血清サイログロブリン(Tg)値が甲状腺分化癌の全摘後における重要な腫瘍マーカーであることは周知の事実であるが,片葉切除後にも有用かどうかは明らかでない。今回,片葉切除後の病理検査で濾胞腺腫と診断され,術後いったん低下したTg値が再度急上昇したことで遠隔転移が発見された結果,濾胞癌と診断が改められた3例を報告する。3例は初回手術時64歳,57歳,75歳のいずれも女性で,手術1~4年後に抗Tg抗体陰性下でTg値が経時的に上昇した。2例に対して補完全摘および放射性ヨウ素(RAI)内用療法を施行し,1例に骨転移,もう1例には骨転移および肺転移が発見された。残る1例には胸部CTで肺転移を疑う所見が認められ,補完全摘後にRAI内用療法を施行した。濾胞腺腫の片葉切除後であってもTg値が経時的かつ指数関数的に上昇する場合には濾胞癌の遠隔再発を疑って,補完全摘およびRAI内用療法を施行すべきである。
甲状腺分化癌全摘後における血清サイログロブリン(Tg)値の推移は,術後再発の有無やその病勢を推測する際に非常に重要である。術後にTg値が急速に上昇してくれば進行の早い転移再発病変が存在することが示唆され,その治療を急がなくてはならない。Miyauchiらは甲状腺全摘を受けた抗Tg抗体陰性の乳頭癌症例において,Tg値のdoubling-time(倍加時間)が強い予後因子となることを報告した[1]。しかし倍加時間には値が正の症例と負の症例を一緒に評価する場合,お互いに連続性がなくなるという弱点がある。また,倍加時間の大小は病勢進行と逆になるので違和感が生じる。その後Miyauchiらは倍加時間の逆数(1/倍加時)を取ればこういった問題点が解決することを発見し,これをdoubling rate(倍加率)と呼ぶことを提唱した[2]。Tg倍加率が1(/年)を超える,すなわちTg倍加時間が1年未満の症例は特に予後不良である[1,3]。その一方でTg倍加率が0.5(/年)以下(Tg倍加時間が2年以上)の症例は予後良好であり,癌死することは稀である[1]。
初回手術が片葉切除であれば残存甲状腺組織からTgは分泌され続けるので,Tg値の推移で転移再発を評価するのは全摘後より難しいと考えられる。本多らは乳頭癌片葉切除後の2症例で軽度なTg値の上昇が,残存甲状腺や頸部リンパ節への再発を発見するきっかけになったと報告しているが[4],多数例を解析した報告はない。今回われわれは片葉切除後の病理診断が良性の濾胞腺腫であったが,術後にいったん低下したTg値が経時的かつ指数関数的に上昇したことがきっかけで,遠隔再発が発見された3例を報告する。
初回手術時年齢:64歳,女性。
現病歴:X−36年に左葉の結節に対して手術を勧められていたが,自己判断で放置していた。X年に,甲状腺結節が増大していることを自覚して再診した。
術前血液検査:末梢血液検査,生化学検査に異常を認めず,TSH 1.305(0.5~5)μIU/ml,FT4 1.05(0.9~1.7)μg/dlと甲状腺機能は正常,Tg値 4,611.00(0~46.05)ng/mlと高値,抗Tg抗体 45.2(0~40)IU/mlと軽度上昇を示した。なお,括弧内は各々の当院における正常値である。
画像検査:甲状腺超音波検査で左葉に最大径73mmの形状不整,境界明瞭平滑で内部および周囲への血流は乏しい等エコーの腫瘤を認めた。
穿刺吸引細胞診:ベゼスダカテゴリーⅡ(良性)の診断。
手 術:細胞診は良性の所見であったが画像上濾胞性腫瘍の可能性があり,サイズも大きいので左葉切除を施行した。
病理検査:濾胞上皮が濾胞性に増殖し被膜浸潤や血管浸潤は認めず,濾胞腺腫と診断された。
術後経過:術後の甲状腺機能は正常であったため,levothyroxineの投与なしで経過観察を行った。手術1カ月後のTg値は42ng/mlまで低下し,抗Tg抗体は陰性化した。しかしその後Tg値は継続的に上昇し,手術5年後には471ng/mlに達した。頸部超音波検査やpositron emission tomography(PET)-CT検査を施行したが,この時点では明らかに転移再発を疑う集積は認められず,その際のCTでも骨転移を示唆する骨融解像はみられなかった。そのまま経過観察を継続したが,さらにその2年後にはTg値が2,984ng/mlまで上昇し,この間のTg倍加率は1.09(/年)と高い数値であった。図1に,本症例におけるTg値の経時的変化を示す。