日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
レンバチニブで生じた皮膚・軟部組織欠損に対して大胸筋皮弁充填術がQOL維持に有用であった甲状腺未分化癌の1例
中本 翔伍池田 雅彦久保 慎一郎山本 真理板野 陽子黒田 絵理山本 康弘寺本 未織赤松 誠之重西 邦浩大野 京太郎
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2018 年 35 巻 2 号 p. 145-149

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抄録

レンバチニブには腫瘍縮小・壊死に伴う頸動脈・静脈からの出血の有害事象があり,局所進行例に対する使用について注意喚起されている。われわれは,レンバチニブが奏効して生じた皮膚・軟部組織欠損を大胸筋皮弁で被覆・充填しQOLを改善できた症例を経験したので報告する。症例は86歳男性。甲状腺乳頭癌未分化転化で当科受診し,放射線照射後にレンバチニブを開始した。頸部腫瘍は著明に縮小したが,皮膚・軟部組織欠損となった。出血予防,QOL改善目的に大胸筋皮弁による被覆・充填を行った。術後6カ月間はQOL維持が可能であった。局所進行甲状腺未分化癌に対するレンバチニブ治療で生じた皮膚・軟部組織欠損に対して,筋皮弁などによる被覆・充填は有用であると考えられた。

はじめに

甲状腺未分化癌は極めて進行が早く,診断後6カ月,1年の生存率はそれぞれ36%,18%と非常に予後不良な疾患である[]。しかし,甲状腺未分化癌の薬物療法に関する標準治療は確立していない[]。その中で,レンバチニブは未分化癌に対して有効性を示し[],使用例が増加している。

しかし,多くが甲状腺外に浸潤した状態でレンバチニブが使用されている。そのため,市販後使用成績調査でレンバチニブによる有害事象として,腫瘍縮小・壊死に伴う頸動脈・静脈が多数報告され,適正使用ガイドで注意喚起されている[]。

今回,レンバチニブによる腫瘍縮小・壊死により皮膚・軟部組織欠損となったが,出血せず局所完全奏効を得られたため大胸筋皮弁で被覆・充填し,良好なQuality of life(以下QOL)を維持できた症例を経験したので報告する。

症 例

患 者:86歳,男性。

既往歴:前立腺癌。

現病歴:20XX-1年2月頃より右頸部腫瘤を自覚した。20XX-1年6月,前医受診し甲状腺乳頭癌(cT3N1aM0 StageⅢ)と診断されたが,年齢から経過観察とされた。20XX-1年11月末頃から頸部腫瘤の急速増大を認め,20XX年1月,当科受診した。画像検査で右肺中葉S5に結節影と,右内頸静脈への浸潤と閉塞を認め,穿刺吸引細胞診所見と合わせて甲状腺乳頭癌の未分化転化(cT4bN1aM1,cStageⅣC)と診断した。20XX年2月,頸部腫瘤に対して放射線療法(総線量30Gy/10日間)施行したが増大傾向であった。有害事象や合併症のリスクを本人,家族に説明し,同意を得た上でレンバチニブを開始した。

穿刺吸引細胞診所見( 図1 :細胞質が厚い扁平上皮様の細胞が散見された。核に異型があり,紡錐形であった。角化細胞も認めた。

図 1 .

穿刺吸引細胞診所見

多数の好中球と組織球の背景に細胞質が厚い扁平上皮様の細胞が散見され,角化細胞も認めた。

経 過:レンバチニブによる高血圧,手足症候群,食思不振など有害事象を認めたが,適宜休薬・減量しながら継続した。また,有害事象出現時は当院に電話連絡の上で適宜休薬するように患者教育していた。頸部腫瘍は著明な縮小を認め,腫瘍直上の皮膚・軟部組織欠損を認めた(図2,3)。局所からの出血は認めなかったが,欠損部から右鎖骨が露出するようになり疼痛も出現した。画像上完全奏効と判断し,疼痛コントロール,出血リスク軽減,QOL改善目的に頸部デブリードマンと大胸筋筋皮弁充填術を行った。治療中断による局所増悪を懸念し,レンバチニブは継続したまま手術を行ったが,創傷治癒遅延は認めなかった。術後合併症なく経過し,術後6カ月間はQOL改善が得られた(図4)。また,経過中肺結節の増大は認めなかった。有害事象によるレンバチニブ休薬期間中の充填術後7カ月目に局所再発と遠隔転移の増悪(右腋窩リンパ節転移の出現,肺転移の増大および新規の多発肺転移出現)を認め,術後11カ月目の20XX+1年7月に多臓器転移(肺,胸膜,肝,膵)のため死亡した。レンバチニブ投与開始後の当院での治療経過を図5に示す。

図 2 .

頸部腫瘤の肉眼的所見の推移

初診時は緊満感を伴う腫瘤であった(a)。レンバチニブ投与により著明に縮小していったが,皮膚・軟部組織欠損(レンバチニブ内服後 b:51日,c:177日)となった。

図 3 .

頸部CT画像検査の推移

初診時は囊胞成分を伴う充実性腫瘤で右内頸静脈,右総頸動脈浸潤への浸潤を認めた(a:初診時)。レンバチニブ投与により著明に縮小していったが,皮膚・軟部組織欠損(レンバチニブ内服後 b:71日,c:171日)となった。

図 4 .

