法制史研究
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叢説
清代における秋審判断の構造
犯罪評価体系の再構成
赤城 美恵子
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2013 年 63 巻 p. 55-101

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抄録

清朝は、律例の中で、個別の死刑犯罪ごとに、斬・絞などの刑種のほか、その執行の時期についても「立決」と「監候」とに分けて規定した。裁判を経て、立決は皇帝の死刑判決後ただちに死刑が執行される。他方、監候の場合には、死刑判決後、さらに年に一度の再審理手続(「秋審」)を経て、死刑執行相当の「情実」・翌年まで判断を延ばす「緩決」・減刑執行相当の「可矜」の何れかの処遇が定められる。これらの処遇は個々の罪情に応じて決定される。すなわち、秋審においては、裁判で個別の罪情を一度考慮した上で死刑相当とした事案を対象に、同一の罪情に基づき改めて死刑の可否を問う作業が行われる。
では、律例や裁判を通じてなされる判断と秋審での判断とは如何なる関係に立つのか。また、秋審は清代の司法システムの中でどのような機能を持ったのか。本稿は、実際に秋審判断をする際に刑部の官員たちが着目した要素やその結論に至る道筋を分析することで、秋審判断の構造の解明を試み、上記問題を検討した。
律例は、構成要件の形で、様々な加重・軽減事由を組み合わせて特定の犯罪類型を規定し、その量刑の結果として特定の刑罰を定める。しかし、他の犯罪類型を構成する事由として示され、したがって、量刑を上下させうる要素として律例の中でその存在を認識されつつも、当該犯罪の構成要件には取り込まれず、つまり、当該犯罪類型に対する量刑判断に反映されていない要素も存在する。ところが、秋審判断では、この排除された要素も含めて、既存の犯罪評価体系に示される要素が、改めて加重・軽減事由として検討材料となる。確かに、官員たちの秋審判断の思考方法には複数のバリエーションが確認される。しかし、他の犯罪類型が内包する事由を加重・軽減事由として媒介させて罪情の軽重を比較するという手法は共通しており、いずれも他の犯罪類型との相対的な距離を比較して個別犯罪を評価している。このように、秋審では、個別的犯罪を再度犯罪評価体系の中で位置付け直す作業が行われる。
そして、多様な監候死罪案件を相互の関連の中から再評価することは、犯罪評価体系全体の再評価につながる。秋審は、清朝司法システムの中で、新たな処遇を加えることで律例上限定された刑罰体系を細分化し、同時に、犯罪評価体系を再構成しなおす機会となったと考えられる。

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