遠隔臓器に進行性の転移が存在すると判断し,補完全摘後にlevothyroxineを休薬して放射線ヨウ素(RAI)内用療法(100mCi)を施行した。その結果,頸椎,腰椎,骨盤,大腿骨に明瞭な集積があり,多発性骨転移と診断した(図2)。この時点で病理標本を再検鏡したが被膜浸潤や血管浸潤は発見できず,原発巣のみで濾胞癌と診断することはできなかった。RAI内用療法前に4,888 ng/mlまで上昇していたTg値は内服直前には12,918ng/mlとなり,治療後半年で176ng/mlまで低下した。その後2回目の治療の際にも同部位に弱い集積を認めたが,1回目と比べて効果は限定的と判断した。その後TSHを抑制して経過観察していたが,2回目の治療の15カ月後にはTg値が1,098ng/mlと再上昇した。PET-CT検査を施行したところ左大腿骨にのみ強い集積がみられ,活動性と考えられたため,追加治療としてデノスマブ投与や外照射を検討している。

症例1のTg値の継時的変化(RAI内用療法直前は除く):手術5年後からTg値の上昇を認めた。その後もTg値が指数関数的に上昇したため,補完全摘後にRAI内用療法(100mCi)を施行した。内用療法後,Tg値は低下した。

症例1のRAI内用療法後のシンチグラフィー。頸椎,腰椎,骨盤,大腿骨に明瞭な集積を認める。
初回手術時年齢:57歳,女性。
現病歴:X−4年に頸部腫大を自覚し,近医を受診した。そこで甲状腺良性結節と診断されたが専門施設での精査を勧められ,X−3年に当院を紹介受診した。
術前血液検査:末梢血液検査,生化学検査に異常を認めず,甲状腺機能はTSH 3.597μIU/ml,FT4 0.93μg/dlと正常であった。Tg値は5,988.0ng/mlと高値であり,抗Tg抗体は36.9IU/mlで正常範囲内であった。
画像検査:初診時,左葉の結節は最大径27mmで形状整,境界明瞭平滑,内部粗大高エコーを伴い,超音波検査の所見では濾胞性腫瘍の可能性ありとされた。経過観察中に腫瘍径が増大し,3年後には最大径42mmとなった。右葉にも最大径16mmで形状整,境界明瞭な結節が存在したが,これは画像上良性と診断され,腫瘍径や形状も3年間で変化なかった。
穿刺吸引細胞診:左葉結節に対する細胞診の結果は,良性(ベゼスダカテゴリーⅡ)であった。右葉の結節は画像上明らかに良性と考えられたため,細胞診は施行しなかった。
手 術:左葉42mmの結節に対して左葉切除を施行した。
病理検査:小濾胞性,索状に増殖する濾胞上皮からなり,被膜浸潤や血管浸潤は認めず,濾胞腺腫と診断された。
術後経過:当初はlevothyroxine補充なしで経過観察を行った。術1カ月後にTg値は44.1ng/mlまで低下し,術3カ月後にはさらに28ng/mlまで低下した。
術1年後にTg値が120ng/mlまで上昇した。このときのTSH値は2.155μIU/mlと正常範囲内であったが右葉にも結節があったこともあり,担当医の方針でlevothyroxine投与を開始し,TSHを正常下限に抑制して経過観察を続行した。しかしその後もTg値は経時的に上昇し,術3年後には410ng/mlまで達した(図3)。この3年間のTg倍加率は0.81(/年)と比較的高値であった。頸部超音波検査で右葉の結節に変化はなく,PET-CTでは異常な集積を認めず。さらにその際のCT画像をみても,小さい肺転移などを示唆する所見はみられなかった。しかし担当医は転移再発がどこかにあると考え,補完全摘およびRAI内用療法(100mCi)を施行した。なお,施設のcapacityの問題で,結果的にRAI内用療法はPET-CTから8カ月後に行われた。その結果,PET-CTでは発見されなかった多発肺転移および坐骨転移が発見された(図4)。RAI内服直前のTgは4,255μIU/mlであった。病理標本を再検鏡したが,濾胞癌の診断根拠となる被膜浸潤や血管浸潤は見当たらなかった。治療後のTg値は他院経過観察となっているため不明だが,半年~1年後に再治療の予定である。

症例2のTg値の継時的変化(RAI内用療法直前は除く):術1年後にTg値が上昇したためTSH抑制療法を開始し経過観察としていたが,Tg値は継続的に上昇した。補完全摘後にRAI内用療法(100mCi)を施行した。

症例2のRAI内用療法後のシンチグラフィー。肺と坐骨に集積を認める。
初回手術時年齢:75歳,女性。
現病歴:前医で施行された頭部MRI検査で偶然甲状腺に腫瘤が発見され,精査目的で当院へ紹介受診となった。
