本研究は、ウズベキスタンのタタール人コミュニティを事例として、ディアスポラにおける言語・文化継承のありようを考察するものである。特に、タタールスタンからの継承支援と現地の実践との間に生じる軋轢に着目し、参与観察および聞き取りによって得られた事例から「正しさ」や「真正性」をめぐる交渉過程を分析する。理論的枠組みとして、言語の「正統化」、「ネイティブらしさ」の戦略、「状況的エスニシティ」などの概念を援用し、ディアスポラの言語・文化継承が単なる伝統の保持ではなく、動態的かつ創造的なプロセスであることを示す。そのうえで「多中心的真正性」という新たな概念を提案し、ディアスポラ・コミュニティ自体もひとつの「中心」となり、独自の言語文化的規範を生成・維持する過程に着目する視座を提供する。この概念は、ディアスポラの言語・文化実践をより深く理解するうえで有用であると考えられる。