景観生態学
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原著論文
昭和前期に建てられた木造住宅の使用木材種:広島県福山市松永町の民家の事例
田中 捺貴阿部 伶奈土本 俊和井田 秀行
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2022 年 27 巻 1-2 号 p. 57-64

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抄録

昭和前期以前に建てられた木造民家をめぐる自然資源利用の技術や知識の理解と応用は持続可能な社会・生態システムの発展を支える上で重要である.本研究では,広島県福山市郊外(松永町)で昭和前期(1939年)に建てられた木造民家1棟を対象に,使用木材の樹種組成を明らかにし,その利用形態について当時の社会的背景から考察した.全316部材(床下部材の大部分は除く)の総材積は70.4 m3であり,このうち239部材について顕微鏡による木材組織の観察をもとに樹種を判定した結果,マツ属(二葉松類;アカマツないしクロマツ)とスギが確認された.マツ属は横架材(梁や桁等)および造作材(室内の仕上げ材や取り付け材)に,スギは縦架材(柱等)にそれぞれ多く用いられており,使用部位に応じた樹種の使い分けが認められた.当民家の建材の流通・入手経路は不明だが,建設当時の周辺の山林の植生は製塩用の木質燃料を供給する「塩木山」としての利用後に成立したアカマツ林が広がっていたことや,既にスギ植林が当地域でも普及していたことから,それらを由来とする木材が当民家に利用されたと推察される.構造的には,強度を保ちつつ屋根全体を軽量化した様式を採用することで木材の節約が図られていた.このことは当時,日中戦争勃発に伴う木材統制や輸送難の影響により一般民家用の建築資材の入手が困難であったことを反映している.一方で,そうした状況下にあっても必要最小限の意匠性を求めるなど,入手可能な木材を最大限に活かした工夫がなされていた.当民家は,築後80年に及ぶ耐用やそれによる炭素貯留期間を持つうえ,都市郊外の立地ながら近隣の自然資源を用いた可能性がうかがえたこと,また,様々な由来を持つ当時の木造建築技術を駆使して資源制約と強度確保を両立していたことから,省資源的な自然資材利用事例として重要な価値を有するものと言える.

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© 2022 日本景観生態学会
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