日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
悪性褐色細胞腫の内科的治療と展望
田辺 晶代
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キーワード: CVD療法, Metyrosine, 骨転移, 便秘
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2018 年 35 巻 4 号 p. 251-254

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抄録

悪性褐色細胞腫/傍神経節細胞腫の根治治療は未だ存在しない。再発,転移例の治療目標は,カテコラミン過剰症状による症状,転移巣の局所症状をコントロールし,ADLを保つこと,死因となる心不全発症を遅らせることである。多発転移を有する例でも手術による腫瘍容積の減少はカテコラミン過剰の是正に一定期間有効である。手術困難例では全身的治療である化学療法(CVD療法),131I-MIBG治療を考慮する。カテコラミン合成阻害薬であるMetyrosineは本邦における臨床試験が2017年に終了し製造販売承認の申請中である。近年海外ではチロシンキナーゼ阻害薬,免疫チェックポイント阻害薬による治療が試行されているが効果は未確定である。対症療法として骨転移には骨折予防,疼痛緩和のため放射線外照射を併用する。重症の慢性便秘には非選択的α受容体遮断薬を用いるが本邦で使用できる非選択的α受容体遮断薬は静脈投与製剤であるPhentolamineのみである。

はじめに

褐色細胞腫/傍神経節細胞腫(PC/PGL)のうち再発・転移を呈する悪性例は約10%であり,そもそもPC/PGLの症例頻度が低いことから悪性例の総数は少ないが,単発腫瘍の場合には術前の生化学的検査,ホルモン検査,画像検査のみならず摘出腫瘍の病理検査でも良悪性の鑑別が極めて困難である。このため2017年7月に改訂されたWHO内分泌腫瘍分類[]では,全例が転移の可能性がある悪性腫瘍に分類された。原発巣発見時に転移を有さない症例では,原発巣手術時には良性と診断され,転移や腫瘍の増大が緩徐に進行し数~数十年後に局所再発や転移巣が発見される症例が多い。一方,原発巣手術時に転移を有する症例の進行は比較的早いことが報告されている。腫瘍の残存,転移には集学的治療が行われるが,確実で有効な治療法はなく,悪性PC/PGLは臨床的に最も診断,治療が困難な内分泌性高血圧症の一つである。

悪性PC/PGLの治療

悪性PC/PGLの根治治療は未だ存在しない。しかし比較的進行が緩徐で,初回診断時から死亡までの経過が数十年と長期にわたる症例が多い。そのため再発,転移を有する症例の治療目標はADL低下の原因となるカテコラミン過剰症状のコントロール,無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)の延長である。

ADL低下に大きく影響する症状はカテコラミン過剰による動悸,血圧変動(発作性高血圧と起立性低血圧),重症便秘・麻痺性イレウス,骨転移による疼痛・機能障害であり,主な死因はカテコラミン過剰による致死性不整脈や心不全である。カテコラミン過剰を是正するため,悪性例でも全身状態が良好で,多発性の肝・肺転移,腹膜播種がなく,摘出術の標的とする腫瘍が浸潤性でなければ原発巣,転移巣の摘出術を考慮する。悪性PC/PGLに対する手術療法は根治的ではないが,カテコラミン値と腫瘍容積が正相関するため,腫瘍容積の減少は高カテコラミン血症改善に一定期間有効である。手術困難例ではαβ遮断薬を中心とした薬物療法,カテコラミン合成阻害薬であるMetyrosine内服,化学療法,131I-MIBG内照射療法を行う。転移巣に対する局所治療として肝転移に対する経カテーテル的肝動脈塞栓術(TAE),ラジオ波焼灼療法,骨転移の骨折予防,疼痛緩和のため放射線外照射などを考慮する。

化学療法

手術困難例では全身的治療である化学療法(CVD療法)を考慮する。1988年,Averbuchら[]は悪性PC/PGLが神経芽細胞腫と同じ神経原性腫瘍であることから両者は同様の臨床的,生物学的特徴を有すると考え,神経芽細胞腫に対し有効性の高いCyclophosphamide,Vincristine,Dacarbadine併用による化学療法(CVD療法)を悪性PC/PGLに応用した。本邦ではそれぞれの薬剤の悪性PC/PGLへの保険適用が2013年に承認された。2014年に発表された4つのコホート研究のメタ解析[]によると,計50例の検討で腫瘍容積の反応性は完全奏効4%,部分奏効37%,不変14%,2つのコホート研究からの計35例の検討で生化学的反応性は完全奏効14%,部分奏効40%,不変20%であった。有効例のPFSは2つのコホート研究から引用され,それぞれ平均20カ月[],40カ月[]であった。一方長期的な効果は,CVD治療例とCVD未治療例との予後を比較した検討が少ないため不明であり,化学療法が生存率の改善に寄与するという証拠は得られていない。

