日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
腹腔鏡下切除したpigmented paragangliomaの1例
村山 大輔高 賢樹橋都 透子三島 修
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2021 年 38 巻 1 号 p. 37-42

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抄録

症例は73歳女性。高血圧の既往あり。右上腹部痛にて前医を受診,CTにて後腹膜腫瘍を認め,精査目的に当院に紹介となった。腹部造影CTでは右腎下部に32×20×37mm大の境界明瞭な腫瘤を認めた。辺縁の造影効果を認めた。超音波内視鏡像は多房性で血流を伴い,MRIではT1強調像で低信号,T2強調像では高信号を呈した。FDG-PET/CTでは腫瘍部にSUVmax8.3の不均一な集積,MIBGシンチグラムでも腫瘍に一致した集積を認めた。ドパミンは血中,尿中ともに基準値の3倍以上であった。以上から,後腹膜原発機能性paragangliomaと診断し,腹腔鏡下後腹膜腫瘍切除を行った。周術期問題なく,術後第4病日で退院し,術後1年時点で血中ドパミンの上昇は無く,再発なく経過している。組織学的には腫瘍細胞のsynaptophysin陽性,CGA陽性を認め,S-100陽性支持細胞が確認された。細胞質内には鉄染色陰性の黒褐色の顆粒(pigment)を認め,病理診断はpigmented paragangliomaとした。極めて稀な疾患であるため文献的考察を含めて報告する。

はじめに

後腹膜腫瘍の中でparagangliomaの割合は1.8-2.1%と稀であり,中でも後腹膜原発pigmented paragangliomaは,極めて稀で文献的には3例を認めるのみである。今回,後腹膜原発pigmented paragangliomaに対し腹腔鏡下切除を行った1例を経験したので報告する。

症 例

症 例:73歳 女性。

主 訴:右上腹部痛。

現病歴:右上腹部痛にて前医を受診した。CTにて後腹膜腫瘍を認め,精査目的に当院に紹介となった。

既往歴:高血圧(4年前から投薬治療中),虫垂炎。

内服歴:アムロジピン2.5mg。

家族歴:なし。

皮膚病変:なし。

腹部造影CT:右腎下部,十二指腸水平脚尾側,IVCの前面に接する32×20×37mm大の腫瘤を認めた。境界明瞭で辺縁の造影効果を認めた(図1A)。

図1.

画像所見

A)腹部造影CT:十二指腸水平脚尾側,IVC腹側に37mm大の腫瘍を認めた。B)超音波内視鏡検査:下十二指腸角尾側に多房性で血流を伴う腫瘍を認めた。十二指腸との連続性は認めなかった。C)MRI(T1WI):腫瘍は多房性囊胞性でT1強調像では低信号を示した。D)MRI(T2WI):T2強調像では高信号を呈した。E)FDG-PET/CT:腫瘍部にSUVmax8.3の不均一な集積を認めた。遠隔転移を疑う所見は認めなかった。F)MIBGシンチグラフィ:腫瘍に一致した集積を認めた。

*矢頭:腫瘍 ,Ao:腹部大動脈,IVC:下大静脈,ILM:腸腰筋,AC:上行結腸

超音波内視鏡検査:下十二指腸角尾側に多房性で血流を伴う腫瘍を認めた。十二指腸との連続性は認めなかった(図1B)。

MRI:腫瘍は類円形で壁の厚い多房性囊胞性を示した。T1強調像では低信号 (図1C),T2強調像では高信号を呈し(図1D),神経原性腫瘍を疑う所見であった。

FDG-PET/CT:腫瘍部にSUVmax8.3の不均一な集積を認めた。リンパ節転移や遠隔転移を疑う所見は認めなかった(図1E)。

MIBGシンチグラム:腫瘍に一致した集積を認めた(図1F)。

血液検査・尿検査:ドパミンは血中,尿中ともに基準値の3倍以上,ノルアドレナリンは血中,尿中ともに軽度上昇,アドレナリンは基準値内であった(表1)。

表1.

血液・尿内分泌機能検査所見

診 断:以上の所見より後腹膜原発機能性paragangliomaの診断で手術の方針とした。

術前管理:術前約30日前からのドキサゾシンメシル酸塩の投与,術前日から当日朝までに生理食塩水による輸液負荷を行った。

手術所見:術式:腹腔鏡下後腹膜腫瘍切除,手術時間:128min,出血:20ml。臍下に12mmポートを造設しカメラポートとした後,左上腹部に12mmポート,左下および右上下腹部にそれぞれ5mmポートを造設した(図2A)。小腸間膜根の背側に黒色の腫瘍を確認し(図2B),周囲組織から剝離した(図2C)。大動脈からの分枝血管や下大静脈への流入血管は全てクリップして切離した(図2D)。

図2.

