本稿の目的は,フィジー手話をめぐる歴史と現代的な変化を「統治性」の観点から分析し,諸権力の作用のなかで,いかに/いかなる言語や主体が形成されているのかを明らかにすることである.「統治」とは,人びとの「ふるまいを導く」なにかであり,それは特定の知識や主体,対象を形成する力として作用する.この統治性の観点からフィジーの手話やろう者コミュニティの形成史を概観すると,そこにはさまざまな人や団体,言説が関与しており,そのなかで,手話やろう者のあり方が動態的に変化してきたことがわかる.また近年では,海外渡航経験をもつ若いろう者が中心となって,フィジー手話の公用語化に向けた取り組みを行なっており,その結果,主に公的な領域で,フィジー手話の単一言語化や国家イデオロギーとの接合などといった変化が起きている.本稿では,そうした状況が,いかなる統治的な諸権力の作用のもとで生じているのかを民族誌的なデータにもとづいて詳細に検討する.