2024 年 27 巻 1 号 p. 18-30
本論文では,言語コミュニケーション研究の社会貢献について議論する.社会貢献は幅広い概念であるため,ここでは徳川宗賢が構想したウェルフェアに焦点を絞る.徳川は1998年ノーベル経済学賞の受賞者であるアマルティア・センの論考を参考にして,社会において「善く行うことあるいは善く在ること」に関する言語コミュニケーション研究の重要性を指摘している.本論文では最初に検討の基礎として,OECD (経済協力開発機構)の国際成人力調査の読解力に関する結果を手がかりに日本人の言語コミュニケーション能力の現状を確認する.次に民主主義社会における多様性の実現に資するセンによる「ケイパビリティ」アプローチを説明し,それを利用して言語コミュニケーション研究による社会貢献の可能性を探る.さらに複雑化する社会における深刻な課題の1つであるサービスの提供者と利用者の情報格差の問題を指摘する.情報格差とは情報の入手と理解に関する不均衡のことであり,社会における不平等の原因や福祉への障害となり得る.この問題への取り組みの例として患者と医師の言語コミュニケーション研究を取り上げる.最後に徳川の考究をもとに基礎研究・応用研究・実践研究の関係について論じる.