日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
特集2
内分泌療法耐性機序としてのESR1遺伝子変異
加々良 尚文野口 眞三郎
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 36 巻 2 号 p. 96-100

詳細
抄録

乳癌の約70%はエストロゲン受容体(ER)陽性であり,内分泌療法の適応となる。ER陽性の転移再発乳癌の治療には,一般に副作用の少ない内分泌療法が優先的に使用されるが,多くは治療中に耐性を生じる。近年,耐性機序の一つとして,エストロゲン受容体(ER)をコードするESR1遺伝子の変異が報告され,長期のアロマターゼ阻害剤(AI)治療後に高頻度で生じることがわかった。これらの変異はエストロゲン非依存的なER活性をもたらすことにより,種々の内分泌療法にも抵抗性を示し,全生存期間にも影響を与える。変異の検索には,血中循環腫瘍DNAが利用可能であり,ESR1を対象としたリキッドバイオプシーが治療効果予測や予後予測に有用と考えられる。以下,乳癌におけるESR1変異の臨床的意義や特徴について概説する。

1.はじめに

乳癌の約70%を占めるER陽性症例において,内分泌療法は最も重要な治療法の一つであり,アロマターゼ阻害薬(aromatase inhibitors;AIs)や選択的ER作動薬(selective estrogen receptor modulators/degraders;SERMs/SERDs)が一般に用いられている。転移再発乳癌においても,病状が許せば,抗癌剤と比し副作用が少ない内分泌療法が第一選択として優先的に使用される[]。しかしながら,一部の症例は内分泌療法に対して不応性であり,また有効症例においてもいずれは治療に耐性を生じる[]。耐性には様々な機序が関与するが,ESR1遺伝子変異がその原因の一つとして報告された。

2.ESR1遺伝子について

ESR1遺伝子は,ヒト6番染色体長腕(6q25)に存在し,ERαをコードする。ERは核内受容体ファミリーに属し,2つのactivation function domain (AF1/2)とDNA結合領域,ヒンジ領域,リガンド結合領域(LBD;ligand biding domain)から成る。Estrogen(E2)がLBDに結合することによりhelix12の立体構造が変化し,必要な共役因子が招集され転写が活性化される。近年,次世代シークエンサー(next generation sequencer;NGS)による網羅的な遺伝子配列解析により,転移再発乳癌組織にESR1変異が多く存在することが相次いで報告された[,]。これらの変異は特にAI治療後で高率に認められ,LBDの第534~538アミノ酸のhotspotに集中している。変異体は,E2非存在下でも活性化構造を取り,E2非依存的な転写活性を有する。これらの活性は変異の部位や種類によって異なり,Y537S変異は特に活性が高い[]。一部の変異ERはSERDやSERMへの反応性も低下しており,種々のホルモン療法への抵抗性が示唆される[,,]。

3.ESR1変異の頻度と出現時期

①原発巣の変異頻度

The cancer genome atlas(TCGA)のデータベースに登録されたER陽性乳癌原発巣390例においてESR1変異は一例も報告されていない[]。NGSを用いた他研究で,ToyらはBOLERO-2登録症例において3.3%(6/183例)[],Jeselsohnらは0%(0/58例)[],Yanagawaらは0%(0/16)[]と報告しており,いずれも低率である。Toyらが検出した6症例の変異アレル頻度は42%(11~58%)[]と高く,いずれもmajor cloneから検出された変異と考えられる。一方で,dPCRで高感度に原発巣を解析したGelsominoらの報告では,Y537N;12%,Y537S;5%,D538G;2%と比較的高率に変異を認めており,そのほとんどはアレル頻度が10%以下と低くminor subpopulation由来の変異と考えられる[]。TakeshitaらもdPCRを用いてER陽性原発巣のESR1変異を検討した結果,陽性率は3.3%(7/210)と低い値を報告しているが,カットオフを5~11.2%と高めに設定していることに留意すべきである[10]。すなわち,乳癌原発巣のESR1変異はmajor cloneとして存在する頻度は3.3%以下と低いが,微量なsubcloneとして比較的高頻度に存在する可能性があり,今後さらに多くの症例によって検証される必要がある。一方,ER陰性乳癌原発巣におけるESR1変異は,TCGAコホートで(0/80例)[],Jeselsohn(0/115例)[]やTakeshita(0/60)[10]らのいずれの報告でも検出されていない。

②転移再発巣の変異頻度

転移再発巣のESR1変異の頻度は諸家の報告をもとにしたZhangらのレビューによると11.4~54.5%で[11],総合すると約16.1%(48/299例)である。また,AI療法歴を有する症例に限ると21.6%(24/111例)である。近年は,腫瘍生検の代わりに循環腫瘍DNA(circulating tumor DNA;ctDNA)を対象としたliquid biopsyが行われ,より簡便にESR1変異状況を知ることが可能となった。AI治療歴のある症例を対象にした各種の大規模比較試験(BOLERO-2,SoFEA,PALOMA-3,FERGI)における検討では,血中ESR1変異の陽性率は25.3~39.1%である[1213]。これらはいずれもdPCRを用いたhotspot限定の解析だが,分子バーコードNGSによる網羅的解析でも34.5%(10/29例)と高い陽性率が報告されており,hotspot以外の変異も発見されている[14]。Liquid biopsyでは転移再発巣より高い陽性率が報告されているが,これはctDNAがheterogeneityの影響を受けず体内の腫瘍全体を反映するためであり,より正確な頻度を示していると考えられる。

