裁判員制度は,裁判官と国民から選ばれた裁判員が共に刑事裁判に参加して事実の認定を行い,有罪の場合は被告人に課す量刑を決める制度である.本稿は,裁判員裁判の評議において裁判官と裁判員が経験するリアリティを明らかにすることを目的に,裁判員による意見表明とそれに対する裁判官の質問に焦点を当てて,両者の間で異なる指向が見られる場合,裁判官はそれにどのように対処しているのかを分析した.その結果,1)当事者の主張の捉え方,2)意見と証拠の関係性,3)議論の順番の3つにおいて異なる指向が見られ,裁判官は裁判員の意見表明に対して質問や確認の求めを行うことによって,裁判員の意見が裁判官の指向に沿うものとなるよう教示していることが明らかになった.裁判官のこうしたふるまいは,評議中に直面する実際的な課題に対処する方法として理解できる.