術前血液検査:末梢血液検査,生化学検査に異常を認めず,TSH 0.804μIU/ml, FT4 0.90μg/dlと甲状腺機能正常,Tg値は7,263.00ng/mlと高値で,抗Tg抗体も56.8IU/mlと軽度上昇していた。
画像検査:超音波検査で左葉に最大径55mm形状整,境界明瞭平滑,内部への血流豊富な腫瘤を認めた。
穿刺吸引細胞診:左葉腫瘤に対する細胞診で,濾胞性腫瘍(ベゼスダカテゴリーⅣ)の診断。
手 術:左葉55mmの濾胞性腫瘍という術前診断で,左葉切除を施行した。
病理検査:小濾胞性,索状に増殖する濾胞上皮からなり,被膜浸潤および脈管浸潤を認めず,濾胞腺腫と診断された。
術後経過:術後の甲状腺機能は正常のため,無投薬で経過観察となった。手術1カ月後Tg値は101ng/mlまで低下し,さらに手術3カ月後には20ng/mlまで低下した。また,術後から抗Tg抗体は陰性に転じた。手術4年後(術1年後から4年後までは当院受診なし)にTg値が670ng/mlまで上昇したため(図5),胸部CTを撮像したところ右肺に形状整で多発する小結節を認めた(図6)。これらの生検は施行していないが,それらの形状やTg値と照らし合わせて甲状腺癌の肺転移と診断した。ここまでのTg倍加率は1.38(/年)と高値であった。この時点で再度病理標本を見直した結果,血管浸潤が1か所あったため被包性血管浸潤型濾胞癌へと診断が変更された[5]。補完全摘を施行した後RAI(100mCi)内用療法を行ったが(RAI内服直前のTgは1,813μIU/mlであった)肺への集積を認めず,今後はTSH抑制下で経過観察を行い,進行するようであれば分子標的薬投与を考慮する方針である。

症例3のTg値の継時的変化(RAI内用療法直前は除く):術1カ月後Tg値は低下した。術4年後にTg値が上昇し,胸部CTを撮像したところ肺転移を疑う所見を認めた。その後に補完全摘を施行し,RAI(100mCi)内用療法を行った。

症例3の胸部CT画像。形状整な多発性肺結節を認め,Tg値と照らし合わせて甲状腺癌の転移と考えられる。
片葉切除後の病理検査で良性の濾胞腺腫と診断されたものの,血清Tg値が経時的かつ指数関数的に上昇したことから甲状腺癌の遠隔転移が判明した3例を経験した。画像検査や細胞診で濾胞性腫瘍を疑われた症例に対しては,遠隔転移や(稀ではあるが)リンパ節転移など悪性を積極的に示唆する所見がなければ通常,片葉切除術が施行される。Itoらは濾胞癌のシリーズにおいて低分化癌や広汎浸潤型濾胞癌の予後は,微少浸潤型濾胞癌に比べて不良であることを示した[6]。一方で微少浸潤型濾胞癌(第8版甲状腺癌取扱い規約における被包性血管浸潤型濾胞癌を含む)については,術前に遠隔転移が確認されないM0症例においては概ね予後良好とされる。しかし過去の報告では年齢45歳以上,腫瘍径>4cm,広汎な血管浸潤,補完全摘未施行などが再発予後不良因子として挙げられている[7~9]。さらに広汎な血管浸潤は独立した疾患関連予後不良因子であるという報告もある[9]。また第8版甲状腺癌取扱い規約において新たに分類された被包性血管浸潤型濾胞癌でも,血管浸潤が広汎な症例は予後不良とされる[5]。従って広汎浸潤型に分類されなかったとしても,血管浸潤が強い濾胞癌に関しては術後の血清Tg値や抗Tg抗体値の推移を慎重に評価する必要がある。そのため当院では被包性血管浸潤型濾胞癌に相当し,なおかつ血管浸潤が高度な症例に対しては,原則的に補完全摘を施行している。そうしておけば実際に再発をきたした場合,速やかにRAI内用療法や,それが無効であっても分子標的薬による薬物療法を行うことができるからである。一方で被膜浸潤のみの微少浸潤型濾胞癌の予後は一般に良好であり,当院では補完全摘は通常行っていない。甲状腺腫瘍診療ガイドラインも遠隔転移がすでにない限り,微少浸潤型濾胞癌に対する補完全摘を一律には推奨していない[10]。ただ同時に上記のような予後不良因子がある症例に対しては,補完全摘を考慮してもよいかも知れないとも記載されている。
病理診断が濾胞腺腫の場合は良性疾患なので,当然補完全摘は施行されない。濾胞腺腫という診断は,被膜浸潤や血管浸潤のような濾胞癌の診断根拠となる所見がないことを意味する。とはいえ切除標本から多数の切片を作成して検鏡したとしても被膜浸潤や血管浸潤をすべて発見できるとは限らず,実は濾胞癌である症例を濾胞腺腫と診断してしまう可能性は当然ある。実際Suginoらは微少浸潤型濾胞癌と診断された251例のうち,2例は原発巣において被膜浸潤や血管浸潤を認めなかったと報告している[11]。そのうち1例は多発性のリンパ節転移,もう1例は肺転移を有していたことから濾胞癌と診断されている。今回の3例のうち1例(症例3)は再検鏡で被包性血管浸潤型濾胞癌へと診断が修正されたが,残り2例は再検鏡しても濾胞癌の診断根拠となる被膜浸潤も血管浸潤も認められなかった。