大胸筋皮弁術後1カ月の肉眼所見と画像所見(レンバチニブ内服後215日)

肉眼所見(a),CT画像所見(b,c)を示す。術後合併症なく経過した。被覆した筋皮弁部に再発徴候は認めなかった。

図 5 .

当院での治療経過

レンバチニブ投与開始後から死亡までの用量変更日と発生した有害事象をそれぞれ表す。それぞれの投与期間中において患者の判断で休薬している期間も含む。

HFS:手足症候群,HT:高血圧,LEN:レンバチニブ,PD:progressive disease,PR:partial response,SD:stable disease

考 察

甲状腺未分化癌は診断時すでに,局所進行,もしくは遠隔転移を認める場合が多い。しかし,集学的治療は生存率やQOL改善につながる可能性があるので,これを行うように推奨されている[]。

StageⅣAは根治を目指し,StageⅣBは,生存期間の延長を目的として手術と集学的治療が行われるべきとされる[]。その際に使用する化学療法としてドキソルビシンやタキサン系,プラチナ製剤などが候補に挙がる[,]。その中でもパクリタキセルの有用性が報告されている[,]。StageⅣCは緩和ケアを中心とした治療を考える中で,ある程度の生存期間が期待できる症例には,薬物療法や放射線治療による局所コントロールを行い,QOL維持・改善を期待する[]。

近年開発された分子標的薬としてレンバチニブは未分化癌に対して有効性を示し[],実臨床で使用が可能となっている。しかし,現時点で未分化癌に対するレンバチニブの適応や位置づけに関する明確な記載はない[,]。そのため,適応は各施設の判断に委ねられているのが現状である。その中で,56例の未分化癌に対するパクリタキセルの治療成績の検討では全生存期間中央値が6.7カ月(4.4~9.0)とする報告がある[]。一方,17例の未分化癌に対するレンバチニブの治療成績の検討では全生存期間中央値は10.6カ月(3.8~19.8)であった[]。症例数が少なく,患者背景も異なり厳密には比較できないものの,レンバチニブを一次治療で使用する事は妥当と考えるので,当科では未分化癌に対してレンバチニブを一次治療として選択している。現在日本未分化癌研究コンソーシアムにおいて未分化癌に対するレンバチニブの臨床試験が行われており,レンバチニブの一次治療としての意義についての解析が待たれる。

自験例は原発巣の頸部腫瘤の未分化転化(cT4bN1aM1,cStageⅣC)であっため,QOLの維持・改善のため局所制御目的にレンバチニブを使用した。しかし,囊胞形成と放射線治療により皮膚は脆弱であり,右内頸静脈浸潤も認めていたため,レンバチニブによる出血リスクは非常に高い症例であった。

レンバチニブによる腫瘍縮小・壊死に伴う頸動脈・静脈からの出血は甲状腺未分化癌の3.4%に認め,発現までの中央値は27日(8~153)とされる。頸動脈・静脈への浸潤だけでなく皮膚浸潤や皮膚・軟部組織欠損など他の要因と合わせてリスクを総合的に判断すべきである[]。自験例では放射線治療で局所制御できず,本人・家族と十分リスクについて相談した上で,レンバチニブ開始を選択した。予想通り皮膚・軟部組織欠損を認めたが出血せず,レンバチニブで局所の完全奏効が得られた。そこで欠損部を筋皮弁で被覆・充填することで疼痛コントロール,出血リスク軽減,QOL改善に成功した。

自験例ではレンバチニブ内服中に手術を施行したが,レンバチニブによる創傷治癒遅延が報告されており,注意が必要である[10]。しかし,具体的な至適休薬期間のエビデンスはない。適正使用ガイドには7日間を目安に休薬と記載されており[],未分化癌コンソーシアムでの一般的なコンセンサスとしては,手術までに2週間の休薬,生検なら1週間とされることが多い。一方で,休薬による弊害の可能性も考えられる。他癌領域において分子標的薬の使用中止により急激な腫瘍増大を認めた報告[11]や甲状腺未分化癌に対するレンバチニブの使用中止後に急速増大した1例が報告されている[12]。そのため,分子標的薬の継続的な投与が重要である可能性が示唆されている。自験例ではレンバチニブ休薬中の急速増大や術後早期再発による皮膚・軟部組織欠損のリスクと,創傷治癒遅延のリスクを検討し,レンバチニブ継続を選択した。患者の全身状態や腫瘍量,生じうるリスクを総合的に評価して休薬期間を判断すべきであると考えられた。

各々の症例で慎重に適応を考え,インフォームドコンセントの上で行う事が前提ではあるが,局所進行した甲状腺未分化癌に対するレンバチニブによって局所制御が可能となり,QOLの維持・改善,さらに生存期間延長も期待できる可能性があり,本人・家族の希望があれば試す価値があると考えられた。

おわりに

局所進行甲状腺未分化癌に対するレンバチニブ治療で生じた皮膚・軟部組織欠損に対して,筋皮弁などによる被覆・充填は有用であると考えられた。

【文 献】
 

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