日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺手術における反回神経の術中神経モニタリングのLoss of Signal(LOS)の評価および対応
安藤 孝人舛岡 裕雄木原 実小野田 尚佳宮 章博宮内 昭
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2020 年 37 巻 3 号 p. 176-181

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抄録

甲状腺手術中に神経モニタリング装置(Intraoperative neuromonitoring:IONM)を使用する中で術中の波形消失(Loss of Signal:LOS)に遭遇することがある。LOSは反回神経損傷を示唆する可能性があり,外科医には適切な評価と対応が求められる。2011年にInternational IONM Study Groupから反回神経モニタリングに対するガイドラインが発表され,2018年に第2版が示された。ガイドラインではLoss of Signal(LOS)の定義,具体的なトラブルシューティングが示されている。特に第2版では両側甲状腺切除時において一側LOSとなった際に,対側甲状腺切除を二期的に行うStaged Surgeryを強く推奨していることが特徴である。本稿はガイドラインに基づいてLOSの評価と対応について概説する。ただし,本邦と海外では手術対象疾患を含め甲状腺診療における医療事情が大きく異なるため,実際の対応は個々の症例の背景に応じて対応を考える必要がある。

はじめに

甲状腺手術における術中反回神経モニタリング(Intraoperative neuromonitoring:IONM)は非常に有用なツールであるが,術中波形消失:loss of signal(LOS)を経験することがある。LOSは神経損傷を示唆する可能性があり,その適切な解釈と対応が外科医には求められる。2011年にInternational IONM Study Groupより甲状腺・副甲状腺手術における反回神経モニタリングのガイドラインが発行され,LOSを認めた際の具体的なトラブルシューティングが示された[]。さらに,2018年に第2版[,]が示された。本稿では,これらのガイドラインに基づき,LOSの定義,LOSの評価,そして一側反回神経麻痺が発生した際の対応とIONM波形に基づく神経損傷リスクについて概説する。

LOSの定義

LOSは一般的には術中における筋電図の波形消失として認識されているが,LOSの定義としては以下の3点が挙げられている。

1.手術開始前の筋電図に問題がなく,この状態から変化したこと

2.乾いた術野で1~2mAの刺激に対して反応がない 又は 弱い(振幅:Amplitudeが100μV未満)

3.触診などで声帯筋収縮反応(laryngeal twitch)が見られない

つまり,当然であるが,セッティングした当初の波形消失はLOSとは定義していない。その際はまずは適切なセッティングが行われているかを確認する必要がある。

反回神経のLOSを認めた際のトラブルシューティング

図1にLOSを認めた際の原因検索・対応のフローチャートを示す。LOSの原因検索の手順としてはまず機器の記録側,刺激側が正常に機能しているかを確認する必要がある。LOSを疑った場合,同側の反回神経,迷走神経を刺激し,声帯筋収縮の有無を確認する。この際,指先を下咽頭背側に挿入し,後輪状披裂筋の運動を直接触知する方法(laryngeal twitch assessment)が有用であるが,ファイバースコープなどで直接声帯の動きを観察することも可能である。声帯筋収縮を認めた場合は機器記録側に問題があると考えられるので,機器のセッティングを再度確認する。声帯筋収縮を認めない場合は,刺激側に問題があるかどうかを点検する。この場合は,まず術野が血液などで湿潤な状況でないことを確認した上で刺激電流が1~2mAで反回神経を刺激し,これに反応がなければ対側の迷走神経を刺激する。刺激に反応しない場合は,神経筋遮断薬の使用や挿管チューブの位置を麻酔医に確認してもらい,機器のセッティングを見直す。対側迷走神経刺激に反応する場合は反回神経損傷を疑う。反回神経損傷を疑った場合,プローブを反回神経の最末梢側より中枢側に向けて当てていき損傷部位を同定する。これによって損傷が1型(部分的損傷)か2型(広範囲損傷)かを判定する。この操作により,反回神経損傷の原因を推定することが可能となる。術中の反回神経損傷の原因としては多い順に過剰な牽引,熱損傷,圧迫,クランプ,結紮,吸引による損傷,切断などが挙げられる。中でも過剰な牽引は麻痺の原因として75~83%と最多であり,傷害部位としては80%近くがBerry靱帯近傍である[]。永続的な神経損傷は切断(100%),クランプ(50%),熱損傷(28%),過剰な牽引(1.4%)に認められており,前者3つには特に注意すべきである。なお,当院ではLOSにおける対応を確実に行うため,Nerve integrity monitoring:NIM機器本体の傍に対応フローチャートを準備しており,スタッフがいつでも参照可能な状態としている(図2)。

図1.

LOSを認めた際のフローチャート(文献:ガイドラインより引用,著者和訳・一部改変)

図2.

当院のNIM

当院のNIMの傍らには術中LOSに備えてトラブルシューティング対応のフローチャートが備え付けてある(丸印)。術中に外科医だけではなく,麻酔科医,看護師などが常に参照可能である。

術中に一側反回神経麻痺を認めた場合の対応

ガイドラインでは甲状腺両側葉切除を計画した場合には主たる手術理由側から切除を始め,術中神経モニタリングでLOSを認め,これが回復しないあるいは回復が不十分である場合は対側の手術を二期的に行うStaged Surgery(二期的手術)を検討すべきとしている(図3)。これは両側反回神経麻痺とそれに伴う気管切開の割合を減少させるためであるが,声帯麻痺が一過性である可能性が高く,かつ疾患の性質上対側葉の手術の延期が可能である場合にその適応となる。術前に,この様な可能性を患者に説明し,患者の同意・希望を得ておくことが薦められる。Melinらの報告では,一側の反回神経でLOSを認めた際に,対側の手術を続行した場合,対側反回神経の損傷割合は28.6%で,両側反回神経麻痺を16%に認めたが,Staged Surgeryを行った場合,両側反回神経麻痺の割合を0%(P=0.017)に減少させることが示されている[]。また,GoretzkiらはStaged surgeryを行わなかった場合,両側反回神経麻痺を17%に認めたのに対し,行った場合の反回神経麻痺は0%であったと報告している[]。一側のLOSを認めた場合の対側反回神経麻痺発生率が高い理由については患者側の要因として甲状腺疾患自体が複雑である可能性,外科医側の要因として精神的ストレスによるパフォーマンス低下などが挙げられている[10]。

図3.

