社会言語科学
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26 巻, 1 号
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特集「ことばとパワー ―コミュニケーションの非対称性を可視化・意識化する―」
巻頭言
寄稿
  • 石黒 圭, 佐野 彩子, 吉 甜
    2023 年 26 巻 1 号 p. 5-20
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    日本語学習者の多くが,スマホやタブレット,PCを用いて辞書アプリやインターネット上の辞書を利用している.本研究では,世界各地域の日本語学習者110名を対象に,日常生活において語彙検索行動を行う際に使用したデバイスの画面録画機能を用いて,語彙検索行動を記録してもらうことを試みた.また,この調査記録を,入力言語,入力方法,検索に使用するリソース,検索過程,および検索行動の成否の観点から分析した.その結果,日本語学習者は既習の知識を組み合わせたり応用したりしながら,工夫して語彙検索を行う一方,日本語の誤りや検索方法の誤りのために検索に時間を要したり求める情報にたどりつけなかったりする状況も少なくないことが明らかになった.日進月歩で発展を遂げるテクノロジーによって,日本語学習者の語彙検索の環境も大きく変容している.このような個別事例の分析の蓄積を生かし,今後は語彙検索行動にかんする新たな支援の可能性を探りたい.

研究論文
  • 阿部 ひで子
    2023 年 26 巻 1 号 p. 21-36
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本研究はトランスジェンダー話者(特にトランスジェンダー女性)がいかに主体を確立し,再構築していくかをその言語行為を通して分析する.複合的なジェンダーアイデンティティを持つトランスジェンダー話者が言語実践をどのようにネゴシエート(交渉・談判・かけあい・切り抜ける・乗り越える)していくのか,身体の物質性との関係においてトランスジェンダー話者がマジョリティ社会でどのように個々のエイジェンシー(行為主体性)を確立し獲得していくのかをトランスジェンダー理論の枠組みで探る.

  • 金水 敏
    2023 年 26 巻 1 号 p. 37-48
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本稿では,定延 (2011) に示された「性・格・品」の連動」および靳 (2016) で観察された「権力による性差の中和」現象の詳細な構造について検討していく.主たる理論的枠組みとしてポライトネス理論を用い,「権力による性差の中和」を「(女性の発話における話し相手への)フェイス・リスク配慮の原則」から説明する.またこれとは別に,「(女性の発話における)品位保持の原則」を設定し,なおかつこの原則もまた女性の発話を弱める効果を持つことを主張する.

  • 久保田 竜子
    2023 年 26 巻 1 号 p. 49-63
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    近年,北米の言語教育研究の分野では,社会情勢を反映して,社会正義,特に人種問題が頻繁に取り上げられている.本稿では,人種・レイシズムに関する概念的枠組みを基に,日本における人種と言語との交差性に焦点を当て,外国につながる日本語使用者たちの人種および他の属性の交差性が,どのような形で生活体験に影響を与えているのかを,最近出版されたフィクション小説の内容を通じて考察する.登場人物たちが日本で受ける異なる扱いには,人種言語イデオロギーやステレオタイプが作用していると同時に,それぞれ異なる人種・民族・国籍・言語・ジェンダー・セクシュアリティ・社会経済的地位が絡み合っている.そして彼らは権力の序列の中に位置づけられてしまっている.外国につながる日本語使用者という共通集団に属しているといえども,それぞれ遭遇する体験は大きく異なる.特に,不可視的な特権を持つ白人性と日本人性がイデオロギーとして働き,これらの登場人物と日本人との権力関係を交差性と相まって複雑な形で構築している.言語教育の中で,個々の人間の尊厳を重んじる反レイシズム,反差別,反規範主義を推し進めていく必要がある.

  • 遠藤 薫
    2023 年 26 巻 1 号 p. 64-77
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本稿は,2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナ侵攻について,間メディア社会における「言語戦争」という側面から分析をおこなう.「間メディア」とは,後述するように,多様なメディアが重層的に相互干渉し合う包括的メディア環境をさす.また「言語戦争」とは,覇権をめぐる闘争(戦争)が,広い意味での「言語」いいかえれば「状況の記述」によって生成・決定される様態をさすものとする.

