社会言語科学
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研究論文
矛盾する比喩と社会的葛藤―日本語における「コロナ禍」の概念メタファーの不和―
小松原 哲太
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2022 年 25 巻 1 号 p. 86-101

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抄録

本論文では,「コロナ禍」という社会現象を,認知言語学による比喩研究の視点から考察した.コロナウイルスを話題とする新聞記事の直接引用箇所をコロナ禍について語る発話の記録とみなし,そこにみられる比喩表現と話者の社会的背景の分析をもとにして,コロナ禍の概念化によく利用されている比喩の特徴を明らかにした.本研究の調査では,「コロナとの戦い」として概括的に理解されている2つの比喩である,感染症対策についての戦いの比喩と,商売についての戦いの比喩がよく用いられていた.これらの比喩が社会的認知にもたらす含意を分析するために,概念メタファー理論で提案されている「意味焦点」(目標領域に写像される起点領域の中心的な知識)の枠組みを適用した.分析の結果,この2つの比喩は両立しない概念構造を背景としているにもかかわらず,意味焦点となる要素が異なるために,比喩的思考における矛盾が表面化することは稀であることが分かった.コロナ禍において,商売を営む事業従事者は,「コロナと戦う」ために営業を自粛するか,「生き残る」ために営業を継続するかに関してしばしば葛藤の状態に置かれているが,本論文の分析は,この社会行動に関する葛藤が,使用されている概念メタファーに含まれる矛盾によって動機づけられたものであることを示唆している.

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© 2022 社会言語科学会
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