日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
一側反回神経麻痺患者に対する対応と将来の展望
横井 忠郎
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2022 年 39 巻 2 号 p. 87-91

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抄録

術前から一側性反回神経麻痺を認める症例は,高リスク症例であり,原則として甲状腺全摘術を必要とする。ただし両側反回神経麻痺をきたすリスクがあり,状況によっては片葉切除に留めることもありえる。甲状腺全摘術を行うのであれば,健側の麻痺を予防するため,術中反回神経モニタリング(IONM)は必須である。IONMの使用を前提としたフローチャートがガイドラインで提唱されているが,本稿ではその補足に加え,二期的手術などの異なるアプローチも提示する。また術中ステロイドや冷却水による物理的冷却などの神経保護も積極的に適応すべきである。今後は内視鏡手術の可能性や,遺伝子解析による劇的な治療戦略の変化も予想される。しかし最も重要なのはShared decision makingを十分に行い,患者の治療選択の機会を奪わないことである。

はじめに

甲状腺手術では反回神経麻痺(RLNP)は避けるべき合併症の一つだが,術前から一側RLNPを認める症例では,手術により健側(非麻痺側)のRLNPが発生した場合,一過性であっても気管切開を必要とする可能性が高くなる。健側反回神経の温存が,術後のQOLに大きく影響する。

本稿では現在当科で行っている対策と将来への展望,最後に共同意思決定(Shared decision making)の重要性について述べる。

健側手術の必要性の検討と二期的手術の選択肢

甲状腺乳頭癌で術前からRLNPを認める病態は,特発性や他の疾患に起因する特殊なものを除けば,基本的に甲状腺の原発巣ないし中央区域のリンパ節転移から反回神経への癌の直接浸潤に起因する。Ex2ないしN1-Exに当たり,本邦の甲状腺腫瘍ガイドライン2018[]における高リスク症例として,術後の放射性ヨウ素内用療法(RAI)を前提とした甲状腺全摘(TTX)が至適術式となる。

一方ですべての術前一側RLNP症例にTTXを施行すべきであるかどうかは議論の余地がある。前述のガイドラインにおいても「高リスク症例においてTTXがよいとするエビデンスは示されていないが,(中略),TTXを行ってRAIや薬物療法を行う,あるいはそれらに備えるのが妥当」との記載にとどまる。質の高いエビデンスはないこと,TTXはRAIに対する前処置としての側面が強いことを理解しておく必要がある。

RAIの目的にも留意する。遠隔転移を認める場合は,RAIは治療(Treatment)であり,患者がRAIやその後の薬物治療を希望しない場合を除けば,TTXは必須である。その他の高リスク因子は局所因子であり,術後局所の遺残がなければRAIは術後補助療法(Adjuvant therapy)に当たり,術後再発予防と予後改善が目的となる。反回神経にのみ浸潤を認める症例では,複数臓器への浸潤例と比較すると,無再発生存率は高く,遠隔転移の出現率が低いとする報告が複数ある[,]。同じ高リスク症例でも,遠隔転移を伴わない反回神経単独浸潤症例ではRAIの必然性は相対的に低い。

こうした症例ではまずRLNPを認める患側を切除し,術中所見・病理診断などの情報を得た上で,両側RLNPのリスクをとってTTXを行うかどうかを検討する二期的手術も一つの選択肢であり,患者に治療選択の機会を新たに提供することができる。

術中反回神経モニタリングと健側手術の先行

術中反回神経モニタリング(IONM)により,反回神経の機能を簡便に術中判定できるようになり,術中に発生するRLNPのおよそ8割が牽引によるものであることが示された[]。術中の視覚的な反回神経の温存のみでは,反回神経の機能的な健全性は保証されないことを理解しておく必要がある。健側の一過性RLNPも許容されない術前一側RLNP症例では,IONMの使用は必須であり,リアルタイムにモニタリングできる持続IONM(c-IONM)がより望ましい。

また2018年に発表されたInternational neuromonitoring study group(INMSG)のガイドライン[]では術前一側RLNP症例に対して,健側(非麻痺側)→患側(麻痺側)の順で手術を行うフローチャートを提示している。原則としてこのフローチャートに則るが,Loss of signal(LOS)発生時に,その回復を待ってから患側の手術を行う手順には疑問が残る。

INMSGガイドライン[]では術前RLNPのない症例においては,逆に患測からの手術先行を推奨しているが,筆者はむしろ術前RLNPのない症例にこそ健側からの手術先行が有用と考えている。術前RLNPがなくても,患側の反回神経切断,あるいはLOSが回復しなければ,術中に一側RLNPの状態が完成する。健側,すなわち術前検査で反回神経への癒着・浸潤の可能性が低く,LOSをきたしにくい方から手術を先行すれば,仮にLOSが発生し回復しなくても,健側の手術のみで一旦手術を終了できる。術後RLNPの回復を待って患側の手術(Staged Thyroidectomy)を行えば,両側RLNPのリスクは基本的に回避される。仮に患側から手術を行い,反回神経の切断を余儀なくされた場合は,Staged Thyroidectomyは選択できない。