  • 小川 俊輔
    2023 年 26 巻 1 号 p. 78-93
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    現代において,人は神の声を聞くことができるのか.できるとすれば,それはどのように可能なのか.本論文はこの問いに答えようとする.主な考察の対象は日本のカトリック教会である.旧約聖書や現代小説には,神が人間に語りかける場面,神と人間とが直接ことばを交わす場面が繰り返し描かれてきた.しかし,聖書,教会文書,カトリック司祭の著述などによれば,現代を生きる私たちは神の声を物理的な音声として聞くことはできない.他方,聖書は聖霊の働きによって書かれたものであり,それがミサ聖祭において朗読されるとき,それは現存する神が直接会衆に語りかけているのだ,と教会は考える.そして,信徒が聖書,特に福音書を理解できるよう,教会そして司祭は様々な努力を払っている.その具体的な方法の1つが,司祭による福音書の解説,すなわち「説教」である.ミサにおける「説教」は司祭だけが行うことができると定められている.「説教」の他,「聖変化」や「ゆるしの秘跡」など,司祭は教会から様々な権能を与えられている.それらはいずれも神と人間(一般信徒)のコミュニケーションを媒介する役割を担っている.司祭はそのことにより招来する権威性に自覚的である必要がある.

  • 佐野 文哉
    2023 年 26 巻 1 号 p. 94-109
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,フィジー手話をめぐる歴史と現代的な変化を「統治性」の観点から分析し,諸権力の作用のなかで,いかに/いかなる言語や主体が形成されているのかを明らかにすることである.「統治」とは,人びとの「ふるまいを導く」なにかであり,それは特定の知識や主体,対象を形成する力として作用する.この統治性の観点からフィジーの手話やろう者コミュニティの形成史を概観すると,そこにはさまざまな人や団体,言説が関与しており,そのなかで,手話やろう者のあり方が動態的に変化してきたことがわかる.また近年では,海外渡航経験をもつ若いろう者が中心となって,フィジー手話の公用語化に向けた取り組みを行なっており,その結果,主に公的な領域で,フィジー手話の単一言語化や国家イデオロギーとの接合などといった変化が起きている.本稿では,そうした状況が,いかなる統治的な諸権力の作用のもとで生じているのかを民族誌的なデータにもとづいて詳細に検討する.

  • 徳永 弘子, 鈴木 奈央, 山田 晴奈, 平石 牧子, 髙栁 直人, 楊井 一彦, 武川 直樹
    2023 年 26 巻 1 号 p. 110-122
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本論文の目的は,初対面会話における聞き手の発話の親密表現が,話し手の表現と対称/非対称にあることが,語りの中でどのような効果をもたらすのかを明らかにすることである.そこで,初対面の高齢女性8名による二者会話のデータから,聞き手の発話に焦点を当てた分析を行った.特に聞き手発話を,「応答系感動詞」,「語彙的応答」,「評価応答」,「繰り返し」,「共同補完」に分類し,各スピーチレベルが,話し手の語りにもたらす効果を定量的,事例的に検討した.その結果,(1) 話し手発話は丁寧体が基調とされるのに対し聞き手発話は普通体が基調とされる傾向がある,(2) 語りの文末に出現する聞き手の「語彙的応答」には丁寧体が使われる傾向にある,(3) 初対面会話を制約する社会性からあえて逸脱する聞き手のスピーチレベルのダウンシフトが相手への近接を示すケースがある,(4) 聞き手の「応答系感動詞」には,語りの文末に至るまでの間,スピーチレベルをアップ/ダウンシフトさせながら相手と安定的な関係を保つ働きがあることが明らかとなった.これにより,初対面二者間において聞き手が親密表現をダイナミックに変化させて,心的距離を調整していることが示唆された.

資料
  • 中島 武史
    2023 年 26 巻 1 号 p. 123-132
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    言語のできなさは個人の責任ではなく,既存の言語運用を自明とする社会の責任でもあるという認識のもと,本論文では聞こえない・聞こえにくい人たちの言語生活に見られる困難を記述し,その可視化を試みた.本研究では,実際の生活場面で得たフィールドノーツデータをもとに,言語の「形」と「質」という切り口から言語現象の分析を行った.結果,聞こえない・聞こえにくい人たちの生活では,音や声によるコミュニケーションが不利に働くものの,いくつかの対抗戦略があることもわかった.また,聞こえる身体を前提としている現状の日本語には,聞こえない・聞こえにくい人たちにとって使用しづらい要素があり,それらを表にまとめた.最後に,言語現象の社会モデルの観点から,聞こえない・聞こえにくい人たちにとってわかりやすい日本語を構想することの重要性を述べた.

