日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
Rapid Response Systemは甲状腺外科術後頸部血腫による心停止回避に有効か?
新井 正康
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2019 年 36 巻 2 号 p. 68-73

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抄録

Rapid Response System(RRS)とは,院内心停止数時間前のバイタルサインなどの軽微な異常を心停止の警告的な前兆と捉え,その段階で早期介入を行い,患者予後を変えようとする体制である。患者異常に気づいてRRSを起動する起動要素(起動基準,病棟メンバー)と,要請に応需する対応要素(集中治療の専門家など)からなる。頸部血腫による心停止は,ノンテクニカルスキルの向上により回避できる可能性がある。RRSの起動基準に頸部血腫に特徴的な兆候を加えるとともに,頸部腫脹時の再開創プロトコールを整備し,その中でRRSの役割を位置付けることが重要である。RRSが従来の<担当医-看護師>関係の間に入ることにより,職種間の情報や危機感の共有,協力支援体制が推進されることが考えられる。普段から,患者急変時の基盤システムとしてRRSを定着させておくことが,頸部血腫対策の前提としても重要と考えられる。

1.はじめに

甲状腺外科手術には長い歴史があり,近年その安全性は飛躍的に向上してきたといえる[,]。しかし,頻度は低いものの,頸部血腫に伴う窒息,心停止,死亡事例は未だ散見されており,克服されなければならない課題である。甲状腺外科術後頸部血種(以下,頸部血腫)による窒息の頻度は0.7~1.75%前後であり[,],発症時期としては,術直後から術後数週[,],リスク因子としては高齢男性,喫煙歴,抗凝固,抗血小板薬内服,バセドウ病,手術内容,術後高血圧などが知られている[,]。頸部血腫による気道閉塞は早期に気づいて,時期を逸することなく適切に対処すれば,回避できる可能性が高いことも知られている。しかしなぜ繰り返されるのか,術後どのような院内体制を敷いておけば回避できるのか,については未だわかっていない点もある。近年,入院患者の院内心停止を防止する体制としてRapid Response System(RRS)を導入する施設が増加してきた[11]。RRSは疾患特異的な対策ではなく,頸部血腫に伴う窒息,心停止,死亡防止にも有効か否かについては分かっていない。本稿では一般的な院内心停止とRRSについて解説しつつ,その中で頸部血腫に伴う心停止回避について,どのようにRRSを適応してゆくかについて考察したい。

2.院内心停止の病因とFailure to Rescue

1)院内心停止の疫学

院内心停止の6.5~8時間前には,警告的前兆が出現するとの報告がある[1213]。Schleinらは院内心停止の84%の患者に,心停止8時間以内にバイタルサインの異常(呼吸や精神症状を含めた意識の異常),新しい症状の出現や,既存の症状の悪化が記載されていると報告した[14]。このことは,バイタルサインなどの変化をガイドにして,前向きに患者観察してゆくことで約80%の場合,数時間先の心停止の危険を察知できる可能性があることを示している。ここに介入しようとするのがRRSの基本的な考えである。一方で,このような患者の変化に気付かず,また気づいても適切に対応(対応の高度化;escalation)できないと死亡につながるとされている[]。これをfailure to rescue(以下FTR,救命の失敗)と呼び,臨床現場ではよく見かけることとされている。更に,観察するべきことをしていなかった,対応するべきことをしていなかったという意味において,しばしば医原性であるとも言われている[]。現状の医療現場において様々な困難があると思われるが,頸部血腫による心停止や死亡の多くはFTRである可能性が高いと考え,対策を講じるべきである。

頸部血腫には,様々な速度で窒息に至る場合が知られている。緩徐な出血の場合には,数時間は窒息に至らず,その間に気づいて対処可能であり,前述した80%前後の院内心停止に含まれうるものである。一方同じ頸部血腫であっても,窒息までが数時間もない急速進行性の出血に対しては別の認識や対応が必要である。

2)院内心停止・FTRの背景

院内心停止の予後改善のためには,心停止後の対応ではなく,心停止前に介入しなければならないと考えられている。しかし院内であっても,心停止するかもしれない患者を事前に同定し,対応するには,実は様々な困難があるとされている。表1はJohnsらの総説[]の記載を元に,なぜ気づけないか,なぜ対応できないか,その結果どのようにしてFTRに陥るかについて記載したものであり,Wilsonらがオーストラリアにおける有害事象を調査した報告とも関連している[1516]。その調査では有害事象の原因として,技術的(テクニカル)な問題に起因したのは34.6%であった。逆に57%は認知の失敗に関わるもの(情報共有不足や間違った情報に基づく判断)で,その他専門家へのコンサルトや手技の依頼,人的支援の調整の失敗,プロトコールの未実施,医療の質のモニタリングとその保証過程の不備,教育やトレーニングに基づく問題が多かった。これらはいわゆるノンテクニカルな要素である。そこでFTRを解決する一つの方法としてRRSに期待されることは,気道確保などのテクニカルスキルの提供だけではなく,このようなノンテクニカルな部分への寄与である。

表 1 .