手術所見

A)ポート配置:臍下に12mmポートを造設しカメラポートとし,左上腹部に12mmポート,左下および右上下腹部にそれぞれ5mmポートを造設した。B)小腸間膜根の背側に黒色の腫瘍を確認した。C)背側に尿管を確認し,腫瘍を周囲組織から剝離した。D)大動脈からの分枝血管や下大静脈への流入血管は全てクリップして切離した。

*矢印:腫瘍,Ao:腹部大動脈,RM:小腸間膜根,Du:十二指腸,UD:尿管

術後経過:腫瘍切除直後から術後2時間まで,少量のカテコラミン投与(ノルアドレナリン0.01γ)を行いその後は輸液負荷のみで血行動態は安定した。術後第4病日で退院し,術後1年時点で血中ドパミンの上昇は無く,再発は認めていない。

病理所見:肉眼的には線維性結合織で被包化された4.0×3.0×2.2cmの囊胞状,黒褐色の腫瘍であった(図3A)。核の大小不同や2核を示す多角形の腫瘍細胞がzellballenの構造を示しながら索状および胞巣状に増殖していた(図3B)。細胞質内には鉄染色陰性の黒褐色の顆粒(pigment)を認めた(図3B)。腫瘍細胞はsynaptophysin陽性(図3C),CGA陽性で,S-100陽性支持細胞が確認され(図3D),pigmented paragangliomaと診断した。Ki-67 indexは0.2%であった。黒色顆粒(pigment)については,HMB-45陰性,melan A陰性でありメラノゾームは検出されず,自家蛍光陰性,PAS染色陰性であった。

図3.

病理所見

A)肉眼像:肉眼的には線維性結合織で被包化された4.0×3.0×2.2cmの囊胞状,黒褐色の腫瘍であった。B)HE染色:核の大小不同や2核を示す多角形の腫瘍細胞がzellballenの構造を示しながら索状および胞巣状に増殖していた。細胞質内には黒褐色の顆粒(pigment)を認めた(×400)。C)腫瘍細胞はsynaptophysin陽性を示した(×400)。D)s-100陽性の支持細胞を認めた(×400)。

考 察

副腎髄質あるいは,傍神経節のカテコラミン産生クロム親和性細胞から発生する腫瘍を,それぞれ褐色細胞腫,paragangliomaと呼ぶ[]。2017年に発表された内分泌腫瘍のWHO分類では,paragangliomaは潜在的に転移性であり,診断時点で転移性病変が無くとも良性の表現はしないこととなった[]。paragangliomaの中でも特に胞質内に黒褐色の顆粒(pigment)を有するものをpigmented paragangliomaと呼ぶ。

発生学的には,paragangliomaの起源は,胎生期に神経堤から遊離した神経内分泌系の前駆細胞であると報告されている[]。paragangliomaの由来には交感神経,副交感神経があり,前者は主に腹部・骨盤部に発生しノルアドレナリン産生性が多く悪性度が高いのに対し,後者は主に頭頸部に発生し,カテコラミン産生能が低く悪性度も低いとされる[]。また,カテコラミンの分泌活性の有無により機能性と非機能性に分類される(尿中カテコラミンが基準値の3倍以上)[]。

機能性paragangliomaの臨床症状として,高血圧,動悸,頻脈,胸痛,頭痛,顔面蒼白,発汗,不安感,高血糖,代謝性アシドーシス,体重減少などがあり,時に,β遮断薬,メトクロプラミド,ヨード造影剤投与などで高血圧クリーゼを呈する[]。起立性低血圧やショックを呈することがあり,その機序としては,カテコラミン分泌による持続的な血管収縮に伴う血管内容量の減少,腫瘍壊死によるカテコラミン分泌の急激な低下,アドレナリン受容体の脱感作などが挙げられる[]。

局在診断にはCTおよびMRI検査が有用であるが,ヨード造影剤の使用による高血圧性クリーゼ発症の危険があり,施行する前にはαブロッカーやβブロッカーを十分量準備する必要がある。本症例では当初paragangliomaは疑っていなかったためヨード造影剤を用いた造影CTを施行したが特に問題は生じなかった。