ESR1変異の出現時期

Schiavonらは治療歴に基づいてESR1変異発生率を検討した結果,転移性乳癌治療としてAIを使用した症例で26.8%(18/68)と有意に高いのに対し,術後補助療法のみAIを使用した症例では3.6%(1/28例)と低く,AI治療歴のない症例では0%(0/32)であった[15]。YanagawaやMasunagaらもctDNAのNGS解析で同様の傾向を報告している[14]。周術期から再発後まで経時的に血中ESR1変異を観察したAlloucheryらの研究では,adjuvant AI終了後には変異を認めず,再発後AI治療を受けた症例の33%で変異が出現している[16]。このように,ESR1変異の出現にはAI投与の時期が深く関与している。

ER陽性乳癌細胞株を用いた基礎実験では,ESR1-wtの親株(SUM44細胞)をE2枯渇下で培養すると,12週よりESR1変異が生じ始め,24週で変異株に完全に置換される[17]。この現象はSERM/SERD培養下では観察されない。実際にClatotらの報告では,ctDNA中にESR1変異を生じた症例のAI治療期間は95%が6カ月以上であり,さらに,画像上増悪(PD)と診断される約半年前から血中にESR1変異が出現し始める[18]。Fribbens らも同様に,1st-lineでAI治療を行った転移性乳癌39例のctDNAを経時追跡し,PDとなる6.7カ月(中央値)前にESR1変異が血中に確認されている[19]。一般にER陽性転移性乳癌における1st-lineのAIのprogression free survival (PFS)は約1年である[20]。従って,AI使用開始後約半年でESR1変異クローンが発生し,その後さらに半年ほどで臨床的PDと診断されるシナリオが考えられる。

4.ESR1変異乳癌の各種治療に対する効果

①ホルモン療法

ESR1変異は本来AI抵抗性であるため,別のAIに変更しても効果は乏しく[121315]他の作用機序に基づいた治療が好ましい。AI既治療例を対象にFulvestrantとExemestaneを比較したSoFEA試験では,変異陰性例では両者のPFSに差がみられなかったが,変異陽性例ではFluvestrant群で有意にPFSが延長された(5.7 vs 2.6カ月)[13]。しかし,同じくAI耐性乳癌にFluvestrantを使用した他の臨床試験からは,ESR1変異例に対するFluvestrantの効果は,変異陰性例に対する効果と同等(FERGI[])かそれ以下(PALOMA-3[13])と推定される。基礎実験において,Fluvestrantは体内投与濃度下(15~30ng/ml)でESR1変異株の活性を完全には抑制できず,特にY537Sなどの高活性型変異に対して効果が低い[,21]。変異の種類別に見ると,AI既治療例を対象にFluvestrant+/-Palbociclibを比較したPALOMA-3試験では,治療前後で特にY537S変異が有意に増加していることから,同変異のFluvestrant耐性が示唆される[22]。また,SoFEA/PALOMA-3試験の統合解析でも,Y537S変異でFluvestrant群のPFSが短い傾向がみられ,Y537Sの活性の強さが示唆される[13]。現在,ESR1変異体にも有効な次世代のSERDが開発途上であり,前臨床試験を経て臨床試験が始まっている。経口SERDのRAD1901(Elasestrant)は,第3相試験(NCT03778931; EMERALD試験)で内分泌療法抵抗性転移再発乳癌を対象に標準治療(Fluvestrant/AIs)と比較され,ESR1変異との関連も検討される予定である。他に,AZD9496(経口SERD)の第1相試験(NCT03236974)やBazedoxifene(SERM/SERD)の第2相試験(NCT02569801)が進行中である。

②分子標的薬

EveroliumusとPalobociclibについて大規模臨床試験に基づいた報告がある。AI耐性乳癌に対してExemestane+/-Everolimusの効果を比較したBORELO-2試験において,試験開始時の血中のESR1変異(Y537S/D538G)は28.9%(156/540例)で陽性だった[12]。Everolimusの上乗せ効果は変異陰性とD538G変異例で認められたが,Y537Sでは認められず,変異によって効果が異なることが示された。AI耐性乳癌に対してFluvestrant+/-Palobociclibの効果を比較したPALOMA-3試験では,試験開始時の血中ESR1変異(Y537S/D538Gなど計7変異)を25.3%(91/360例)に認め,Palobociclibの上乗せ効果はESR1変異に関係なく認められた[13]。一方,Palobociclib投与中でもESR1変異は出現しうることから,変異発生を抑制する効果は不明である[2223]。