院内心停止・Failure to Rescueの背景

3.RRSとは何か?

1)RRSの基本コンセプト

RRSとは,一般病棟入院中患者のバイタルサインの変化を,心停止の警告的な前兆と捉え,心停止が発生する前の早期に,人的(救急蘇生や集中治療の経験のある医師,看護師などからなる専門家),物的医療資源(モニター,ICUなど)を集中させて,患者予後(心停止や死亡)を変えようとする医療安全体制である[11]。院内心停止のハイリスク患者を同定する目的で設定されたRRS起動基準(後述),その基準をもとに患者の異変に気づいてシステムを起動する病棟スタッフ側の因子(起動要素)と,それに対応して患者のもとに赴き,当該診療科医師や病棟スタッフと連携する専門チーム(対応要素)の両方が連携することが重要である[10]。なお対応要素として医師がいるチームをMedical Emergency Team(MET),非医師(多くは看護師)で構成されるものをRapid Response Team(RRT)と呼ぶことが多い。システムを指す場合は,ともにRRSという。

RRSによって,ハイリスク患者の基準が明確になり,それに基づいてMET/RRTが要請されるようになると,従来からある診療科内や病棟内における報告,指示経路,職種内あるいは職種間のバリア,ヒエラルヒー(医療の構造,文化習慣),patient owner shipやsilos of specialtyなどから離れた診療やケア上の提言が期待される。更に診療科や病棟内のコミュニケーション促進,情報や危機感の共有促進に寄与することが考えられている。

RRSの対象は,急性の心不全,呼吸不全(肺水腫,肺炎など),循環不全(低容量性,低血圧),不整脈,敗血症,意識障害など,疾患や病態非特異的で,内科系,術後を問わない。RRSのアウトカムとしては①院内総死亡率の低下,②予期しない(DNAR以外の)院内心停止や死亡の減少,③予定外(緊急)のICU入室の減少,④ICU外心停止率の低下,⑤Code Blueの減少などである[11]。RRSは予期しない心停止を防止することが目的であり,この点においてCode Blueとは全く異なるものである。またICU入室中の患者,手術中,検査や処置中の心停止,非入院患者などは,RRSのアウトカム評価の対象とはならない。

2)RRSの普及状況

2005年,IHI (Institute of Healthcare Improvement)による医療安全を目指した“100,000 Lives Campaign”に,北米3,700病院が参加した[17]。そこで,RRSにより心停止が15%減少したと報告され,RRSが医療の質の改善と死亡率低下のための重点整備項目とされたことから,これ以降RRSは特に先進国を中心に,世界的に普及する方向にある。2008年,JCI(Joint Commission)ではアメリカの病院におけるRRS導入の義務付けを推奨し[18],2015年アメリカ心臓協会(AHA)では院内心停止防止目的で,一般病棟におけるRRSを推奨した[19]。また本邦においても,日本医療機能評価機構の評価項目に「急変の兆候を捉えて対応する仕組み」が取り上げられ[20],RRSは医療の質と安全に関わる基本的な院内体制として受け入れられつつある。

3)RRSを構成する基本要素

RRSは①起動要素,②対応要素,③システム改善要素,④指揮調整要素の4つの要素が必要とされている。ここでは診察やケアに直接関係する①と②について述べる。

ⅰ)起動要素

システムの起動はRRSの中で最も重要な要素である。起動要素は,①要請者,②起動基準,③RRTと連絡が取れる直通PHS番号,などから構成される。患者の変化に対して,RRSの起動が遅れると院内死亡率が上昇することが知られている[21]。その意味で要請者が起動しやすい基準が必要である。起動基準は院内心停止疫学に基づいて設定されており,基準抵触患者の死亡率は高いことが知られている[22]。起動基準の方式にはいくつかあるが,代表的なものを紹介する。図1の上部黒枠部分は,オーストラリアのオースチン病院のRRS起動基準である[]。この基準は,この中のどの一項目でも陽性であれば起動できるという方式である(Single Parameter Track and Trigger System;SPTTS)。この特徴は,生理学的指標を含む客観的項目と,平易な言葉や文章で表される主観的項目(例えば「患者に何らかの不安を感じた場合」など)の両方を含んでいることである。医師や看護師以外の医療従事者,患者家族などでもRRS起動しやすい基準となっている。

図 1 .

Austin病院のMET Call(RRS起動)基準(黒枠)と頸部血腫関連項目を追加した基準(黒点線枠)

ⅱ)対応要素

対応チームのメンバー要件として,理想的には救急蘇生や集中治療の経験があり,①急変の診断ができる,②初期治療(蘇生)を開始できる,③より高度な病棟(ICUなど)への転送を決定できる権限または調整能力がある,などである[11]。対応チームが現場で行う最も重要なことは,患者の状態が悪化した理由の診断と,その後の適切な管理方針の提示である。管理方針とは,①どの病棟で(ICUか否か),②どの指示系統で(転科の有無),③どこまで治療するか(蘇生コードや治療制限)である(表2)。ここは非常に誤解される点であるが,対応チームの目的は,当該科の治療から患者を取り上げることではなく,適切にセカンドオピニオンを提示することである[]。危機的な緊急状態でなければ,それを採用するか否かは当該科との議論の中で決定されてゆく。

表 2 .