同様に癌の浸潤による術前一側RLNPでは,健側のLOSが回復しなくてもStaged Thyroidectomyの選択肢はない。健側手術の先行は両側RLNPのリスクをとって行うことを意味する。このリスクを許容できないのであれば,むしろ前項で述べた二期的手術を前提として患側の手術のみを行った方がよい。稀ではあるものの患側の反回神経が温存されれば,回復を待ってStaged Thyroidectomyを行う選択もあり得る。

しかしながら,術前一側RLNP症例でも一期的にTTXを行うのであれば,以下の点で健側手術を先行した方がよいと考える。

(1)健側の反回神経を最初に温存できる。

健側の神経温存は,術者の精神的負担は軽減し,安全性を担保しつつ,患側の手術を指導的に行うことも可能となる。

(2)患側手術時に健側のモニタリングを行うことが可能。

気管の脱転操作により非操作側の反回神経のAmplitude低下を認めた報告がある[10]。また本論文では甲状腺片葉切除時の非手術側のRLNPは0.12~0.4%と稀ながら認められていることが報告されている。

(3)健側LOS発生時に患側・外側区域の手術を行えば,手術を効率化できる。

ただし健側LOSの状態では健側のモニタリングは困難である。患側の手術手技すべてが健側の反回神経にダメージを与えるわけではないため,気管を強く脱転する操作を伴わなければ,原則として問題ないと思われる。

健側手術を先行させた場合のフローチャートを図示するが,INMSGのそれとは異なる点があることにご注意いただきたい(図1)。

図1.

健側手術の先行を前提とした甲状腺全摘術のフローチャート

術前反回神経麻痺の有無による違いを対比する。

1)INMSGのフローチャートでは,本稿と異なり患側からの手術を勧めている。

甲状腺全摘術の必然性が低い症例ではむしろ患側から手術を行った方がよい。

2)ここでは健側とは術前検査で反回神経への癒着・浸潤の可能性が低く,LOSをきたしにくいと予想される側である。

3)図2に記載した対応を行う。

術前・術中ステロイド投与,冷却水による物理的冷却

一側RLNP症例では,患側の反回神経は切断・再建,健側は温存が基本的な手術戦略となるため,健側の温存に対する対策が重要である。

2020年のアメリカ内分泌外科学会(AAES)のガイドライン[11]では甲状腺手術においても,術後の悪心・嘔吐(PONV),ならびに疼痛軽減のためにデキサメタゾン(DEX)の術前投与が強く推奨されているが,術後RLNPに与える影響はデータが一貫していない。

AAESガイドラインで引用されている,DEX 8mgの術前投与により一過性RLNPの発生率が低下したとする論文[12]は,データ・結果の信頼性に疑義があり,ガイドラインの発表前にすでに撤回されている。一方でLOS発生後のDEX 4mg追加投与により,87.5%が術中に回復した報告[13]もある。ただし追加投与なしの群での術中回復は18.2%のみと大きな差があり,永続性RLNPも45.5%と既報に比べても非常に多く,再現性の検証は必要である。

なおステロイド投与による手術部位感染(SSI)の増加が懸念されるが,最新の大規模臨床試験においてもDEX 8mgの術中単回投与は術後30日以内のSSIを増加させないことが示されている[14]。重大な副作用の懸念がないのであれば,術前RLNPを認める症例こそより積極的な使用が望ましい。

冷却水による物理的冷却はエネルギーデバイスが多用される内視鏡手術においてRLNP対策として考案された。軽微な熱損傷によると思われるLOSに対して冷却水散布直後に反応が回復した症例も経験している。熱損傷以外に効果があるかどうかは不明だが,LOS発生時には障害部位の浮腫が認められることが指摘されており,物理的な冷却は普遍的に有効な可能性がある。

図2に当科でのLOS発生時の対応をまとめた。なお本邦においてはDEX注射剤が,1.65mg,3.3mg,6.6mg製剤となっているため,投与量はやや少なくなっている。

図2.

