
症例は36歳女性。左頸部腫瘤指摘され当院へ紹介。紹介時の超音波検査では20mm大の囊胞の辺縁のみに充実部があり,細胞診の結果からも囊胞内の結節性甲状腺腫と診断し外来経過観察とした。1年後の再診時の超音波検査では囊胞内腫瘤は30mmまで増大し,その内部はほぼ充実成分に置き換わっていた。細胞診では明らかな乳頭癌の所見はないが核異型を認めclassⅢとの結果であり,急激に増大していることより手術施行した。術後病理では円柱細胞癌との診断であった。円柱細胞癌は,以前は予後不良とされていたが近年の報告では甲状腺組織外浸潤(以後:節外浸潤)がなければその臨床予後は通常の乳頭癌と同等であるとの報告が多数みられている。本症例に関しても節外浸潤なく手術可能であった1例を経験したので報告する。
甲状腺円柱細胞癌は1986年にEvans[1]によって初めて乳頭癌の亜型として報告された。この腫瘍は非常に稀であり甲状腺癌の0.17%を占めるとされる。以前は乳頭癌の亜型と分類されていたがその核所見は乳頭癌に特徴的な所見はなく2005年の本邦の甲状腺癌取り扱い規約からは独立した甲状腺癌の特殊型に分類されている。しかし2004年のWHO分類では甲状腺乳頭癌の亜型の1つとされており今後の改訂が待たれるところである。
今回術前診断が困難であったものの急激な囊胞内増大をきたしたため手術施行し,節外浸潤なく切除可能であった甲状腺円柱細胞癌を経験したので報告する。
患 者:36歳,女性
主 訴:前頸部腫瘤
既往歴,家族歴:遺伝性筋強直性ジストロフィー
現病歴:2014年10月に前頸部腫瘤にて近医受診。左前頸部腫瘤指摘され精査加療目的に当院紹介受診。初診時は2cm大の囊胞の辺縁のみに充実部があり細胞診にてclassⅠであったため外来経過観察とした。しかし,1年後の再診時に囊胞内腫瘤は30mmまで増大し,その内部はほぼ充実成分に置き換わっており,細胞診では明らかな乳頭癌の所見はないが核異型を認めたため手術の方針となった。
現 症:前頸部の正中やや左側に2cm大の弾性硬の腫瘤を触知した。
採血結果:甲状腺機能,サイログロブリン,抗サイログロブリン抗体,抗TPO抗体は,正常範囲であった。
超音波画像所見:2014年10月の初診時は20mm大の囊胞辺縁部に全体の30%程度の充実部分が認められた(図1)。2015年10月には腫瘤は30mm大に増大し,内部を充実性腫瘍が充満しており,内部腫瘤の増大が考えられた(図2)。
頸部超音波検査1.術前1年前。甲状腺左葉中部に20mm大の囊胞性病変の周辺に充実部が辺在している。
頸部超音波検査2.術直前。30mm大まで増大し,充実部が腫瘍内のほぼすべてを占めるように増殖している。
穿刺吸引細胞診所見:classⅢ:濾胞上皮細胞の核密度の増加を認め,個々の細胞は腫大し類円形や紡錘形を示す。核内封入体は認めず癌の可能性を考えるものの鑑別困難であった(図3a)。また,別の視野では円柱状の細胞も認めるもののこれらの細胞の核所見に異常は認めなかった(図3b)。
穿刺吸引細胞診
a:核異型を認めるが核溝や核内封入体は明らかではない(矢印)。
b:円柱細胞を複数認めるが,これらの核に異型はない(矢印)。
術中所見:腫瘤が周囲に浸潤している所見はなく,リンパ節腫大も認めなかった。腫瘤を切開生検し迅速病理検査に提出した。細胞質は大きく,核異型があるため何らかの癌の可能性が高いが乳頭癌に特徴的な所見はなく,甲状腺が原発とはいいきれない。との迅速診断であったため甲状腺腫瘍の悪性が疑われるため,左葉峡部切除+D1郭清に変更した。
病理所見:腫瘤は23×21×21mm,限局充実性腫瘤であった(図4a)。弱拡大では腫瘍細胞が乳頭状の増殖を認めており,全周にわたり甲状腺外への浸潤は認めなかった(図4b)。強拡大では縦横比が2を超える高い円柱状細胞の増殖を認めた。細胞核の重積が著明であり,核溝やすりガラス核は認めない(図4c)。