予後に関しては,後腹膜原発paragangliomaにおいて根治切除が得られた症例の5年生存率は75%であるのに対し,非切除症例では19%であったとの報告があり[],治療としては手術が第1選択である。診断後は手術を前提として,過剰カテコラミン作用を阻害する薬物療法を開始する。薬物療法の目的は血圧,心拍数のコントロール,不整脈治療,減少した循環血流量の正常化,周術期血中カテコラミンの上昇による心血管系合併症の防止である[]。

本症例に特徴的な,黒色顆粒(pigment)を有するpigmented paragangliomaについてPubmedおよび医学中央雑誌を用いて検索すると,18例の報告があるのみで稀な腫瘍である[,18]。自験例1例を含めてまとめると,男女比6:13,年齢は49.1±15.4歳(mean±SD),腫瘍径5.1±3.4cm(mean±SD)であった。発生部位としては,頭頸部3例(眼窩1例,迷走神経幹1例,甲状腺1例),胸部5例(縦隔3例,心臓2例),腹部11例(後腹膜4例,子宮2例,膀胱2例,腎臓1例,腰椎2例)であった。5例(縦郭1例,心臓1例,後腹膜2例,膀胱1例)で高血圧を認めた。再発例の報告は心臓発生の1例のみ(5%)であり,悪性度は決して高くはないと推察される。本症例においては,病理学的にはKi-67 indexは0.2%であり腫瘍の増殖能は非常に低く,paragangliomaの悪性分類指標としてGAPPスコア[19]を算出すると2点(cellularity 1点,catecholamine type 1点)であり,well differentiated type,再発low riskに分類され,報告によれば20年生存率は100%であった。また,参考値として,褐色細胞腫の悪性分類指標であるPASSスコア[20]を算出すると,2点(large nests or diffuse growth 2点)となり,いずれの指標においても良好な予後が期待された。

手術に関して,一般的には機能性paragngliomaでは,術中にカテコラミンの血中移行による血圧変動や致死性不整脈に対して十分な注意が必要であるが[21],本症例では,厳重な術前管理および術中管理により血行動態は安定した。術式としては,腹腔鏡下手術を選択したが,気腹による十分なワーキングスペースが確保され,視野展開は容易であり腫瘍を圧排することが無かった。また,拡大視効果により慎重な剝離操作が出来,小血管を全てクリップすることが出来た。これらの点で繊細な操作が可能となりカテコラミンの血中移行は最小限であったと考えられる。なお,近年では腹腔鏡下に後腹膜原発paragangliomaを切除した報告が多くされてきており,1970年から2018年の期間で腹腔鏡下に腫瘍を切除した20例(うち機能性12例)において,全例で重篤な合併症は生じなかったとの報告もあり[21],安全な治療選択肢と考えられる。

pigmented paragangliomaの黒色顆粒(pigment)に関しては,組織学的にはメラニン,リポフスチン,ニューロメラニンであると報告されている[13]。メラニンはメラノサイトで合成される色素,リポフスチンはミトコンドリアの代謝産物であり,ニューロメラニンはカテコラミンの代謝産物である[13]。ニューロメラニンは大脳黒質,青斑核,交感神経節細胞で見られ[],毒性有機分子やレドックス活性金属イオン,フリーラジカルからの神経保護物質であるとも報告される[22]。本症例における黒色顆粒(pigment)については,HMB-45陰性,melan A陰性でありメラノゾームが検出されず,メラニンである可能性は低く,自家蛍光陰性,PAS染色陰性であることからリポフスチンの可能性も低いと考えられた。これまでの報告例にあるように,黒色顆粒がニューロメラニンである可能性が示唆された。本症例はカテコラミン産生性のparagangliomaであり,カテコラミン代謝産物であるニューロメラニンが黒色顆粒として蓄積することは合理的であると考えられるが,報告は少数であり,今後の症例の集積が期待される。

おわりに

非常に稀なpigmented paragangliomaの1例を経験した。カテコラミン産生能を有していたが,厳重な術前管理のうえ,腹腔鏡下に慎重な手術操作を行うことで安全に切除し得た。

なお,本論文の要旨は第81回日本臨床外科学会総会(2019年11月15日,高知)において発表した。

謝 辞

稿を終えるにあたり,病理診断にご協力いただきました相澤病院病理診断科 伊藤信夫先生,下条久志先生に深謝いたします。

【文 献】
 

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