Loss of signal(LOS)発生時の対応

*DEX:Dexamethasone

1)至適サイズのIONMチューブがなく,太くなる場合は9.9mgに増量

2)初回LOS発生時のみ

3)LOSを認めた側の手術は行わず,可能な場合は対側の手術を行う(気管の脱転操作は回避する)

内視鏡手術の可能性

甲状腺の内視鏡手術は整容性を主目的とした術式が殆どであり,低侵襲とはいえないものが多い。特に頸部外に切開をおき,より整容性を追求したRemote access surgeryほど相対的に剝離範囲が広く,侵襲も増大する。

また乳輪アプローチの報告では,尾側からの視野で甲状腺を前方に牽引・脱転し,甲状腺下極側から甲状腺を処理する形となるため,下甲状腺動脈などが支点となって反回神経が牽引され,RLNPが発生するメカニズムが言及されている[15]。リンパ節転移があれば腫大したリンパ節が同じく支点となりうるため,よりリスクは高くなる。本邦で最も普及しているVANS法や,頸部に小切開をおいて内視鏡補助下に行うDirect approachも,多くは前方ないし外側アプローチであり,同様のメカニズムが働く可能性が高い。

これらの点から現時点では術前に一側RLNPを認める症例には,内視鏡手術はむしろ避けるべきだろう。

しかしながら内視鏡手術と一口にいっても術式は多様である。腋窩アプローチでは小鎖骨上窩あるいは胸鎖乳突筋後縁から胸鎖乳突筋背側をルートとして使用する。それぞれ側方あるいは後方アプローチとする(図3)が,これらのルートは横方向から甲状腺を脱転することなく反回神経周囲の処置が可能である。当科では鎖骨下あるいは鎖骨上に小切開をおいて側方ないし後方アプローチで行うVANS変法を内視鏡手術の基本術式としているが,本法であれば理論的には脱転によるRLNPの発生は抑制できる可能性がある。また鎖骨上の切開であれば,審査内視鏡(Staging endoscopy)としてまず評価を行い,内視鏡手術が困難な場合も容易に切開を延長して頸部開放手術に移行できる。

図3.

内視鏡手術における甲状腺へのアプローチ方法

内視鏡手術を積極的に勧めるものではないが,仮に行うのであればこうした手術手技の工夫,安全性の担保は欠かせないであろう。また健側の手術を希望しない,あるいは患側の手術のみを先行させる場合は,健側の反回神経に上述のメカニズムが働くことはなく,内視鏡手術も許容されると考えている。

遺伝子検査による治療戦略の変化

前述の通り甲状腺乳頭癌に対するTTXは,その後に行うRAIの前処置としての側面がある。逆にいえばRAIを行わない場合は,病変が健側にない限りはTTXの必要性は低くなる。また分化度が低くなるほど,ヨウ素取り込み能は低下する。RAIを必要とする進行した症例ほど,ヨウ素取り込み能が低下している可能性も高くなるという矛盾がある。実際に両側RLNPのリスクをとってTTXを行っても,術前の予想通りRAI不応症だったという症例はよく認められる。

例えばTERTプロモーター変異は放射性ヨウ素不応症との相関性が示唆されている[16]。こうした知見が集積し,術前にRAIが効かないことが判断できるようになり,本来不要なTTXを回避できるようになることが一つの理想形であろう。

また遺伝子パネル検査による個別化治療も現実化しつつあり,今後治療戦略は劇的に変化することが予想される。

Shared decision makingの重要性

甲状腺乳頭癌は生命予後良好であり,明確なエビデンスが得られにくい。治療選択に当たっても,確実性は他の外科領域と比較しても明らかに低く,多くの場合,最良の選択肢が一つとはいえないことが多い。特に術前一側RLNP症例では両側RLNPという重大な合併症が発生するリスクが高く,情報を十分に共有した上で,共同で治療の選択をするShared decision making(SDM)が必要である[17]。

SDMはガイドラインを単に踏襲するよりは多くの時間を必要とするため,外科医はしばしば忌避するか,選択肢のみ提示し患者に決断を丸投げにしがちである。幸い甲状腺乳頭癌では時間的猶予は得られることが多い。拙速に手術を行うのではなく,患者の価値観,選考,希望なども含めて十分に話し合い,もし専門医としての推奨を問われるのであれば,それに対する回答も提示しなくてはならない。

おわりに

術前一側RLNPを伴う甲状腺乳頭癌患者は,エビデンスが十分でない中で,治療の開始から難しい決断を強いられる。しばしば誤解されることではあるが,Evidence-based medicineとは,診療ガイドラインに機械的に従うことではない[18]。INMSGのガイドラインも提示したフローチャートを義務付けているのではなく,機械的に反回神経を犠牲にしないためにSDMを行うことを提唱している。患者の選択機会を奪わないことが何より重要である。

謝 辞

本特集の企画立案,ならびにご指名いただいた川崎医科大学 田中克浩先生に厚く御礼申し上げます。また冷却水の散布をご考案された福島県立医科大学 鈴木眞一先生,ならびに同法をご教授いただいた鹿児島大学 中条哲浩先生にはこの場をお借りして感謝申し上げます。

【文 献】
 

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