以上のことから濾胞腺腫の病理診断には限界があり,稀ではあるにせよそれらの中には濾胞癌が混じっている可能性があることを,臨床医はきちんと理解しておく必要がある。実際に当院では病理診断で濾胞腺腫と診断された場合,患者には「絶対に良性である」とは告知していない。良性という診断だがこれは実際には「悪性の証拠がない」ということであり,術後も定期的に長期にわたって検査を受けるように指示している。今回の3例においては良性の濾胞腺腫と診断されたにもかかわらず,不幸にして遠隔再発という大きなイベントが起きてしまった。しかし病理診断に限界がある以上,現時点でこれを完全に回避することは困難といわざるを得ない。過去に数は多くないが,同じような報告がある。宮崎らは遠隔転移のある濾胞癌24例を検討したが,そのうち1例は術後の病理診断でも骨転移をきたしてからの見直しでも,濾胞癌を示唆する所見はみられなかったと報告している[12]。この症例は術3年6カ月後に胸部CTを撮影し,肋骨転移が発見されている。しかしどうして胸部CTを撮影したかについては記載がなく,Tg値の推移も不明である。眞田らは初回手術(片葉切除)で異型腺腫と診断された症例が,術9年後にTgが著しく上昇したためCTおよびPET-CTにて精査したところ骨転移が発見された症例を報告している。初回手術の病理診断は再検査しても覆らず,悪性を示唆する所見はないとされた。しかし術後すぐのTg値やその後の推移についての記載はない[13]。他にも初回手術で濾胞腺腫と診断され,片葉切除を受けた3年後に腰痛や下肢痛をきっかけに腰椎に腫瘍が発見され,その摘出術の結果濾胞癌の骨転移と診断が変更になった症例の報告があるが,これもTg値を定期的にモニターされていたかどうかは不明である[14]。今回われわれが提示した3例は担当医に指示された通り,術後きちんと通院をして定期的に血液検査を受けており,血清Tg値をモニターされていた。遠隔再発が起きてしまったのは残念ではあるが,それでも比較的速やかに治療が始められたと考えられる。
初回手術が片葉切除で病理診断が濾胞癌ではなく濾胞腺腫であり,かつ術後にTg値が指数関数的に上昇してきた場合にどういう検査や治療を行うかは,議論のあるところではある。過去の症例報告では画像検査で転移巣の検索を行い,それが発見された時点で治療が開始されている[12~14]。今回提示した3例についても2例がPET-CTで,1例が胸部CTで転移巣を検索されている。しかし胸部CTを受けた症例は肺転移が見つかったものの,PET-CTを受けた2例ではその時点で転移が検出されなかった。上述したように濾胞腺腫は一応良性の診断ではあるが,あくまでそれは「悪性の証拠がない」ということにすぎない。従ってわれわれは常に「濾胞癌の可能性はある」ことを頭において,濾胞腺腫の経過観察に当たらなくてはならない。また,画像検査は症例1や2のように,転移巣を描出できないこともある。となれば,様々な画像検査を行って徒に転移巣を検索するよりは,濾胞癌に準じて速やかに補完全摘を行う方がより早く治療にとりかかれると考えられる。
片葉切除後にTg値が上昇する原因としては,たとえば残存葉の腫瘤の増大や甲状腺に起きた何らかの炎症など様々なものが挙げられる。しかし実際問題として転移再発以外の理由で倍加率が1(/年),あるいはそれ以上の速さで経時的に上昇し続けるとは考えにくい。こういった症例に遭遇した場合は初回手術時の病理所見にとらわれず,迷わず補完全摘を施行して術後のTg値を確認し,まだ高値であれば転移再発を疑って速やかにRAI内用療法を行うべきである。
今回,片葉切除後に濾胞腺腫と診断されたものの,術後低下したTg値が継続して上昇したことがきっかけで再発が発見された3例を報告した。片葉切除後に抗Tg抗体陰性下でTg値が経時的かつ指数関数的に上昇する場合には,たとえ初回手術後の病理診断が良性の濾胞腺腫であったとしても,甲状腺癌の転移再発を考え速やかに対応する必要がある。
謝 辞:本論文の要旨は第32回日本内分泌外科学会総会(長崎市,2020/9/17,18 Web開催)で発表した。