a:摘出標本(肉眼)
腫瘍径は23×21×21mmで限局充実型の腫瘤であった。
最大割面の拡大像を示すが被膜内は充実性腫瘤となっている。
b,c:病理組織学検査
b:HE弱拡大:腫瘍細胞が被膜を超える部位はなく,節外浸潤はなし。腫瘍細胞の乳頭状構造が著明であった。
c:HE強拡大:矢印部に縦に長い円柱細胞を認め,細胞核の重積が目立つ。細胞核はクロマチン濃度の高く,核溝はみられない。
術後診断はColumnar cell Carcinoma,限局充実型,pT2 N0(0/3)Ex0 M0,StageⅠであり,Ki67 indexは24.9%であった。
甲状腺癌取り扱い規約第7版では甲状腺円柱細胞癌の組織像は,「高円柱上皮細胞が偽重層化して乳頭状,策状,濾胞状,腺腔状に配列し,また充実性構造部も認められる。濾胞および腺腔の内部にはコロイド物質を欠く。腫瘍細胞は円形から長円形のクロマチンに富む核を有し,ところにより分泌期の子宮内膜腺上皮細胞のように核上ないし核下空胞が認められる。通常の乳頭癌と比べて予後は不良である。」とされている[2]。高い細胞質を示すため乳頭癌の亜型である高細胞亜型との鑑別が重要である。高細胞亜型では通常の乳頭癌と同様に核溝やすりガラス核,核内細胞質封入体を認め,円柱細胞癌ではこれら乳頭癌の核所見がないことが鑑別のポイントとなるため,甲状腺癌取り扱い規約第5版までは乳頭がんの一亜型とされていたが,第6版からはその他の腫瘍として分類されている。
Evansが初めて2症例を報告し,2症例とも2年以内に死亡に至ったと報告された[1]。その後も予後不良であるとの報告が相次いでなされ,Sywakらは合計41例の円柱細胞癌を平均43カ月追跡し,局所再発43%,遠隔転移36%,腫瘍関連死29%と報告した[3]。そのため,甲状腺円柱細胞癌は早期に遠隔転移をきたす予後不良な乳頭癌の一亜型とされていた。しかし,近年の報告では節外浸潤がなければその予後は良好であるとの報告が多数みられ,Bruseらは16例の円柱細胞癌を節外浸潤の有無で分け平均5.8年間追跡し節外浸潤のあった2症例のうち1例は術後2年後に死亡,もう1例も両側肺転移をきたし,節外浸潤のなかった14例は無再発で経過したと報告した[4]。
本症例の経過では,囊胞内の腫瘍の増殖は通常の乳頭癌よりはるかに早いと考えられた。また,腫瘍増殖速度は速いにもかかわらず,リンパ節転移や被膜外浸潤を認めなかった。これまで,画像による腫瘤自体の増殖スピードを経過観察した報告は少ない。以前の報告では被膜外浸潤をきたした報告が多かったが,これは本症例のように腫瘍の増殖が速いためではないかと考える。Hirokawaらは,本腫瘤の増殖スピードの速さは乳頭癌よりは未分化癌に近いものと言及している[5]。また,Katohらは組織型ごとにMIB-1標識率を測定した。その結果,円柱細胞癌では約20%の陽性率を認めるのに対し,乳頭癌1.83%,濾胞癌では3.18%,髄様癌1.17%,未分化癌32.67%(28.33~57.63%と幅がある)との結果を報告している[6]。
今回術前診断が困難であったが,急激な囊胞内腫瘤の増大をきたしたため手術施行し,節外浸潤なく切除可能であった円柱細胞癌の1例を経験した。本症例は,1996年1月から2015年10月までの当院における甲状腺癌920例中唯一の円柱細胞癌の症例である。
これまでの複数の報告から節外浸潤のない本症例の予後は良好であるとの期待ができるが,20年以上経過を観察した報告がないため長期予後に関するデータはなく,厳重な経過観察を行っていく必要がある。
紅林淳一にアストラゼネカ,中外製薬,協和発酵キリン,エーザイ,大鵬薬品工業,日本化薬,武田製薬工業から研究助成金,顧問料,田中克浩にエーザイ(株)から講演料,研究助成金がある。