甲状腺結節に対する超音波ガイド下穿刺吸引細胞診(FNAC)は,比較的安全な検査で重篤な合併症は稀である。われわれはFNAC後に発症した,咽頭後間隙から後縦隔に至る血腫による呼吸困難に対し緊急手術を要した症例を経験したので報告する。
症例は68歳の女性。甲状腺右葉背側の4mm大の結節に対しFNACを施行。検査直後は特に症状発現なし。独歩帰宅中に,増悪する呼吸困難が出現し同日再来院。到着時,頸部腫脹はなかったが気道喘鳴を伴う呼吸困難があり,緊急気管内挿管を要した。造影CT検査では咽頭後間隙から後縦隔へ広がる血腫を認め,気管膜様部圧排による気道狭窄を生じていた。緊急手術で血腫を除去し縦隔内を観察したが出血源は同定できなかった。血腫の存在部位よりFNACの穿刺針が甲状腺背側をわずかに貫通し咽頭後間隙に出血したと考えられた。血腫除去,甲状腺右葉切除術,中央区域郭清を行い術後5日目に退院,甲状腺結節は甲状腺乳頭癌の診断であった。
甲状腺結節に対する超音波ガイド下穿刺吸引細胞診(FNAC)は比較的安全な検査とされて外来で広く行われている。重篤な合併症は稀だが,緊急の処置が必要になった症例報告も少なからず存在する。われわれはFNAC後に発症した咽頭後間隙から後縦隔に至る血腫による呼吸困難に対し,緊急手術で救命した症例を経験したので報告する。
症 例:68歳 女性
主 訴:呼吸困難(FNAC施行後)
現病歴:右内頸動脈狭窄症,脂質異常症で近医通院している。頸部超音波検査で甲状腺右葉背側に結節を認め精査目的に紹介受診した。超音波検査所見で甲状腺微小乳頭癌が疑われ,超音波ガイド下FNACを施行した。穿刺後特記すべき症状の出現はなく,30分ほどで院内を独歩で離れたが帰宅途中に呼吸苦を認め再受診した。
既往歴:右内頸動脈狭窄 脂質異常症
家族歴:特記事項なし
アレルギー:なし
内服薬:イコサペント酸エチル 1,800mg
甲状腺超音波検査(図1):橋本病による軽度のびまん性甲状腺腫を認めた。

甲状腺超音波検査
橋本病によるび漫性甲状腺腫を認め,甲状腺右葉背側に4×4×3mm大の境界不明瞭で不整形な結節を認める。背側被膜との境界は不明瞭。
甲状腺右葉背側に4×4×3mm大の辺縁不明瞭な不整形腫瘤を認め,背側甲状腺被膜との境界は不明瞭であった。甲状腺微小乳頭癌の可能性が否定できず。反回神経に近接する可能性が考えられた。超音波ガイド下FNACを22G針で2回,交差法で実施した。
来院時現症:FNAC施行の約50分後,独歩帰宅途中に呼吸困難が出現。その約10分後に再来院した。強い呼吸苦を認め喘鳴を聴取した。鼻カヌラ3Lで酸素投与を開始するもSpO2:75%と酸素化の低下が急速に進行した。心拍149/分 血圧189/130mmHg。頸部腫脹はないがごく軽度発赤していた。徐々に意識レベルが低下(JCSⅢ-200)したため外来にてただちに気管内挿管した(FNAC施行後約75分)。血液検査では炎症反応の上昇や貧血の進行,凝固系の異常を認めず。造影CT検査と気管支鏡検査を行い,咽頭後間隙から後縦隔へ至る広範な血腫と気管分岐部より2.5cmほど頭側で膜様部側から三日月状に圧排された気管を認めた(図2, 3)。集中治療室でモニタリングを開始。呼吸苦の原因は血腫による気道の圧排と声門浮腫と考えられ,血腫が吸収されるまで気道狭窄は解除されないと判断し緊急手術を行った。

