本研究は,多言語国家ブータン王国において学校寮制度が担ってきた役割と時代の変化のなかで新たに期待されている役割に着目し,当制度が民族言語文化の継承に与える影響と人びとの意識を考察する.1961年の第1次五か年計画以来,普通教育の拡大を推進してきたブータンは,現在,教育第2世代を迎えつつある.就学年齢の子どもの就学率は94.8% (PPD MoE, 2017) に達する一方で,6歳以上の全国民で学校教育経験をもつ人は男性60.4%,女性43.7%であり,識字率は59.5% (OCC, 2006) に留まるなど,世代による教育格差が生じている.両親の教育格差は,家庭の経済的格差 (JICA, 2010) を導く.学校寮制度は,地域格差と家庭環境格差という2つの格差を埋める役割を期待されている.その一方で学校寮は,ゾンカ語(国語)を核として国民意識の高揚を図ろうとする政府の目論見とも合致する.本研究の結果からは,寮生がゾンカ語と英語中心の寮生活を送る傾向があり,寮生の両親も寮制度を肯定的に捉えていることが示された.民族言語文化の継承に対する学校寮制度の弊害が指摘される(Ueda, 2003)一方で,学校寮を提供する学校とわが子を送り出す親を2つの軸として考えた場合,ブータンの学校寮制度は,両者の思惑と期待に応え,その機能と役割を全うしていることもまた事実である.