MET/RRTが現場で行うこと

4.頸部血腫に対するRRSの適応と期待される効果

頸部血種に対してRRSが有効であったという個別の検討や報告があるわけではない。ここでは甲状腺術後患者が多く収容される施設,病棟でどうするかという面から考察した。

1)起動要素

頸部血腫対策として,いかに異常に気づくかが,最も重要である。甲状腺術後頸部血腫の症状としては,頸部腫脹(緊満),それに伴う頸部圧迫感,息苦しさ(呼吸困難),創痛がある。また頻呼吸,努力呼吸,起坐呼吸,不穏も出現する。その他頸部周囲径の増大,ドレーン排液の増加があり,頸部を聴診すれば狭窄音を聴取するかもしれない。ごく早期には特異的症状に乏しく,観察者の懸念として認識される場合もある。このような頸部血腫の特殊性を勘案すれば,SPTTSに頸部血腫に特徴的な項目を追加したRRS基準は考慮されるべきである(図1 オースチン病院の基準に下部黒点線枠を加えたもの)。

RRS起動基準は,院内心停止の疫学に基づき,院内心停止のハイリスク患者の識別を目的としている点が,従来からあるドクターコール条件とは異なる。しかしこと甲状腺術後においては,当該診療科医師から頸部血腫を意識した十分なコールの指示が出されていると考えられる。それにも関わらず,窒息,心停止,死亡に至る真の理由については不明である。1つは,頸部血腫では早期症状に乏しい場合もあり,その判断も困難で,現場スタッフが疑ったとしてもドクターコールを躊躇して対応の遅延を生じている可能性が考えられる。2つめには,現場スタッフ間,職種間において,情報や危機意識の共有が十分されていない可能性もある。これら2つの点に関しては,従来のドクターコール条件だけではなく,RRS基準に基づいてMET/RRTが関わることで,FTRの回避に寄与する可能性がある。3つめとして,バイタルサインの評価と評価の間に,急速に気道閉塞が進行する場合が考えられる。この場合はRRSの導入だけでは解決されない。患者教育とともに,連続的モニタリング[23],あるいはウェアラブルなモニタリングの応用などについて今後検討課題してゆく必要がある。

2)対応要素

最も問題となるのは,再開創の判断と外科的技術(テクニカルスキル)である。当該科医師が対応できることは理想的であるが術後常時対応が困難な場合もある。一方で,当該科医師が対応したにもかかわらず,頸部血腫の進行が認識されず,有害事象が発生していることも事実である。時間的猶予があれば再開創の判断力と技術を持ったメンバーを現場に動員することがMET/RRTの役割である。一方,急速進行性で窒息が切迫している場合を想定したプロトコールを準備することも,MET/RRTの役割を明確にする意味で重要と思われる。頸部血腫の特殊性については,MET/RRTに対する日頃からの教育啓蒙も重要と思われる。少しでも疑えば頸部血腫を念頭に置くとは言っても,直ちに再開創を判断することが困難な場合も少なくない。その場合はICUや病棟において観察を強化することになるが,その場合においてもMET/RRTは一定の役割を発揮することが可能である。

3)院内心停止防止の基盤システムとしてのRRS

頸部血腫の症状としてあげられているものには非特異的なものも多く,他の疾患や病態(例:肺水腫,分泌物による気道閉塞,肺血栓塞栓症)を示している可能性もある。頸部の腫脹も明らかではない場合もある。特定の疾患や手術に対して,個別に対策を講じるというよりは,そもそも入院患者は急変の可能性があり,医療従事者はそれを見つけて,対応しなければならないという医療安全上の意識や文化習慣の変革が必要である。まず普段から,患者急変時の基盤システムとしてRRSを定着(RRS起動される,MET/RRTが対応する)させることが,頻度の低い,特殊な頸部血腫対策の前提としても重要と考えられる。

5.最後に

近年甲状腺手術は非常に安全な手術になってきたと言える。一方で,頻度が少ないながらも頸部血腫に伴う窒息,心停止,死亡が今なお,散見されるという問題が残っている。何が起きているのか,そして何をしなければならないか,が分かっているにも関わらず,この問題が長い間解決されていない理由について考える必要がある。ここでは,RRSが唯一の解答であると断言しているわけではない。しかし,甲状腺手術による治療効果が最大限患者に還元され,頸部血腫による不幸な顛末を無くするためにも,今までとは異なったアプローチや枠組みの導入を考慮するべきではなかろうか。

【文 献】
 

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