Metyrosine

MetyrosineはPC/PGLにおける高カテコラミン血症に対し1979年に米国で承認されたカテコラミン合成阻害薬である。良悪性を問わず,外科手術前の処置,外科手術が禁忌の場合の患者管理,悪性例の慢性的治療に対して適応が承認されている。本邦では2015年に第Ⅰ相/第Ⅱ相臨床治験が行われた。16例に12週間の投与が行われ,12例(慢性投与群9例,術前投与群3例)が試験を完結した。尿中メタネフリン(M)分画は平均約45%減少,31.3%の症例で50%以上減少した。全症例の50%で症状の改善が見られた。また尿中M分画減少が約40%であったものの,重症便秘が著明に改善した症例も見られた。主な副作用はGrade3以下の眠気・傾眠傾向が16例中13例であった[]。治験は2017年に終了し,2018年9月現在,製造販売承認の申請中である。

分子標的治療

細胞傷害により標的組織の増殖を抑制する従来の抗癌薬に対して,近年,細胞増殖に関与する特定の因子を阻害し,標的組織の増殖を抑制する分子標的治療薬が各種の悪性疾患に臨床応用されている。海外では悪性PC/PGLに対する分子標的治療薬治療が試行されている

1)チロシンキナーゼ阻害薬

チロシンキナーゼ阻害薬であるSunitinibは血管新生抑制作用,抗腫瘍作用を発現する。PC/PGLではsuccinate dehydrogenase subunit(SDH)遺伝子の変異を有する症例が報告されている。SDH遺伝子変異は細胞内低酸素経路を亢進し,その結果apoptosis減少,活性酸素産生増加,正常酸素下でのhypoxia-inducible factor(HIF)-α亢進などのミトコンドリア内の細胞増殖シグナルやVEGFなどの血管新生因子の活性化が促進され腫瘍化につながる可能性が考えられている。このような背景から悪性PC/PGLに対するSunitinibの有効性が期待された。

Joshuaら[],Jimenezら[]は転移を伴う悪性PC/PGL計4症例において全例でSunitinibによる腫瘍縮小効果が認められたと報告した。しかしながら長期成績はまだ報告されていない。Sunitinibの本邦における一般的な重篤な副作用として心室性不整脈,骨髄抑制(血小板減少),播種性血管内凝固症候群,膵炎が挙げられる。また,重篤ではないが,手掌・足底の皮膚病変(手足症候群),甲状腺機能低下症も特徴的である。

Sunitinibの効果に反して,別のチロシンキナーゼ阻害薬であるImatinibは悪性PC/PGLに有効でなかったとの報告[]がある。Pazopanibも臨床治験が進められていたが,対象6例において悪化4例,2例でたこつぼ心筋症を合併する高血圧クリーゼを発症し試験が中止された(表1)。各種薬剤の有効性の判定にはさらに臨床試験を重ねる必要がある。

表1.

進行中の臨床試験

2)Mammalian target of rapamycin(mTOR)阻害薬

mTORは低酸素によるHIFの活性化経路を促進的に調節している。mTOR阻害薬によるHIF阻害を介した血管新生抑制,腫瘍増殖抑制は悪性PC/PGLにおいて有効であると推測され海外で臨床治験が施行されたが,Everolimusの臨床試験で対象7例において悪化2例,不変5例,PFS3.8カ月でありCVD治療を上回る有効性は見られなかった(表1)。副作用として間質性肺炎,免疫抑制作用によるウイルス性肝炎,結核などの感染症悪化,腎障害,骨髄抑制などが見られる。

3)免疫チェックポイント阻害薬

低酸素・偽低酸素状態は腫瘍組織に対する免疫反応を低下させることが報告されている。PC/PGLでは腫瘍発育の基盤に低酸素・偽低酸素状態が存在することから,免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待され,2015年から米国でPembrolizumabの臨床試験が行われている(表1)。