③化学療法

Clatotらは,AIで病状進行となった転移再発乳癌144例を対象に,ESR1変異とその後の治療反応性を検討している[16]。58例が化学療法に移行しており,そのうちESR1変異陽性19例のPFSは7カ月であり,変異陰性39例の9カ月より有意に短かった。また,全生存期間についても変異陽性症例で有意に短かったと報告している(変異陽性16カ月vs 陰性27カ月)。

ESR1変異と予後

以上のように,ESR1変異はその後の種々の治療に対して抵抗性を示す可能性があり,全生存期間にも影響を与えることがメタ解析で示されている。Zhangらは6文献1,530例のAI既治療症例をメタ解析し,ESR1変異陽性症例(429例,28.0%)は陰性症例に比べて有意に後治療のPFSが悪く(ハザード比=1.40,p<0.0001),全生存期間も有意に不良であった(ハザード比=1.65,p<0.0001)[24]。後治療別の解析では,AIもしくはFluvestrantを含む後治療のハザード比はそれぞれ1.50,1.26であり,変異症例にはAIよりFluvestrantの使用が好ましいとしている。このように,ESR1変異状況は,その後の予後予測や後治療選択に重要な情報となりうる。

5.内分泌療法抵抗性に関与するその他の変異

ESR1融合遺伝子

ESR1は変異以外にrearrangementによるfusion proteinの存在が報告されている。その頻度は1%以下と非常に稀であるが,ER陽性乳癌転移組織やctDNAを用いたシークエンス解析により,YAP2526]やPCDH11X26],DAB227],GYG127],SOX927]などとの融合遺伝子が発見された。いずれもESR1-exon 6/7のC端側に融合しLBDが置換されるため,E2依存性を失って自律的な活性を有し,内分泌療法に抵抗性となる。Preclinical dataではこれらの融合遺伝子にCDK4/6阻害剤が有用であることが示唆されている[26]。

ESR1以外の変異

Razaviらは乳癌原発巣918検体,転移巣1,000検体の生検組織を対象に網羅的変異解析を行い,治療歴と照合し検討した[28]。ホルモン治療耐性に関与する遺伝子変異として,最も多かったESR1(18%)以外に,MAPK経路に関与するERBB1/2/3RAS/RAF/MEKなどの変異(13%),ER転写関連遺伝子の変異(9%)が検出された。新たに同定されたこれらの変異は,AIのみならずFluvestrantに対しても耐性が強く認められた。FribbensらもAI治療中のctDNA観察から,RASKRAS/NRAS/HRAS)変異が15.4~21.4%の頻度で発生することを報告しており[19],内分泌療法耐性とMAPK経路の関連が強く示唆される。

Razaviらは同定した変異を転移巣別でも解析しているが,ESR1変異は肝転移巣で有意に多く認められていた[28]。Jeselsohnらのデータからも,ESR1変異保有率は肝転移で40%(4/10),非肝転移で10.6%(4/66)と,肝転移巣で有意に高い傾向がみられる[]。一方,ER陽性乳癌の肝転移巣ではPIK3CA変異やPI3K経路の活性化が高頻度にみられる[29]。ESR1変異とPIK3CA変異は同時に生じることも多く[],肝転移巣におけるこれらの相乗的な機序が示唆される。

6.ESR1変異を考慮した治療戦略

ER陽性転移性乳癌において,ESR1変異はその後の治療や予後に影響を与えるため,変異の発生を回避する治療戦略が好ましい。事実,1st-lineにおけるFulvestrantとAnastrozoleの比較試験(FALCON)において,FulvestrantはAnastrozoleに比して有意にPFSを延長した[30]。また,FIRST試験ではFulvestrantはAnastrozoleに比して全生存期間を有意に延長したと報告されている[31]。Fulvestrantの方がAnastrozoleよりもESR1変異を誘導する可能性が低いことが, FulvestrantのAnastrozoleに対する優位性の一因であるかもしれない。また,1st-line治療としてCDK4/6阻害薬を併用する場合は,現時点ではAIとの併用しか承認されていないが,ESR1変異の誘導の観点からは,Fulvestrant+CDK4/6阻害薬の併用の方が勝る可能性がある。現在,第2相臨床試験(PARSIFAL;NCT02491983)が行われており,この点について検証されることを期待したい。

一方で,再発時にESR1変異を生じるかどうか予測できれば,治療選択の大きな指標となる。原発巣内にsubcloneとして微量に存在するかもしれないESR1変異細胞と,転移再発後のESR1変異との因果関係は,興味深い課題である。現在,ESR1変異は原発巣には存在せず転移再発後のAI治療によってde novoに発生すると考えられているが,原発巣内の変異subcloneが選択的に増殖する例が存在するのであれば,術後からESR1変異を意識した補助療法を考える必要がある。ESR1変異について解明すべき点はまだ多い。

7.終わりに

内分泌治療耐性に関わるゲノム異常は多様であり,ESR1変異はその一部に過ぎない。今後の研究からさらに詳細な機序が解明され,治療選択や新薬創造に活用されることが望まれる。また,これらの変異をリアルタイムに測定するために,リキッドバイオプシーをはじめとする診断法の標準化が早急に必要である。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top