ショートノート
  • 高木 佐知子
    2023 年 26 巻 1 号 p. 133-140
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本論文では,化粧品ブランド広告をデータとし,批判的談話研究の観点を用いて,ディスコースのパワーについて考察を行った.明示的な宣伝文句がなくブランドや女性のイメージが中心となっているテクストが,いかにディスコースのパワーを作り出すのか,その一端を明らかにしたものである.ディスコースのパワー行使では,イデオロギーによって,強制が「常識的」なものとして解釈され,同意や黙認に至る.データを分析した結果,肌の手入れを重要視するイデオロギーや女性は外見の美しさを求めるものだとするジェンダー・イデオロギーが当然視されていることが明らかになった.ブランドについては,読み手を励ます救世主や応援者,安心感を与える科学研究の成果といったイメージが示されていることが分かった.さらに,読み手が共感すると思われる女性のイメージも見られた.このようなイデオロギーとイメージが消費主義の要因とつながり,同意が形成されて,パワーが行使されると考える.

  • ジャブコ ユリヤ
    2023 年 26 巻 1 号 p. 141-148
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本論文は,日本で育ったウクライナにルーツを持つ子供たちの言語と文化的アイデンティティの関連性を分析するケーススタディの結果を紹介する.本研究では,ウクライナ人の若者(男性2人,女性2人)が言語的・文化的背景の異なる日本で多言語使用を通じ,日本の文化・社会をどのように受け入れているか,また母語・母国文化を維持する上でどのような問題に直面するか,さらにこの問題が彼らの文化的アイデンティティ形成にどのような影響を及ぼすのかを考察する.本研究は,調査協力者の文化的アイデンティティと言語使用,そして力関係に着目し,特に日本の学校においてはそれらの間に密接な関係がみられることを示す.また,少数派であるウクライナ人の子供たちが日本社会の一員となる上で,多数派である日本語の知識が彼らにどのように権限を与えているかを明らかにする.さらに,日本に移住した後に家庭内での使用言語を切り替えたウクライナ人の子供たちの経験を詳述する中で,家庭の言語使用を通して民族的アイデンティティがどのように構築されるかを論じる.

研究論文
  • 李 址遠
    2023 年 26 巻 1 号 p. 149-164
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本稿では,語りにおける空間,時間,人を切り離さずに理解することを可能にする「クロノトポス」の概念を用い,移民第二世代の男性の語りを分析することにより,移動とアイデンティティという問題に対する理解を深めることを目的とする.特定の文化的クロノトポスの下で移動が意味づけられ,語り手のアイデンティティが構築・呈示される過程を明らかにすることで,ナラティブの分析における同概念の有効性を示すと共に,現代の多文化主義が抱える課題の一端を示唆する.

  • 新井 保裕
    2023 年 26 巻 1 号 p. 165-180
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本研究は,大連市在住中国朝鮮族のモビリティとことばをめぐる事例研究である.中国朝鮮族は中朝バイリンガル,活発な移動性という特徴を持つことで知られるが,両特徴の関係を明らかにした社会言語学的研究はほとんどない.そこで本稿では,朝鮮族の新たな居住地として知られる大連市を対象に,そこに在住する朝鮮族のモビリティとことばの関係を探る.現在の社会状況,研究動向を踏まえて,オンライン・インタビュー調査を実施した結果,大連市を中心とした世代を跨ぐ移動,道具・象徴を融合した柔軟な言語観が明らかになり,両者が互いに影響を及ぼし合っていることがわかった.