術前造影CT検査
甲状腺や気管,食道の背側から後縦隔内にまで至る血腫を認めた(⇧)。気管分岐部上で気管の圧排を認める(△)。

術前気管支鏡検査
気管内挿管チューブから施行。気管分岐部より2.5cmほど頭側で膜様部側から三日月状に圧排されている。開存している内腔は6mm程度であった。
手術所見(図4):頸部襟状切開。甲状腺前面,頸動脈周囲に血腫は認められず。甲状腺右葉を脱転するも甲状腺の背側面に活動性の出血なし。右反回神経は走行異常なく,確認温存。血腫は咽頭後間隙から後縦隔に進展していた。血腫(95g)を除去し洗浄。縦隔鏡を用いて縦隔内を確認したが活動性の出血は認められず。甲状腺乳頭癌の標準術式に準じて甲状腺右葉切除術と中央区域郭清を行った。手術時間1時間15分 出血量98g(血腫を含む)。

術中画像
甲状腺右葉が脱転されている。甲状腺被膜周囲には活動性出血や血腫の貯留はない。咽頭後間隙を開放すると血腫の存在部位に到達。後縦隔への広がりを認めた。血腫を除去し縦隔鏡で確認するも活動性出血は認められず。
術後経過:術後はICUに入室。手術翌日にCT検査で血腫や気道狭窄がないことを確認し喉頭浮腫の軽減目的に副腎皮質ステロイドを投与の後に抜管。抜管後に気管支鏡検査を行い気道狭窄と喉頭浮腫がないことを確認。ドレーンは術後3日目に抜去。術後合併症なく5日目に退院した。病理結果は甲状腺乳頭癌T1aN0M0 StageⅠであった(図5)。退院後,外来通院を継続し術後1年間再発はない。