術中に一側反回神経麻痺を認めた場合のフローチャート(文献:ガイドラインより引用,著者和訳・一部改変)

反回神経損傷に伴う一過性の麻痺は一般的に2~6カ月で回復することが報告されている[]。術後のフォローとしては初回の喉頭鏡検査を術後2週間から2カ月の間に行い,麻痺の回復を認めない場合は4週間毎に喉頭鏡検査を行う。そして,十分に麻痺の回復を確認できてから対側の手術を行うべきとしている(図3)。腫瘍の残存や遠隔転移がない患者であれば,6カ月以内であれば甲状腺癌の腫瘍学的リスクは上昇しないとされている[1113]。また,対側手術の時期については,初回手術から3日未満ないし3カ月以上経過してからの手術で合併症が低かったとの報告がある[14]。術後6カ月後においても反回神経麻痺が回復しない場合は,経過観察,TSH抑制療法,放射線外照射,などによる集学的治療の適応と対側手術適応について再考慮すべきとしている。ここで,対側手術が必要と判断される場合は気管切開の可能性を患者に提示する必要がある(図4)。

図4.

Staged Surgeryを選択した場合のフローチャート(文献:ガイドラインより引用,著者和訳・一部改変)

ただし,LOSの場合にStaged Surgeryが一様に推奨されているわけではない。緊急性のある症例や再度の全身麻酔リスクの高い症例については,事前に気管切開の可能性を十分にインフォームドコンセントした上で一側のLOS後も対側手術を続行して行うことも許容されている。もちろん,癌の浸潤などのために反回神経切除を行った場合には声帯麻痺回復の可能性はないのでStaged Surgeryの適応とはならない。

IONM波形による神経損傷危険性リスク

術中にLOSを認めた場合,前述のように手術を含めた治療計画に大きな影響を及ぼす。そこで,事前に反回神経麻痺の可能性を波形から推測することができないか検討が進んでいる。一般的に神経損傷を受けた場合のIONMの反応として,波形振幅の減少と潜時の延長が知られている。そこで,International IONM Study Groupでは,Continuous IONMにおける神経の状態を波形の振幅と潜時から白,緑,黄,赤,黒の5段階に分類している(表1)。白は手術開始時の波形を示し,神経毎の適切な潜時(表2)とlaryngeal twitch assessment における後輪状披裂筋運動触知下に500μV以上の振幅があることが望ましいとされている。緑は初期波形と比較して振幅の減少が50%未満かつ潜時延長が10%未満のことを示し,基本的に声帯麻痺の可能性はないとされる。黄は“差し迫った神経障害”を示し,初期波形と比較して50%以上の振幅の減少かつ10%以上の潜時延長を認めたときと定義している。この段階で神経への外科的な刺激を解除することで,術中における波形の回復が70~80%望めるとされる[1516]。この際の波形回復とは,振幅が250μV以上かつベースとなる振幅の50%以上であることと定義されている。赤は“進行している神経障害”を示す。振幅が100μV未満に低下している状況のことを指し,同時に潜時も10%以上延長していることが一般的である。この場合の術中波形の回復率は17~23%以下であるとされる[1017]。黒は赤の状態が20分以上継続していることを示し,術後早期の声帯麻痺を80%に認める[18]とされ,Staged Surgeryを考慮すべきであるとしている。術中もBerry靱帯周辺や腫瘍浸潤周囲など反回神経への牽引力がかかりやすい部位では,頻回に波形の振幅と潜時を測定し神経損傷リスクを評価することで,防ぎ得る反回神経損傷の低減を目指すべきである。このような変化の詳細はContinuous IONMを用いると把握しやすいと思われる。

表1.

反回神経損傷の評価(文献:ガイドラインより引用,著者和訳・一部改変)

表2.

神経毎の平均潜時と平均振幅(文献より引用,一部改変)

おわりに

LOSを正しく解釈することで術後声帯麻痺の可能性を評価することができる。それとともに,両側反回神経麻痺に伴う気管切開リスクを避けるためのStaged Surgeryというオプションも選択が可能となる。また,頻回に術中波形を評価することでLOSに陥る前に回避する手術操作が可能となる可能性,結果として防ぎ得る反回神経損傷を低減させる可能性が示唆されている。LOSへの対応には機器のセッティング確認を要する場合もあり,外科医のみならず麻酔科医,看護師や臨床工学士などの協力が不可欠である。普段よりIONMについての教育を行い,LOSへの対応に理解を深めてもらうことが非常に大切である。またInternational IONM Study Groupのガイドラインを概説してきたが,本邦と海外では術式選択など甲状腺腫瘍の取り扱いや放射性ヨウ素内用療法の適応など医療環境が大きく異なる。ゆえに,ガイドラインの推奨をそのまま適応することが適さないケースもあるが,現時点では症例個々にリスクとベネフィットを検討した上で患者にとって最適と思われる対応を行うことが必要である。

【文 献】
 

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