  • 尾崎(和賀) 萌子
    2023 年 26 巻 1 号 p. 181-196
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本稿では,日本人の親が0–4歳の子どもに対して絵本の読み聞かせを行う際に,どのように登場人物になりきった発話をするのかを量的,及び質的に検討した.親子間の絵本の読み聞かせ場面において,親が絵本の登場人物になりきって発話することは日本の家庭において一般的に行われることであるにもかかわらず,それがどのような時期にどのような目的でなされるのかについてこれまでの研究において十分に検討されていない.そこで日本人親子(子どもの年齢:0;2–4;11, n=105)を対象に,親が子どもに日本語で『はらぺこあおむし』を読んでいる様子をビデオ録画し,書き起こした後に探索的コード付けを行った.その結果,なりきり発話は行為・感覚・会話という3つに分類することが可能であり,それぞれが子どもの年齢に応じて使い分けがされていることがわかった.さらに日本人の親は子どもの乳幼児期から「なりきり発話」を豊富に用いる一方で,子どもが成長するにつれて徐々にその使用頻度を減らしていくことが明らかとなった.定量的な結果と合わせて個別のデータの質的分析を行うことで,絵本の読み聞かせ場面における「なりきり発話」の使用は,乳児期から4歳頃までの共感形成と社会的ルーチンの習得のための足場である可能性が示唆された.

  • 古川 敏明, ハウザー エリック, 大野 光子
    2023 年 26 巻 1 号 p. 197-212
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    日本の保育所は共感の社会化を主要な目的とし,従来に比べ,保育士が子どもたちの間で生じた揉め事に介入するようになったと指摘されている.本稿は東京都区部にある保育所の2歳児クラスを対象として,大人と子ども間の相互行為をマルチモーダルに会話分析する.特に,遊びの最中に生じた子ども間の揉め事に養育者が介入する場面において,2人の養育者が発話と身体資源を用いて「行なっていること」にどのような核心的相違があるかを記述する.また,養育者たちの発話や身体資源をモラル性の社会化におけるどのような志向の違いとして記述できるかも探究する.養育者が子どもを自らの行為に責任を負う主体として扱う発話を行ない,かつ,視線,身体の配置,道具の使用を含むマルチモーダルな働きかけを行った介入では,子どもから望ましい応答を引き出し,モラル性の社会化が達成されている.

  • 趙 文騰
    2023 年 26 巻 1 号 p. 213-227
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    これまでほめ行動については様々な視点から研究されてきたが,ほめが否定された後,ほめ側はどのような行動を取るのかに着目した研究は管見の限りない.本稿では,会話分析の手法を用いて実際のほめ連鎖を分析した結果,最初のほめが否定された後,ほめ側は単なる再ほめをせず,「関連情報の確認」や「ほめる根拠の追加」を行っていることが分かった.さらに,ほめ側はこのような行動を取ることでどのような行為を達成しているのかについて,本稿ではフェイスの概念を用いて分析した.その結果,ほめが否定された場合,ほめ側が取る行動はほめられ側とほめ側両者のフェイスにかかわるため,ほめを続けるかどうかという「ほめ側のジレンマ」が生じうること,このような状況において,ほめ側が「関連情報の確認」または「ほめる根拠の追加」を行うことで,ほめられ側とほめ側両者のフェイスに配慮を示しつつ,自らが直面する「ほめ側のジレンマ」に対処するという行為が達成できることが明らかになった.

  • 嶋原 耕一
    2023 年 26 巻 1 号 p. 228-243
    発行日: 2023/09/30
    公開日: 2023/10/31
    ジャーナル フリー

    本研究は,日本人学生と留学生のディスカッションでの国の事情についての質問応答連鎖において,応答者が応答する最中に第三者の介入を引き込む,という現象を分析した.そして,その引き込みがいかにしてなされているのか,またその引き込みにより参与者らが何を達成しているのか,記述することを目的とした.結果として,応答者は自身の応答を産出しながら第三者へと視線を移動させることや,知識状態への期待,投射可能性などを資源とし,第三者からの介入を引き込んでいることが記述できた.産出された介入としては,産出されつつある応答に対する承認の付与,その応答の続きの産出,独立した応答の産出,という三種類を観察することができた.またそうした介入の引き込みをすることで,応答者は,質問に集団の水準で答えるということをしていた.そしてそのようにして知識を共有していることを実演することにより,局所的に異文化性が達成されていることが記述された.

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