今日の医療では,意思決定への患者の参加を促進することが重要な目標とされているが,これを実現することの困難もつとに指摘されている.実際の診療でどのように意思決定がなされているのかを詳細に調べることが重要である.本稿では,診療場面で医師が治療法を勧めるときに用いる非明示的な発話形式の働きを会話分析の視点から分析する.非明示的勧めは,明示的な勧めとは異なり直ちに意思決定を行うことを患者に要求しない.この性質ゆえ,それは医師が複合的勧めを産出したり,意思決定に慎重にアプローチしたりするときにしばしば用いられる.後者の用法では,患者が勧めに対する自分のスタンスを非公式に提示することを可能にし,勧めをめぐる非公式な交渉の機会を作り出すことで,意思決定への患者参加の可能性が拡大されている.非明示的勧めを用いた意思決定は,「共有された意思決定」の理念的モデルが描く意思決定とは距離があるが,日常的診療の中で意思決定への患者参加を促進する1つのやり方になっている.