2022 年 37 巻 4 号 p. 189-198
目的
発達障害児を育てる在留ブラジル人の母親が、「健常児を育てる母親」から「日本の保健医療福祉システムの中で発達障害児を育てる母親」に至るまでのトランジションプロセスを明らかにすることを目的とした。
方法
小学生以下の児で、発達障害と診断もしくは疑われてから1年以上当該児を育てている在留ブラジル人の母親11名を対象に、インタビューガイドに基づき、半構造化面接を行った。発達障害の疑いをもった時からの育児や療育の状況、母親の思いの変化の語りを修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用い分析した。
結果および考察
研究参加者の平均年齢は37.4歳、子どもの年齢は2~8歳、男児9名、女児2名、全員が自閉スペクトラム症であった。発達障害児を育てる在留ブラジル人の母親が「健常児を育てる母親」から「日本の保健医療福祉システムの中で発達障害児を育てる母親」に至るまでのトランジションプロセスとして、19の概念、4つのカテゴリー« »、1つのコアカテゴリー【 】が生成された。
母親は、1歳半前後より子どもの発達に«半信半疑の胸中»になっていた。実際に自閉症と診断がついたことで«混迷へのダイビング»をする感覚に陥っている母親もいた。診断前より、母親の思いの根底には«子どもに障害があることで引きずる痛み»があり、この思いは時間が経っても減少することはなかった。信頼できる人々との出会いが«強くしてくれる後押し»になり、前向きに育児へ向かうことができ、小さいことに囚われずただただ子どもの幸せを望み、子どものためなら何でもする母親、すなわち【子どものためのスーパーウーマン】へと変化していくプロセスが明らかになった。
«半信半疑の胸中»を繰り返すこと、診断によって«混迷へのダイビング»を経験すること、やがて【子どものためのスーパーウーマン】になろうと決意していくプロセスは、日本人の母親を対象とした先行研究の報告と類似していた。最初に子どもの発達に疑いを抱いた時から初診にかかる期間の短さ、診断を求めて積極的に動く「待てない」心理は、ブラジル人の母親の特徴であった。
結論
ブラジル人の母親のトランジションプロセスは、日本人の母親と類似していたが、いくつかの特徴も見出された。待てない気持ちに対応し診断を契機に介入すること、後押ししてくれる存在を見出すことで、トランジションを進める支援ができると考える。