地理空間
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変容する郊外で誰もが安心して住み続けるために
特集号総括
久保 倫子
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ジャーナル オープンアクセス

2022 年 15 巻 3 号 p. 333-335

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抄録
高齢化が進む日本の都市,特に外部郊外においては,高齢期にも安心して住み続けられる都市を目指すことが求められる。高齢者に優しい都市の実現には,福祉へのアクセスを確保するだけでなく,一度転入した居住者が長期間,高い生活の質や利便性を維持しながら尊厳をもって住み続けるための,物質的・社会的な環境の総合的な観点が求められる(久保ほか,2020)。高齢化が進む日本の郊外住宅地に求められるものは,物質的な居住環境を衰退期のニーズに合わせていくこと,地域コミュニティとのつながりをもつことなどを通じて,住み慣れた地域に尊厳をもって生活し続けられる環境を作っていくことである。岩井ほか論文が示した通り,地域のコミュニティに参加したり,地域の自然に触れたりすることで,自分と場所とのつながりを結び,もしくは結び直し,地域に愛着を感じるようになる例もある。関係的要因と自伝的要因の重要さは,薄井論文にもつながる視点であった。 外部郊外は,高齢化と空き家化が進み衰退傾向にあるものの,そのあり方は一様ではない。薄井ほか論文は,開発時期や住宅の所有形態などにより居住者の特性が異なり,それによって地域に合った社会的関係の構築の仕方があることを指摘した。ある地区では,住民が積極的に物質的環境の改善にも取り組む。また,他方では地域よりも家族や職縁などを重視する人が多い地区もある。 地区の特性に合った関係性と自然・物質的環境を考えることが重要である。そのためには,適切なスケールにおいて,今そこに居住する住民のニーズに合わせていくことが「誰もが住み続けられる郊外」の条件となると考える。このような条件が整ってこそ,高齢者の幸福度や生活の質を高めることが可能になる。 清水ほか論文は,COVID-19パンデミック下にあって,高齢者の生活がどのように維持されていたのかを明らかにした。できるだけ単独行動を要請されていたこともあり,家族や友人,知人との電話やビデオ通話などが心理的な支えになった面もあった。自宅で過ごす時間が長い中であっても,屋外での散歩やボランティア,趣味の活動などを取り入れながら,安全かつ朗らかに生活しようとする高齢者の姿があった。 本特集号に限らず,高齢期に安心して住み続けられる環境と,家・家族・福祉の強固な関係が揺らぐ中で求められるサービスや制度を問うことが,より良い都市居住の実現に不可欠であるという立場で研究活動を行ってきた(久保ほか,2020; Kubo et al. 2020)。しかし,COVID-19パンデミック下でも,生活の中に喜びや楽しみを見出そうと創意工夫する高齢者,特に女性高齢者の生活の在り方に,現行の制度・サービスの不備・不足が助けられているのではないかと思えてならない。東京大都市圏の発展を支え,リタイアした彼らが,安心して住み続けられるよう,外部郊外の居住環境,そして21世紀の都市居住そのものを探求し続けたい。 久保ほか論文が明らかにしたのは,今後はニュータウン・中心商業地・農村の別を問わず,家族間で住宅の維持管理や家事・介護などの福祉を賄うことは一層難しくなるという現実である。家族の問題に押し込めたままでは,多くの家族が家や墓,資産,そして家庭内で賄われてきた福祉の「問題」で苦しむこととなる。しかし,社会が大きく変わっている現在,これらは家族から社会の問題へ捉え直されるべきではないだろうか。その上で,サービスや制度を充実させることが,「都市の空き家問題」をはじめとする家・家族・福祉の相互関係に関わる諸問題の解決には不可欠であろう。 長期的な傾向として人口減少と高齢化が進む日本においては,若年世帯の争奪戦のような対症療法的な行政サービスを提供することよりも,今いる居住者が幸福に暮らしていけるように物質的・社会的環境を整える本質的な視点が求められる。高齢期に住み慣れた家や地域で,幸福に暮らしていける都市であれば,地域への愛着も育まれるであろう。愛着ある地域であれば,自然と地域に目が届く。地域を見守り美しくしていくことが,家から近隣,地域,都市全体へと拡大していくことで,幸福に住み続けられる都市の条件が蓄えられていく。 こうした正のサイクルを生み出す原動力となるのは,今いる住民が幸福に住み続けられることだと考える。郊外住宅地や地方都市の多くが衰退期にあるからこそ,今いる居住者の幸福,生活の質,尊厳を大切にする,衰退を受容した政策が求められると考える。 本特集号では,外部郊外の居住環境が有する課題,特に家・家族・福祉の相互関係の変化の中で,家庭内で賄われてきた福祉を外部化するための制度やサービスが求められることに加え,親族間で継承されてきた資産の在り方にも変化が求められていることが示された。さらに,外部郊外の居住環境を支える要素として,地域への愛着,帰属意識,地域における社会関係の構築,家族や友人との交流などが示された。この成果を活かして,21世紀に適した都市居住の実現を目指した政策提言や実践へと繋げていくことを,今後の課題としたい。
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© 2022 地理空間学会
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