病理学的所見
肉眼的所見(図5左)
甲状腺右葉切除検体 5.0×3.0×2.0cm 7.4g
全体に弾性硬,明らかな結節は認められず。穿刺部の出血はない。
組織学的所見(図5中央:弱拡大,右:強拡大)
2×1mmの濾胞構造をとり増殖浸潤するpapillary carcinomaが認められる。腫瘍細胞の核はすりガラス状で核溝や核内封入体が見られる。V1,ly0。被膜外浸潤はない。背景甲状腺には巣状にリンパ球浸潤がみられリンパ濾胞形成も散見される。穿刺経路の甲状腺内部の出血なし。
甲状腺のFNACは1950年代にスウェーデンで初めて報告され[1],わが国では1970年代より広く行われている手技である[2]。FNACはその手技の簡便さや正確さ,安全性,費用効果の面から甲状腺結節の良悪性の診断において必須の検査である。甲状腺結節取扱い診療ガイドライン(2013)では充実性結節の場合,径が10mmを超える結節で,超音波検査上悪性を疑う場合,もしくは径が5mmを超える結節で超音波検査上悪性所見を強く疑う場合にFNACが推奨される[3]。アメリカ甲状腺学会のガイドラインでは超音波で悪性のリスクを評価しhighもしくはintermediate suspicionの結節で1cm以上のものに関してFNACを強く推奨している[4]。今回のケースは,最大径4mm大と5mm以下の結節であったが,甲状腺背側被膜浸潤が疑われFNACを行った。
甲状腺結節を穿刺する際には,わが国では一般的には22-23Gの穿刺針が用いられるが[5],欧米では十分な検体が採取でき,適切な硬さであり,疼痛や出血を抑えられる点からより細い25-27Gの針が多く利用されている[6]。FNACの主な合併症は疼痛と局所の血腫とされている。多くは冷却や局所の圧迫を行うことにより数日で消失する。深刻な合併症は稀であるが,稀な合併症として一過性の対称性の甲状腺腫脹[7]や気道管理を行い動脈塞栓術を要した出血[8],緊急手術を要するような甲状腺内の出血[9]感染症,気胸や気管損傷,血管迷走神経反射,穿刺経路の再発などが報告されており[10],針生検も併施した症例だが頸部血腫によって気道狭窄,喉頭浮腫を引き起こし死亡した例[11]も報告されている。咽頭後間隙血腫は比較的稀な疾患であり,多くは頸部外傷後に発症する。医学中央雑誌で咽頭後間隙血腫のワードで検索した結果9つの報告があり,外傷以外には血液透析を受けており二次性副甲状腺機能亢進症に対しシナカルセトを内服中の副甲状腺出血により生じた症例と星状神経節ブロック施行後に生じた症例の報告があるのみであり,両者とも緊急気道確保として気管切開を要し,その後手術を施行し救命されている[12~20]。
Chaeらの後ろ向き研究ではFNAC後の血腫の発症率は0.8%であり,性別や年齢,腫瘍の大きさ,血管分布は検査後血腫の発症率に関係しないとされている[21]。一方でStergiosらは甲状腺生検において出血や血腫を引き起こすようなリスク因子として甲状腺への豊富な血管の供給がある場合や,甲状腺結節の静脈壁が異常に薄い場合,結節内に動静脈のシャントがある場合などを挙げている[22]。本症例は,内頸動脈狭窄による側副血管の発達があった可能性も考えられたが,術中は異常血管の増生は明らかではなかった。
当施設ではエコーガイド下FNACの合併症の発生率が極めて低い[23]こと,また抗血栓薬休薬のリスクがFNAC施行のリスクを上回ると考え,ほぼ全例で抗血栓薬の休薬を行わずに施行してきた。しかし,抗血栓薬休薬のリスクとFNAC施行によるリスクのバランスは服薬理由や原疾患の状態,抗血栓薬の種類など様々な要因によって異なる。そのため必ずしもどちらかが上回るとはいい切れないため,今後は症例に応じた対処を行っていく方針とした。
咽頭後間隙は頭側は頭蓋底より始まり,腹側は深頸筋膜中葉の頬咽頭筋膜,背側は深頸筋膜深葉の翼状筋膜,外側は頸動脈鞘,尾側は第6頸椎から第4胸椎の高さの上縦隔で腹側背側の筋膜が癒合するまでの間隙である。その背側には翼状筋膜と椎前筋膜の間の疎性結合組織で形成される危険間隙が存在し,頭蓋底から横隔膜高位の縦隔まで繋がっている[24,25]。そのため本症例では咽頭後間隙の微細血管からの出血により気道狭窄をきたし,また血腫が危険間隙を介して後縦隔にまで至ったと考えられる。本症例は検査直後特に問題なく独歩で帰宅したが,呼吸苦が出現し,再来院している。血腫が甲状腺の前面や周囲に認められず,咽頭後間隙に認められたため,頸部の血腫に典型的な所見である発赤や疼痛,腫脹が認められず,症状の出現以前に徴候を見出すのは困難であった可能性が高い。
本症例のようにFNACの際に出血に伴う合併症を起こさないための対策としては,標的病変の位置によっては穿刺針の先端を確実に確認できる同一平面法で行うことや,穿刺針をさらに細いものを使用する,針の進達上限距離を予め設定しておく,抗血栓作用のある内服薬を休薬してから行う,穿刺後院内での圧迫や経過観察時間を延長するなどが考えられる。われわれはFNAC施行後院内での経過観察時間を1時間とし急変時にも迅速に対応ができるようにした。またFNAC施行に伴う危険性や合併症に関して記した同意書を作成し,患者が十分に理解し,帰宅後も合併症が疑われる,出血に伴う頸部腫脹のみでなく呼吸苦などが出現した際にはすぐに連絡し対応できるように体制を整えた。
本症例では外来で迅速な気道確保,気管内挿管を行ったこと,迅速にCT検査を行い診断し緊急手術を行うことで救命できた。FNACは安全で簡便な検査であるが,深刻な合併症の発生の可能性や検査直後は合併症が認められなくとも時間が経過してから症状が出現する可能性があること,また血腫に典型的な所見がなくとも上気道狭窄を発症する場合もあるので注意が必要であり,緊急時対応の体制を整えること,患者への的確な説明と同意が必要であると考えられた。
FNAC後の咽頭後間隙から後縦隔に至る血腫に起因する呼吸困難に対して緊急手術を要した症例を経験した。
本症例は第52回日本内分泌外科学会学術大会で発表を行った。