骨転移治療

悪性PC/PGLは骨転移の頻度が高い。骨転移は易骨折,疼痛,脊髄圧迫による機能障害の原因となりADLを低下させる。このため,骨折予防,疼痛緩和目的で放射線外照射療法,ビスフォスフォネート,オピオイド系鎮痛薬による治療を検討する。

放射線外照射療法は骨折予防,疼痛緩和に有効である。一方,PC/PGLの放射線感受性が高いとの報告はなく,腫瘍縮小効果は期待できない。通常,一回2Gyを連日照射し,総線量20~50Gyとする。副作用は照射部皮膚症状,骨髄抑制による軽度の白血球減少などであるが,稀に照射による腫瘍崩壊のため高血圧クリーゼを発症するので注意を要する。

近年,各種固形癌の骨転移に対するビスフォスフォネートの有効性が明らかとなり,ゾレドロン酸が保険適用となった。骨折予防,疼痛緩和,高カルシウム血症の予防に有効であるが,乳癌では直接抗腫瘍作用を示すことが報告されている。悪性PC/PGLの骨転移による骨病変に対しても保険適用があるが,有効性は不明である。ゾレドロン酸は4mgを生理食塩水または5%ブドウ糖液100mlに希釈し,15分以上かけて点滴静脈内投与を行う。副作用として発熱,嘔気,倦怠感などがある。ビスフォスフォネート系薬剤全般で見られる顎骨壊死・顎骨骨髄炎に注意する。妊娠中または妊娠している可能性のある女性には禁忌であるが,将来妊娠する可能性のある女性においても,骨基質に取り込まれた薬剤の長期の影響が不明であるため,治療上の有益性が危険性を上回る場合にのみ投与する。

重症便秘・麻痺性イレウス

生体内ではカテコールアミン受容体の局在が臓器によって異なる。心血管系はα1,2受容体ともに発現しているが,消化管には主にα2受容体が発現している[10]。カテコラミン過剰によるα受容体刺激は腸管蠕動運動を低下させ慢性便秘を引き起こす。悪化すると重篤で致死的な麻痺性イレウス(図1),敗血症を生じる。このため腸管蠕動を改善するためにはα2受容体を遮断する必要がある。α受容体遮断薬にはα1に選択的に作用する選択的α1受容体遮断薬(Doxazosin,Prazosin)と,α1,α2に作用する非選択的α受容体遮断薬(日本未承認の経口製剤Phenoxybenzamine,静脈投与製剤Phentolamine)がある。カテコラミン過剰による腸管蠕動障害には非選択的α受容体遮断薬の投与が必要であるが,本邦では経口薬のPhenoxybenzamineが未承認であるため,注射剤のPhentolamineを選択する。Phentolamineは著効するが,効果持続時間が極めて短く,治療のために長期入院が必要になることが多い。予防的な緩下剤や植物油投与,高繊維食による日常的な便通コントロールが重要である。

図1.

カテコラミン過剰による麻痺性イレウスの腹部単純レントゲン像

今後の展望

表1に現在進行中の臨床試験をまとめた。分子標的治療薬,免疫チェックポイント阻害薬はこれまで有効な治療法がなかった症例や疾患に対して飛躍的な有効性を発揮している。悪性PC/PGLも確実で有効な治療法がない疾患の代表としてこれらの薬剤の臨床応用が期待される。一方でいずれも悪性PC/PGLに対する保険適用がなく高額な治療費を要することや,疾患ごとの有効量や耐用量は副作用や毒性は未知であることから,今後,本邦で保険適応が承認された他疾患における状況を慎重に観察する必要がある。

おわりに

悪性PC/PGLは,発生頻度は低いが比較的若年から壮年層に認められ,確立した治療法がなく数年から数十年の長期にわたって身体面,社会・家庭生活面で大きな負担を強いられる難治性疾患である。悪性PC/PGLを根治させる治療は未だ存在しない。また,現在施行されている各種治療も世界的に大規模な検討がなく長期予後への影響は明らかではない。しかしながら集学的治療により限られた期間でもカテコラミンをコントロールすることは“QOLを向上させ,通常の生活を送ることが出来る時間を延長させる”目的で大きな意義があると考えられる。

【文 献】
 

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